怯えたように震える睫毛の下。鳶色の瞳の奥にあるのは恐怖の感情だけではない事が鳴上にはわかる。少しだけの期待、いや好奇心?
 あれだけ怖がっていたくせに、と笑みを浮かべそうになり慌てて引っ込めた。
そんな顔を見せてしまったら、花村は絶対に拗ねだろう。それはそれで面倒だ。
 やっと彼の自由を奪い組み敷いたのだから、もう一度同じ事を繰り返すのも不毛、もしくは疲れる。
 見下ろしていれば、花村は腕を伸ばしていた。さっきまで鳴上の身体を押し返そうとしていたやっきになっていた腕だったので、まだ抵抗する気かと少々うんざりしていた鳴上の二の腕にそっと触れる。
 
「…も、じらすな…。」
 消え入りそうな声で囁くと、我慢出来ないとばかりに唇をギュッと引き結んだ。
斜め下に落とした顔は、全体的には白いのに耳だけは妙に赤い。

「早く。」
「いいのか?」
 さっき確認した意思だったけれど、鳴上はもう一度問う。合意の上なのだと、それは花村に自覚させる為でもあった。
「いいけど、性急すぎるのはヤダ。」
 コクリと喉が上下するのは、口腔の唾を飲み込んだせいだろう。首が傾ぐ様子はなかなかに綺麗だ。
 そして、まま絡み合った身体を眺めた。互いにTシャツにスパッツという出で立ちなので、花村の生脚が自分の太股に絡み付いているのがよく見えた。
 一応筋肉はついているけれど妙に生白い自分の太股に比べて、花村の健康的な肌色は良い。なんというか、やっぱり美味しそうな色だ。
 それに指を伸ばしかけて、やはり伝えておくべきかと思い直す。
「始めて、だから。」
 鳴上はそう口にして、覚悟を決めて息を吸う。
「上手く出来ないかもしれないし、ちょっと怖い。」
 途端、花村は背けていた顔をバッと上げた、
「俺だって怖い、ってか怖いに決まってんだろ!、おまえだから、」
 見つめてくる瞳は、思いもかけず濡れていて、心臓がドキリと跳ねる。
「お前じゃなきゃ、こんな事許さない。」 
 掴んでいる指先に、ぐっと力が籠もったのがわかった。
覚悟を決めたのだと告げるように瞼をきつく閉じる花村に、鳴上もわかったと返す。
 そして、彼の臑にべったりと貼られた脱毛シートに指先を掛けた。
いくよ、とだけ声を掛けて、カウントダウン無しにベリッと引き剥がす。
 ギャッ!という色気の欠片もない声を上げて、花村は鳴上を力の限り突き飛ばした。
 
「痛てえよ!!!半端なく痛てえよ!!!何で俺こんな事してんだよ!!!」

 花村が抱え込んでいる臑には真っ赤な湿布が貼られているように、四角い痕ができていた。
 鳴上は感心した様子で手にしたシートを見つめた。
髪の毛によく似た淡い色の毛がびっしと貼り付いていて、こんなに毛があるように見えないのになと思う。
 色が薄いせいかとも思うが、さわり心地も悪くなかった。
 産毛の類まで全て粘着しているように見えるのだから、脱毛クリームを塗りすぎたのかもしれない。
 けれど、始めてだから仕方ないと鳴上は割り切り、花村には事実だけを伝えた。
「女装コンテストに出るから。」
「だから、なんでそんなもんにでなきゃいけなんだよ!!!!」
 
 …自業自得じゃないのかな? 特捜隊女子の面子を思い浮かべ、鳴上は苦笑した。


彼の瞳の奥にうずく艶めきの色

 いいんだけど、もうちょっと色っぽい出来事の際にお目に掛かりたいんだけれど…。
表情を変える事なく鳴上の脳内はそう呟いて、ギャーギャーと色気の欠片もなく暴れる花村の残されたシートに手をかける。
 気の毒だとは思うが、このままにしておける訳もない。

「今度はお前の番だからな!!!」
 脚をまっかにさせた花村がポロポロと涙の粒を落とす顔はなんだかとっても可愛くて、良いものを見たと満足する。涙ながらに、奉仕する花村もこれは此で可愛いと頷く。
 そうして、痛みなど殆ど感じる事もなかった鳴上は、コンテストでもやっぱりノリノリだった。


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