ジュネスフードコート。
 捜索隊のメンバーはいつものように顔を合わせていた。
 状況を把握し、次なる行動に移す真剣な話や、勉強会と称した(勉強していないものも多々存在しているが)会合でも、鳴上は花村のふとした癖が気になっていた。
 
 テレビ番組だか、読んだ本だかに載っていた些細な事。

『腕組みをする相手は、自身の心に壁をつくり打ち解けてはいない。もしくはあからさまな拒絶を示している。』

 そう思って彼を見れば、殆どの場面で彼が腕組みをしている事に気が付いた。
 統計学という奴は、(ホンマでッか)な情報で様々な条件、及び測定人数によって変化する。簡単に言うと、全ての人間にその論理が当てはまる訳ではないう事なのだ。
 花村の場合も、単に手の置き所がなくてする癖なのかもしれない。…と考えてみても、やはり気になる。

 相棒と呼び掛け、親しげなスキンシップを取り、軽口を聞く相手が、実は自分に心を許していないなんて、ちょっと寂しいではないか。
 餌をやり続ければ、猫だってあんなに懐いて増えるのに…鳴上はそこまで結論づけて、おもむろに口を開いた。

「寂しいよ、花村。」
「よくわかるぜ、相棒。」
 声のトーンを落とした花村は厚い溜息を吐き出すと、ぐるりとフードコートを指さした。…芝居がかった仕草がクマに似てきたような気がする。
「涼しい秋風と共に女子の露出は減る一方だもんな、そりゃオトコノコとして寂しいに決まってるぜ。」
 チラリと盗み見るのは、ハイスペックな特捜隊の女子達だ。
そしてチラ見だったにも係わらず、気付いた千枝が両手で胸元を押さえつつ声を上げた。
「いきなり何言い出すのよ、変態!!このガッカリ王子!!!」
 コミュのレベルも高まっているメンバーは、追撃のスキルもバッチリで、りせ、雪子が後に続く。
「鳴上先輩はそんな事言ってないよ、花村先輩、エロすぎ!」
「…ねぇ花村君、いっぺん死んでみる?」
 苦笑する直斗と紅潮した顔面を片手で抑えたままそっぽを向く完二を除いた女子に罵倒され、花村は弁解に声を張り上げた。
「オトコノコなら見るんだよ、見ちまうんだよ、胸元と太ももは、なぁ鳴上!」
「成る程、じゃあ俺も出してみようかな?」
 シャツの釦に指先をかける仕草に、女子から黄色い悲鳴が上がる。
五月蠅いとばかりに両耳に掌を押し当てて、花村は呻った。
「どうして俺だと変態で鳴上だと歓喜の悲鳴なんだよ、てか、何に張り合ってんだよ、相棒!」
 この天然と続く声に、うんと頷く。
「いや、花村の視線を釘付けにしたくて。」
「そうだったのか、嬉しいぜ、じゃなくて意味わかんなくね?なんなのそれ?」
「落ち着け?」
「だから、小首を傾げるな!!」
 怒ってるんだか、照れてるんだか、呆れているんだか、読めない表情の花村がなんだか嬉しくて鳴上は、子猫を胸元に引き寄せるように花村の頭を囲い込む。特に抵抗も無い様子なので、ヨシヨシと頭を撫でながらもう一度呟いた。

「寂しいよ、花村。」
「だから、この騒ぎの何が寂しいんだよ…。」
 今度は呆れたような声が聞こえた。
 仲間達から聞こえる心地よい喧騒に耳を傾ける。それは、穏やかで騒がしくて、五月蠅いけれども楽しい、仲間たちと作り出す時間。
 けれど、優しい相棒は心の中に嫌なものを全て隠して決して、吐き出しては来ないのだ。
 信用していない訳じゃないだろう。邪魔に思ってもいないだろうし、楽しんでいることに間違いはないなずだ。
 なのに、腕を組み、一定の距離を保ち踏み込ませず、晒す事もない。

「皆といるのは楽しいよ。花村もそうだろ?」
「だな。」
 フッと顔を緩ませ、花村は腕を解いた。
そうして、柔らかな笑みを浮かべる。大事だよと伝えてくる表情は、小西先輩を想う時にみせる苦みを含まない。

 蕾が綻ぶように優しい。

「うるせぇけど、良い奴等だもんな。」

 そうだよ。お前の笑顔を受け入れてくれるだろう事は勿論だけど、もっと醜い感情を晒け出したって、それを負担だなんて欠片も想わない仲間達だ。
 
 俺の前では、辛さを涙にしてくれた。けれど、日を置けば俺達も再び離れてしまう。情が離れるなんて考えもしないけれど、距離がもたらす不自由さはどうすることも出来ない。
 花村が辛い時、触れ合うように側にいて支えてくれるだろう彼等は此処にいるのだ。


お前はいったい誰に涙を見せられるんだろう

 そんな日は来るかもしれないし、来ないかもしれない。けれど、もしもそんな日が来たのなら、赤飯を炊いて祝ってやろう。
 少しばかりの俺の嫉妬は、きっと良い塩加減になってくれるはずだ。

「お前から離れていくのが、寂しい。」
「ズリィ…反則だぜ、それ。」
 ポツリと呟いた言葉に、花村は少しばかり頬を赤くした。


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