※これは、具体的表現はないものの結構艶っぽいですし、フェ風でもちょい黒ですので、苦手な方はご遠慮下さい。



 目が開くと、いつもなら感じられる温もりが背中には無かった。
シーツが抜け殻のような形が残っていて、彼女がそこに存在したのだという事実だけを告げる。

 すっかりと冷え切ったそれは、まるで蝶になって飛び立った後の蛹。形だけが残っている偽りのシロモノに思えた。

 そんな事を考えて、フェリオは馬鹿々しいと頭を振る。
のろのろとベッドの上に起きあがり辺りを見回すが、手の届く範囲に衣類が無かった。何も身に付けていない状態で部屋を彷徨く事は戸惑われ、ふうと溜息を付いてその場にあぐらをかく。その足の上に膝を付くと顎を支えた。

 そうして、その口からはもう一度大きく溜息が出た。


play a wrong note


 喧嘩。−彼女が挨拶もせず黙って外出した理由はごく単純な事。

 その原因に至っては、自分の過失は9割以上だと自覚も出来た。これまた、単純な嫉妬と言う感情がその要因を締めている。わかっていても、胸の中に湧いてくれば御すことのなんと難しい想いだろうか。
自分が何処かおかしいのではないかと思えるほどに、神経は敏感に反応を返し、掻き乱していく。
 異世界で育った二人だ。知らない事だらけなのはどうしようも無いだろうと、何度心に言い聞かせてやっても、素直に言う事をきいてくれた試しが無い。
 昨夜だってそうだった。

「夢のようでしたわ。」
 そう話し始めた彼女に、腹の中の蠱がざわりと動き出したのを感じた。

駄目だ。

 そう言い聞かせて、努めて冷静に何が?と返事をすると、向かいのソファーに座っていた風は、淡く染まった頬に指を当てて微笑んだ。
「尊敬しておりました演奏者の方にお会いしました。」
 そうして、風はどれほど彼が素晴らしい演奏をする魅力的な男性で、その指がどんなに綺麗であるかを話し続けた。
 最初のうちは黙って聞いていたフェリオだったが、段々と不快な気分が抑えられなくなり、その気分のままに風と会話をした挙げ句に喧嘩になり、感情的なまま彼女にふれた。
 乱暴だったと自分でも思う。苛立ちを直接彼女にぶつけた様なものだ。
 昨夜彼女はこういう状態を『不協和音』と口にしていた。音楽というものに精通していない自分は意味が良く判らず、(嫉妬の相手が演奏家という事もあって)なおさら不快感を露にした。
 しかし、こうしているとなんとなく判る気がした。彼女の話も聞かず心を合わせようともしない、重ならないという意味なのだろうと。

 暫くそうしていたが、お腹が空いてくると仕方なくパジャマのズボンを身に付けて、キッチンに向かう。冷蔵庫を覗くと、お気に入りの飲料水まで切れていた。
 舌打ちをする。なにもかもがズレた感覚。
 果実を手にしてナイフで切り分けながら口に運んだ。時折、動きを止め考え込む。

   そんな事を繰り返していると、扉が開く音がしてはっと振り返った。しかし、無意識に引いた腕に刃先触れ、鋭利なそれは触れただけでも指の腹に赤線を残した。
 微かに顔を歪めたフェリオの目に、コンビニの袋を持った風の姿が映る。
その表情からは、彼女がまだ怒っているのかどうかは計りかねた。
 風は、袋を机の上に置きフェリオの側に近付く。そして、彼が指を切った事に気が付くと膝を折って、それに視線をあわせた。
「怪我をなさったんですか?」
 そのまま、彼女はフェリオの手をとる。フェリオは無言で頷いた。
風の様子は、やはりいつもと違う。
「私は貴方の指が好きですわ。とても綺麗ですもの。」
 上目使いに自分を見てそう呟いた彼女に、腰の辺りがざわめいた。クスリと笑う彼女は、いつにも増して綺麗でそして…。
 ビクッと身体を震わせて、フェリオは考えを中断した。いや、正確にはさせられた。風の唇がふいに傷口に触れて、ゆっくりと血を舐め取る仕草を何度か繰り返す。
「…フ…フウ…?」
 焦った、上擦った声が出た。風は笑みを崩さない。出血が滲む程度になってきて、彼女は絆創膏を指に巻いた。
「気を付けて下さいね。」
 そう言って、立ち上がる。
「あ、ああ。帰ってきてくれて良かった。…フウ、少し話さないか…。」
「いいえ、フェリオがお好きな飲料を切らしていましたので買いに行っていただけですわ。今から外出致します。」
 驚いて、彼女を引き留めようとしたフェリオの腕をするりと抜けた風は、戸惑う彼を見つめた。
「フェリオ。この間、街を見慣れない女性の方と歩いていらっしゃいましたね。」
 微笑みながら話掛ける風に、フェリオはギョッと目を剥いた。疚しい事は何も無いものの、何故彼女がその事を知っているのだろう。
「貴方はご自分が他の方の目からどう見られているか全く無頓着でいらっしゃるんですね。異性の方から魅力的なと形容詞を付けて頂けるほどに、人目をお惹きになるんですよ。」
 『それはお前の事だろう』とフェリオは心の中で呟いたが、口にはしなかった。
 笑みを崩さない風は、周りの人から見ると普段と変わらないのかも知れない。しかし、フェリオには別人のように見えた。
 海や光がその様子を見ても気が付いたのかもしれないが…。

『彼女は完璧に怒っている』

「フウ…違うんだ。あれは…。」
 言い訳を口にしようとしたフェリオよりも早く、風の唇から告げられた言葉に、フェリオは天を仰ぎたくなった。
「私の好きな指で、その方と手をお繋ぎになっていらっしゃったそうですね。昨夜は、同じ指で私にふれられたのでしょうか?。」
 にっこり笑ってそう言われたら、後は謝罪の言葉しかない。
ゾクリと背中に予感が走ってフェリオは彼女を見つめた。昨日わざわざ、あんな話を持ち出したのはひょっとするとこういう事なのか?
 唖然とした表情に変わったフェリオに、風は女神のように微笑んだ。
「私の嫉妬は貴方の斜め上を参ります。覚悟して下さいね。」

 要するに、これは彼女のお仕置きと言うことなのだ。

「では、出掛けて参りますわね。貴方のお好きなケーキを買い求めて参りますので待っていて下さいね。」
「あ、ああ…。」
 フェリオは無慈悲にもバタンと閉められた扉を見つめた。
 焦れた身体を持て余したまま、外出もせずに此処にいろ。…と彼女は言っているのだろう。
しかし、今のフェリオにはそれに黙って従うしかない。
 再度ベッドに寝ころんで、枕をギュッと両手で抱き締めた。彼女の残り香だけが鼻を擽る。男としては啼きたくなるような状況下ではあったが、枕に顔を押しつけたままクスリと笑う。
 
「外出禁止って、フウが俺を誰にも見せたくない…とでも?」

 彼女が自分の事で嫉妬しているという事実は、何処かくすぐったい感覚で、不思議と怒りは湧いてこなかった。
ひょっとしたら、彼女もそうなのかもしれない…。
 いつも嫉妬している自分を、少々難ありと思いながら、仕方ないなと受け入れてくれているのではないだろうか。

 彼女が此処へ戻る頃には、きっといつもの笑顔になっている。フェリオはそう確信できた。
 不協和音を奏でたのなら、もう一度、最初からやり直せばいいはずだ。
 もっと優しく彼女を抱き締めて。
 今度は間違わない様にと心の中で繰り返しながら…。






ちょっとだけです。



〜fin



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