Green[8] 指輪 「ただいま、戻りました。」 外出していた妹の声がして、空は玄関に顔を出した。 「あ、空お姉さま。」 両手で持っていた東京タワー名物(?)ヒヨコ饅頭の紙袋を持ち上げて、姉の顔面に差し出すと、空は満面の笑顔を見せた。 つられて風も笑う。 「お土産、買って参りましたわ。」 「いつもありがとう。お茶を入れますから、一緒にいただきましょう。」 「はい。」 空はその紙袋を受け取ると大事そうに抱えて、いそいそとリビングルームに向かう。風もその後に続いた。 前できちんと揃えられた彼女の指に光が反射する。 『妹の左手の薬指に収まっている金色の指輪。』 それをさっきの仕草ではっきりと見てとれて、空はクスリと微笑んだ。 指輪 物音がした。 うっすらと目を開けて、時計を見るとまだ夜明けには遠い。 不思議に思って、音のする方向へ向かうと其処は妹の部屋。少しだけ開いた扉から明かりが洩れている。 覗き込むと、そこから見えたのは泣きそうな顔をして、制服のあちこちを叩いてみたり、ポケットを調べたりしている妹の姿だった。 そっと扉を開けて声を掛けた。 「どうしたの?風さん。」 声を掛けられ、はっと風が顔を上げる。 妹の顔に浮かんでいる暗い翳りに、空が眉を潜めた。 とにかく、この間東京タワーへ社会勉強に行ってからの数日、妹の様子はおかしかった。酷く暗い顔をして、いつも何事か考え込んでいる。 問い掛けると何でもないというものの、空の目には『なんでもなく』などとは、少しも見えはしなかった。 そして、こんな夜中に何をしているのだろうか? 「あ…あの…。」 姉が急に顔を覗かせると思ってはいなかったのだろう。妹は狼狽した顔のまま『指輪が…。』と呟いた。 「指輪?」 はっと気付いたように慌てて首を横に振る。 「いいえ、なんでもありませんわ?」 「…なくしてしまったの?誰かから頂いたもの?」 風の前に跪き、その両手をゆっくりと持ち上げるようにしてから問いただすと、暫くの間は黙っていたがコクリと頷く。 「…もう、お会いする事が出来ないかもしれない方から頂きました。確かに、ポケットの中に入れておいたと思っておりましたが…。」 「なくなってしまったのね。」 空の言葉に、風はもう一度小さく頷いた。 「…大切なものだと思っておりましたのに、なくしてしまうなんて情けなくて…。」 目に涙こそ浮かびはしなかったが、悲しそうな妹の姿に空も眉を潜める。しかし、空は笑みを浮かべる。 「でも、大丈夫よ。それは風さんの大切なものなのでしょう?」 「はい…でも…。」 ふるっと空は首を横に振る。 「大丈夫。それは、今が見えないところにあるだけなの。風さんの手の届かない場所にあるだけ。絶対に何処かにあるわ。でもね、風さんが、諦めてしまったら見つかる事はないものなの。」 もういらない?という空の問い掛けに、風は激しく首を振る。 「だったら、大丈夫。風さんが、諦めない限りきっと貴方の手に戻ってくるわ。」 まだ納得がいかなそうな怪訝な表情はしていたが、少しだけ風も笑顔を見せて言う。 「私、必ず見つかると信じる事に致しますわ。」 それを聞いてから、空は微笑んでこう言った。 「私も必ず見つかると思っているわ。それは、きっと思いもかけない場所で貴方のことを待っている…なんだか私そういう気がするの。」 「随分前から、聞こうと思っていたのだけれど、その指輪は、前に探していたものでしょう?」 空の言葉に風は左手を見て、頬を赤らめた。 「やっぱり、見つかったのね。」 「はい。」 「何処にあったか?伺ってもよろしいかしら?」 少し意地の悪い質問かもしれないと思いつつ、空が問い掛ける。頬を赤くした妹の姿を見れば、何処にあったかなど一目瞭然ではないか。 「大切な方が、持っていて下さっていました。」 「やっぱり。」 空はそう言うと、饅頭を頬張り笑顔を見せる。 「だから、言ったでしょ。貴方の事を待っているって。」 「ええ、お姉さまの仰ることは、間違ってはおりませんでしたわ。」 綺麗に微笑む妹の姿に、ほんの僅かだけ意地悪な気持ちになってなお問い掛けてみる。 「…で、風さんの大切な方のお話は、伺った事がないのだけれど…?」 「え…それは…。その…。」 いつも聡明な妹の狼狽した姿は、それだけで一見の価値はある。空は満足そうに微笑むと、もうひとつ聞いてみたい事柄を心に浮かべた。 『どういうきっかけで、貴方は左手の薬指に指輪をはめようと思ったの?』 …聞いてみたいと思いませんか?←回答を書いてみました。敢えては言わない情報ですよね。 〜fin
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