論理は捨てろ、心で動け


『考えるんじゃない、感じるんだ。』
 シャドウの顔面に深い靴痕を刻んだ里中が、嬉しそうに声を出す。好きな映画の台詞なのか、花村はよく知らないけれど、今その言葉は禁句だ。

 だってよ…。

 言い訳のように心の中で呟き、隣りに並ぶ(相棒)を盗み見た。
すっと背を伸ばし、長剣を片手で支えながら衿を指先を絡めると、大きく首を回した。
 普段から学生服の前を留めない理由は知らないが、開いたシャツの間から汗ばんだ素肌が見えた。綺麗な首のラインの沿って、汗が流れ落ちていく。
 紅潮した肌と少しだけ荒くなった息、乱れた前髪。
 そう、髪!自分のふわふわと定まらない髪質とは違い、常にサラリと整っているからこそ、乱された髪と疲労滲ませた横顔は妙な艶を纏う。
 …てか、高校生男子としてはその色気はどうなんだ、無駄についてるんじゃないのか!?と大いにツッコミを入れたいところだ。

「…?どうした。」

 そんな心中の大音響が鳴上にも聞こえたのか、ふいに顔を上げる。いや、だから、聞こえねえし、聞こえてたら困るし、寧ろ破滅だし。
 …セルフツッコミも忙しいな、俺。

「いや、キリねーなと思ってさ。」
 誤魔化すように、クルリとクナイを宙に放った。
くるんくるんと回った刃先は真っ直ぐに掌に落ちてくるものだから、思わず手を引っ込める。
 硬質な音が、何度か床を跳ねた。
「おっと、と…。」
 苦笑しながら拾い上げれば、目の前に鳴上がいた。

うお、近っ…!?

「怪我、するだろ。」
 ギュッと握ってくる指先は、細くて繊細だけれども長剣を握る力強さもしっかりとあって、持ち主によく似た男前の手だ。
「わりぃ、相…「花村は目、離せないな。」」
 苦笑まじりの低い声。触れ合えるほど近く、だからこそ遠い。
 戯けた態度でヒョイと間を空ければ、心の奥底にとんでもなく冷たい風が吹き抜ける。自分からくっつく分には良いんだ、うん。色々と準備出来てるから。

「ま、少々疲れたって事で、お開きにしねえ?」
「そうだな、気付かなくてすまない。」
 少しだけ不思議そうな表情を浮かべてから、そう答える。すいと横を抜けて向かうのは、他のメンバーのところだ。
 笑い合いながら話す、たわいない会話が途切れ々に花村の耳に届く。
あ〜楽しそうなだな〜と思いつつ、仲間はずれの寂しさをわざと味わうのだ(いや、俺Mじゃねぇよ)
 こうやって、冷却しておかないと俺はどんどん図に乗ってしまう。
鳴上は、友人で相棒で、ホント此処大事だけど(特別な奴)で、どこの誰に嫌われてもいいけれど、コイツにだけは絶対軽蔑されたくないって言うか、嫌われたくない。
 人間誰しもそういう相手がいるはずだと花村は思う。
だからこそ、己の中にある感情に気付いた時には震え上がった。揶揄ではなく、本気でゾクリとしたのだから半端ない。
 
 俺、アイツに何を思った…?

 男は尊敬する相手に対して、抱かれても良いなんて言葉を口にすることがあるらしい。(雑誌で読んだ。)けれど、花村の背筋を駆け抜けた感情は(相手に触れたい)だったのだ。
 正直言ってアイツになにされてもいいと思う位に好きだし大切に思っている。百歩譲って、本当に抱かれてもいい。(いや、経験ないけど、男女共)
なのに、あることないことしてやりたいと思う、煩悩に爛れた考えはなんなの?
 おまけに、相棒は素晴らしい奴なので、それはそれは俺を大切に甘やかして下さるのだ。期待するなと言う方が可笑しいだろう?
 興奮すれば(落ち着け)と声を掛けてくれるものの、押し倒した際にそんな台詞を吐かれてしまったら、俺のHPは確実に0になる。

 ふっと寂しい笑みを浮かべて、視線を斜めに追いやった。そう、冷却が必要だ。俺の心を冷やし、冷静さを呼び戻すのだ。
 失ってしまえば取り返しのつかない大切なものを守る為、俺は敢えて涙すら飲む!

「花村、そういう訳で俺の家で飯を食って帰れ。」
「は?」
 ポカンと空いた口を眺め、鳴上は随分と開くものだなと感心する。イヤ、ツッコむところは其処じゃねえだろ!?
「は、な?何が?どうして?」
 クルクルと周囲を見回せば、メンバー達は手を振ってテレビの中から離脱するところだった。
「ジュネスの残り弁当しか食べてないから、養う必要があるらしい。…と皆が言うので。」
 特捜隊メンバーに、どれだけ可哀想な人認定されているのかと思うと少々凹む。けれども、その誘いは魅力的だ。
「して、お献立は!?」
 止せば良いのに、餌付けされている身体は反射的に言葉を口にする。
「生姜焼き。」
「愛してるぜ、相棒!!」
 そして、論理を捨てて本能(食欲?)にまかせた心と体はただ高みへと昇った。無意識に鳴上に抱きつき、叫ぶ。
「俺の身も心もお前のものだ!」
 健全な男子高校生がするにはあまりにも見苦しいかと思う行動にも、寛容オカン級の鳴上は、ポンポンと抱きついた俺の頭を軽く叩くだけ。
 引き剥がす事もなく好きにさせてくれる。

「花村の胃袋は、確かに俺のものみたいだけどな。」
 そうして、ハハッと軽く笑う。

 本当は胃袋のまわりにある内臓もそれから血液も、その上にある皮膚やら神経細胞も全部含めて、鳴上のもの宣言していた。
 それでも、本当に大切なものは絶対に無くしたくないから口を閉ざす。閉ざした口は戯れ言を吐くのだ。

「そんなもので私の心が買えるとお思い?」

 クスクスッと笑えば、鳴上は妙に神妙な顔をした。
「じゃあ、どうしたら花村が貰えるか教えてくれ。」
 
 …。

冗談だ。勿論、相棒は冗談を言っている。コイツは真顔で冗談を言う男だ。

 理性は必死で論理を告げているのに、心は言葉を紡ごうとする。
なにこれ、どんな試練なんだよ。

「えっと…その答えは、CMの後で…なんて、」

 辛うじて投げ返した答えに、鳴上は目を細めた。笑う表情で口角を上げる。

「うん、待ってる。」
 じっと見つめ返され、花村の背中がぞわりと痺れた。

天然て、ホント怖い。


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