All You Need Is Love.[rayearth OVA]


※注意
このお話は、ぶちが書いている『DAY』から続く短編の続きになっています。
ただでさえ、オリジナル要素たっぷりな上、この所業ですので短編を読んで頂いた上で読まれる事をお勧めします。
(一応フェリ風なんですが…。でも一応なんですよ。)



前にもこんな事があった。
彼が再び異世界へと飛んだ最初の時。その後。

自室へと続く廊下で倒れている彼を発見したのは、城の術者の一人だった。
顔色を変えて自分の部屋へ飛び込んできた術者の話を聞き、そこへ向かった。
既に医術師達の手で治療は行われていたが、完全に意識を失っていたにもかかわらず、彼は右手をギュッと握り締めていた。

彼らの一人がその手を開かせると、金の指輪。

微かに異世界の少女の波動がした。
『無鉄砲にも程がある。』
自分は怒りすら覚えたものだ。
術者達の補助も無く、飛ぶことの危険を知っているはずだ。
彼自身がセフィーロにとってどれほど重要な人材なのか自覚すらないのかと。

しかし、反面、自分の願いを捨てずに真っ直ぐに目指す強さ。 それを羨ましいと思った。

そして、今…。




そして、Day




桜の花が舞い散る。

 紅く長い髪の少女は、楽しそうに笑っている。
 蒼い髪の少女は両手を前で組んで、祈るように目を閉じていた。
 薄茶の髪の少女は何処かをじっと見つめている。そしてあっと声を上げた。
 蒼い髪の少女は、振り返って満面の笑顔を見せると、飛びつかんばかりの勢いで、二人の少女の元から掛けだした。

「クレフ!!」

 少女の視界に捉えられた紫色の髪の青年は、一瞬驚いたようすでそれを見たが、笑顔で駆け寄る少女に表情を緩ませた。
 青年の直ぐ側まで走り寄ると、少女は胸に手をやり弾んだ息を整えた。そして、顔を上げる。その表情は、先程の満面の笑顔というより、どこか悪戯めいていた。
「どうして来てくれなかったの?私、凄く気になっていたのよ。フェリオに聞いたら、クレフは移動の魔法なんかお手モノもなんて言うし、私達と会いたくなかったなんて言うんじゃないでしょうね?」
「フェリオ…。」
 低い声が隣の青年に掛けられ、しかし、彼は気にする事もなくこう返した。
「導師クレフは、俺の師匠だからな。俺が短期間で魔法を習得したのも、優秀で有能な導師のお力あってのことだ。成る程、クレフ殿がこちらへいらっしゃらないのは、深い訳があっての事に違いない。」
 顎に手を掛け考え深げに頭など傾けてみせる。
「フェリオ!」
 以外と短気な魔導師は、フェリオを睨み付けた。
「そもそも、異世界を渡るいう行為は軽々しく行うべきものではなく…。」
「でも、とっても良く似合うから許してあげるわ。」
 海の言葉にクレフは小言を止めた。満足そうに微笑む海の視線に訝しげに、自分の身体を見回した。
 クレフは、セフィーロの衣裳ではなく、その髪の色によく合うラベンダーのシャツに濃いグレーのズボンを纏っている。
「そうか?」
「私が選んだのよ。不満なの?」
「お前が選んでくれたのか?」
「そうよ。」
 そう言って海は頬を染めた。
「何度も何度も貴方の姿を想い浮かべて、一番似合うものを選んだのよ。」

 一度きりの出逢い。遠く離れていた時間。
 少女はそれを簡単に越えて来てくれたのかもしれない。
 クレフは、改めて海の顔を見つめた。
 背が伸びて、顔はすんなりと細くなった。
 しかし、長く揺れる髪も意志を映す蒼い瞳も変わらない。あの頃より綺麗になっただけ。

「何よ。」
 少しだけ眉を歪めた海に、クレフは微笑みながら言う。
「ありがとう。」
 再び海の顔に笑みが戻る…が。クレフは両手で、シャツの端を掴んで持ち上げながらこう呟いた。
「しかし、これは似合っているのかどうかすら私にはわからないな。」
「もう!似合っているんだってば!!」



