やっと手に入れた『魔法』。 やっと手に入れた『日』。 伝説の地レイアースに渡ってから、幾年たった。 導師クレフを師と仰いで魔術を学んだのも、 レイアースで出合った彼女にもう一度逢いたかったか ら。 ギュッと強く握り締める手は、不安で震えた。 それでも、心は止められない。 今、会いに行くよ。 Day 柔らかな日差しに、少女の薄茶の髪は金色に耀いた。 鳳凰寺風は、眼鏡の中大きな碧の瞳を細くして思い出の地に咲く桜の花を眺める。 「綺麗…。」 数年振りの帰国だった。父親の任期が終り日本に戻る事になった彼女はこちらの国での手続きの為、一足先に帰国していた。 離れていた先からもずっと連絡を取り合っていた友二人とも、今日再会を果たす約束になっていた。 ふわりと揺れる前髪を抑える右手の人差し指にある金の指輪が目に映りふっと微笑む。 これは母親が風に譲ったものだった。 見知らぬ土地に移り、言葉すらままならない場所。友もおらず、家族とさえ常にある訳ではない。 決意をして向かったとはいえ、心が折れそうになる時もあった。 そんな時、母が風に指輪を渡してこう告げたのだ。 『いつも一緒にはいられないけれど心は常に貴方に寄り添っているのですよ』 シンプルな指輪は、けれど母が大切にしていたものだった。 何故だかとても綺麗に見えて、幾度となく母におねだりをしたものだ。それが今自分の指を誇らしげに飾っている。 ああ、この指輪もまた、あの時の試練のように私を前に進ませてくれたのだろう。 そう思い返せば、風の心はあの日に向かう。 足は自然に其処へと向き、あの時と変らず、あの時よりも鮮やかに咲く桜に瞳を奪われていた。 …と、不自然に枝が揺れ、そこからぬいぐるみほどの大きさの白い固まりが飛び出す。それは、風の目の前でぽよんと跳ねると耳をぴんと立て口を開いた。 「ぷぷー!」 「まぁ、モコナさん。まだこちらにお住まいだったんですね。お元気でしたか?」 思わずしゃがみ込んだ風の前にぴょんと跳ねると、片足づつで左右に小さく跳ねる。 「ぷぅ!!ぷ!ぷ!ぷ!」 楽しそうにはね回る白い物体に風は微笑みを浮かべる。 「お会いできて嬉しいですわ。後で、海さんや光さんとお会いしますから、一緒にこちらに参るように致しますわね。」 再び満開の桜に目を移し、しかし風は遠くを見つめた。 「あの方もお元気でお暮らしでしょうか?」 戦いの最中に、何処か悲しげな色を湛えていた琥珀の瞳は、終焉した後には柔らかな光を宿していた。笑顔で『忘れない』と言った彼。 好きになったという自覚は無い、唯もう一度逢いたいと願う。そういう想いだった。 「ぷぷ?」 ふいにモコナが風の手を引く。 「え?」 そのまま、樹の後ろに引っ張って行こうとする。中腰の姿勢で引っ張られ、風は歩きにくそうに従った。ふわふわしたモコナの肌触りが気持ち良くて風はくすくす笑う。 「どうなさったんですか?」 樹の後ろで顔を上げた風は、あっと声を上げた。 そこにいたのは、異世界からの訪問者。碧の髪と琥珀の瞳は変らない。服装は以前逢った時よりも軽装。 彼もも驚いた顔で風の顔を凝視していた。 「フェリオさん…。」 「…久しぶりだな…。フウ」 彼の声は掠れていた。でも、自分も満足に声になっているかどうか…。 「一体どうなさったんですか? また、こちらの世界に何か…。」 「いや、気になっていたんで一度訪れたいと思っていたんだ。…お前にも会いたかったし…。 迷惑だったかな…。」 微かに眉をゆがめた相手に、ふるっと風は首を横に振る。 「いいえ。少し驚いただけです。お会い出来て嬉しいですわ。」 微笑む風にフェリオも笑顔を見せた。そうして、二人の足元を、自分も嬉しいとでもいうようにモコナは跳ね回っていた。 ■ 昔からの友だったように、久しぶりに会った幼馴染でもあるかのように、二人は取り留めの無い会話を交わす。 お互いに個人的な事は何一つ知らず、文化の違いもこの時初めて自覚した。それでも、二人は時間を忘れる程に夢中になっていた。モコナがいつの間にか姿を消していた事にも気付かないほどに。 「…いけない。光さんや海さんとお会いする時間ですわ。フェリオさん、ご一緒にいかがですか?」 「いや、帰らないとマズイだろうな。」 「そうですか。…またいらっしゃる事が出来ますか?」 「来ていいのか?」 苦笑いを浮べるフェリオは、この地に犯した自分の罪を悔いてのことなのだろう。風は、にっこりと笑い『是非いらして下さい。』と続ける。 その言葉に、安堵したように微笑んだフェリオは、しかし、一瞬瞳を迷わせた。 けれど、意を決したように口を開く。 「何か…。」 フェリオはそう言った後、口を手で覆い黙り込んだ。その顔は赤い。 「どうなさいました?」 「その…お前の身に付けている物を何かくれないか?」 きょとんと自分を見つめる風に、フェリオは慌てて、補足説明を入れる。 「今回はたまたまお前と会えたから良かったんだが、本当はどうやって探そうかと途方に暮れていたんだ。身に付けているものがあれば、持ち主の居場所を特定する魔法がある。だから…。」 「まぁ、随分無茶をなさったんですね。」 クスリと笑って風は、鞄の中のハンカチを取り出そうとして、やめた。そして、右手の中指につけていた金色の指輪を抜く。 そのまま、フェリオの手を取ると、その手の平にのせた。 「これをお使い下さい。」 「いいのか?お前が大事にしているものじゃないのか?。」 「はい。これは、私のお母様から頂いて大切にしているものです。」 「ちょっと待ってくれ、そんなものを貰うわけには…。」 風は慌てて返そうとしたフェリオの手を両手で包み、途惑った顔に微笑みかけた。 「私の思いが強い方が、魔法が良く効くのではありませんか?貴方が迷子になられるのも困りますから。どうか、お持ちください。」 「ありがとう。」 最初の別れの時の様に柔らかい微笑みを浮べ、フェリオは指輪を大事そうに握りこんだ。 ■ 「風!!」 「風ちゃん!!」 少女達の呼び声に風が振り返る。 「やっぱり!遅いと思ったら此処だったわね。」 「光さん、海さん。」 二人に笑顔を返してから振り返ると、そこには光の余韻だけ。既に彼の姿は無かった。 「どうかしたの?風ちゃん。」 「ええ。またゆっくりとお話致しますわ。そうそう、モコナさんがいらっしゃったんですよ。」 「ええ!?モコナがいたんだ!!」 モコナを捜しまわる二人の後姿を見て、風は視線を右手に移した。失われた指輪は約束の証。ざぁっと吹いた風に桜が舞う。彼女の呟きはそれに乗った。 「また、お会いしましょう。」 content/ |