「海ちゃん、凄く嬉しそうだ。」
「ええ。クレフさんも、喜んでいらっしゃるようですわ。」
 少し離れたところで二人の様子を見守っていた光と海は、顔を見合わせてクスクスと笑った。
「俺も、説得したかいがあるぜ。」
 いつの間にか、彼女達の側に来ていたフェリオも話に加わる。彼は、薄手の白いシャツとジーンズ。黙っていれば、とても異世界の住人とは思えない程馴染んでいる。
「何せ、堅物だからな。規律がどうの、体裁がこうのと散々小言をくらわされたしな。」
「でも、海さんに会いにこられた。それでいいではないのでしょうか?」
「そうだよね。」
 少しだけ、光の顔が曇る。
「ランティスも、元気だったらきてくれたのかな…。」
 風は、光の手にそっと自分のものを重ねた。
「今でも、あの方は私達を見守って下さっているような気がいたしますわ。光さんも、そうお思いになりませんか?」
「うん、そうだね。ありがとう風ちゃん。」
「ところで、何か食わせてくれるんだろう?」
フェリオはお腹をさすりながら、空を仰いだ。
「次元の移動は、魔力と体力を消費するから直ぐに腹が減るんだよな。ああ、お腹空いた…。」
 驚いて大きく目を開けた光の横で、風は頬に片手をあてがいながら溜息をついた。
「それはわかりますが、お行儀が悪いですわよ。フェリオ。光さんがびっくりなさっています。」
 窘める口調の風に、フェリオは光を見てそして風を見た。
 少しだけ眉を潜めてみせる風の顔に、フェリオは子供のような笑顔を返した。
「悪いな。早くフウの手料理が食べたくて。」
 その曇のない笑顔と台詞に、風の顔は紅潮する。
「もう、フェリオ。」
「ほんとに風ちゃんとフェリオは仲良しなんだね。」
 くすくすっと光が笑う。
「大丈夫だよ。今日は、海ちゃんのところでうんと御馳走をつくったんだから。セフィーロに飛べなくなるくらい食べても大丈夫だよ。」
「そりゃありがたい。」
「私、海ちゃん達も呼んでくるよ!」  うんうんと笑顔で頷いてからそう言うと、光はパタパタと走り出した。
 海とクレフに話しかけている光を見ながら、フェリオはフッと溜息をついた。どこか疲れて見える表情に、風は再び眉をひそめる。
「どうか、なさいましたか?お疲れですか?」
「いや反対だ。ほっとしてる。この頃セフィーロの空がやけに重くて…圧迫されているような感覚になる時があって…。でも、此処ではそんな感じがしない。」
 そう言うと、フェリオは軽く首を振る。自分の考えを振り切るように…風にはそう思えた。何か不安になる事が彼の胸にはあるのだろうか?
 フェリオの横顔に話し掛けようとした風に向かって、彼はくるりと振り返った。
「フェリオ?」
「…ここにはフウがいるからだな。」
 フェリオはそう言うと風に笑いかける。
「え?」
 戸惑うような視線で自分を見つめ返した風に、少しだけ頬を赤くしてフェリオは言葉を続けた。
「だから、緊張感を感じないってのは、フウがいてくれるから…そう思ってさ。」
 そしてフェリオは、親指で鼻の頭を掻く。
(彼は照れている。)風はそう思ってクスリと笑った。
 最初に自分を助けてくれた時もしていた、一番最初に覚えた彼の癖。
「笑うなよ。」
「笑ってなどいませんわ。だって…。」
 風がそう言うと首をふるっと横に振った。
 冗談めかして言っても、やはり彼は疲れているのだ。でも、自分の側にいると安らげるそう言ってくれているのだと。そう思うと風の頬も自然と染まった。
 赤くなって俯いた風にフェリオは少し戸惑った顔をして、それから微笑んだ。
「ヒカル達が待ってる。行こう。」
 すっと差し出されたフェリオの手に、風はそっと自分の手を重ねる。
 ギュッと握り返された彼の手ほど確かなものを知らない。風はそう思った。



 三人の中で一人暮らしをしているのは海だけなので、必然的に彼女の部屋へ三人が集まるようになっていた。
 『CLAMP学園の設備の良さとレベルは捨てがたいものがあったのよね。』という海は、高校を卒業して進路を再びCLAMP学園に進め、光はそのままエスカレータ式に上がり、風は帰国子女として特別なカリキュラムのあるここを選んでいた。
「結局また一緒になっちゃの。」
 海はクレフにそう言って笑った。
「お前達の絆は強い。そういう事だな。」
 話を聞き終えたクレフも大きく頷き微笑んだ。

「じゃあ、片付けますわね。」
 風が食べ終わった食器を重ねたトレーを持って立ち上がる。後を追うように、フェリオも立ち上がった。
「俺も手伝うよ。」
「ありがとうございます。」  二人の姿がキッチンに消えると、クレフは海と光の方に向き直りこう問いただした。
「あの二人はうまくいっているのか?」
「風ちゃんとフェリオのこと?何かあったの?」光はびっくりした顔で聞き返した。
「再会してから色々あったみたいだけと、今は上手くいってるみたいよ。」
 海は、光よりは詳しく知っているらしく、驚く様子もなくそう言った。
「そうか…。」
「どうしてそんなこと聞くの?」
「いや、前に苦言めいたことを言ってしまって。それからしばらフェリオが塞ぎ込んでいたものだからな。」
「風も悩んでた時期があったみたい。」
 ジッとクレフを見つめながら話しを聞いていた海は、フッと軽く息を吐いてそう言った。そして光の方を見る。
「相変わらず、人に気を使って言わないようにしてたみたいだったけど。」
「そういえば、いつもぼんやりして時があったね。」
 光も思い当たる事があったのか、目を伏せながらそう言う。しかし、海はテーブルに頬杖をつくと苦笑いをした。
「でも、今じゃ熱々よ。当てられるったらないわね。」
「うん。さっきもすっごい仲良さそうだった。」
「そうそう、フェリオなんて、風に英語の読み書きを習ってるみたいね。こっちで、ずっと暮らすつもりなのかしら。」
「…それは、無理だな。」
 楽しそうに二人の会話を聞いていたクレフは、その長い睫を伏せそう言った。
「どうして?」
「彼は、今のところセフィーロで唯一の魔神を纏う事の出来る精獣使いだ。今だに不安定な世界はフェリオの魔力を必要としている。時々異世界を訪れるような我侭はゆるされてもそれ以上は無理だ。」
「そう…。」
 海は聞き終えるとクレフを見つめた。蒼い瞳が揺れている。
「あなたも、そうなのね。だから、なかなか来れなかったの?」
「こちらの世界は、見違えるほどに復興は進んでいるようだ。セフィーロも勿論あの時よりは復興してきているが楽観出来るようなものではない。今だに、世界を支える魔力は圧倒的に足りないのだ。」
 深刻なクレフの顔に海も光も顔を曇らせる。
「そんな顔をするな。今すぐどうこうあるわけではない。」
 再び笑顔を浮かべて、二人見る。
「折角再会のお祝いをしてくれていたのにつまらない話をしてしまったな。」
「いいのよ。色々あるのはお互い様だわ。でも、私貴方に会えて本当に嬉しいの。それだけは覚えておいてね。」

 フェリオの洗った皿を一つ一つ丁寧に拭きながら風は、籠に並べていく。
「お上手なんですね。」
 フェリオの手元を見ながら、感心したように声をかける。
「一人暮らしも長いからな。」
「お一人でお暮らしなんですか?」
「今は城に住んでるけど、小さい頃から親とは離れて暮らしていた。ホイ、これで終わりだ。」
 最後の皿を風に手渡すと、彼女はそれを置き側にあったタオルをフェリオに手渡した。
「すみません。でも、私が洗いましたのに。」
 そう言った風にフェリオは溜息をついた。
「その爪で洗い物は辛いだろう?」
 風は、驚いてその顔を見返す。
「お分かりになったんですか?」
「当たり前だろう。お前は頑張りすぎるから気をつけろよ。」
 ピアノの練習で割れた爪を背中に隠して、風はフェリオを見上げた。気を使って自分からは言い出さないだろうと踏んだフェリオは、自分から洗い物を買って出てくれたのだ。
「ありがとうございます。」
 どうして、この人はこんなにもの自分を見ていてくれるのだろう。御礼の言葉を口にしてから、赤くなって俯いた風にフェリオは笑いかけた。
「どういたしまして。」
「あの…今日はもうお帰りになられますか?」
「クレフと一緒だからな、長いをしたら煩い。どうせあいつのことだから、女性の家に遅くまでいるのは失礼にあたるとか言い出すに決まってる。」
 眉をゆがめて困った顔をつくるフェリオに、風はくすくすと笑い出す。
「そんな事を言われたら、深夜に私の家をお訪ねになる貴方など、どうなるのでしょうね?」
「無礼者よばわりだな。クレフが言うと似合いそうだろ?」
「まぁ。」
 風とフェリオは顔を見合わせて笑った。ひとしきり笑った後、リビングに戻ろうとしたフェリオの背中に風が声を掛ける。
「今度はいつ…。」
 遠慮がちに問いかけてくるのが彼女らしい。フェリオは風の方に向き直り彼女の顔を見つめた。
「近いうちに来る。皆で逢うのもいいけれどフウと二人にきりで会いたいしな。」
 そう言うとフェリオの手が風の頬に触れる。しばらくそうしてから、フェリオは手を放した。顔を見ると苦笑している。
「フェリオ?」
「二人きりでないと、口づけも出来ない。」
 お茶が入った事を告げようと、光が戸口にいた事を知って風が真っ赤になったのはそれから直ぐの事だった。


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