君が僕の名前を呼ぶただそれだけで僕は君に恋してる


 こちらへ引っ越す迄は、所謂都会に住んでいた。
比べるまでもなく、人は多く住んでいて、個性が豊かに溢れている都市だなんて紹介される事だってあった。
 けれど…と、鳴上は思う。
 バケツに頭から突っ込んで、道路に転がっている人間などいなかった。
お魚銜えた野良猫を追っかけて裸足で駆けていく主婦が、此処でなら見れるのかもしれないな、と素直に思えたほどだ。
 どちらかと言えば、自分は没個性だと信じていた鳴上にとって(のちに相棒には、それは大きな勘違いだと訂正された)それはそれはセンセーショナルな出来事だったのだ。
 そして、その主役を演じて見せたのが『花村陽介』その人だった。
 根性も、勇気も、知識も、寛容さも、伝達力も心許ない自分にとって、そんなものなくても人と人との繋がりは結べるものだといたく感心をした。
 
「そこなの!?」

 普段からクルクルとよく表情を変える相棒は、それこそ眼を真ん丸にしてこちらを見つめた。襟足を跳ね上げた茶色の髪が、彼の動揺を伝えるかのように揺れる。
 そうして、おもむろに両手を振り上げ、鳴上の机にドンと置いた。
「俺はさ、鳴上の事を始めて見た時綺麗な顔してるなとか、中間考査の時に賢い奴なんだなとか、弁当をくれたりしてなんでも出来る奴だなとか、一緒にテレビの中に入ってくれた時にはスッゲー良い奴だなとか、俺のシャドウを見た時も変わりなく受け入れてくれて言葉に出来ない位嬉しさをくれる奴だなとか、とにかくハイスペックでチートだと思っていた訳だよ!!」
 鳴上は、一息で捲し立てる花村の様子を無表情で見つめていたが、言葉が途切れた瞬間に口元を綻ばせニコリと微笑む。
「ありがとう。花村にそう言って貰えると嬉しいよ。」
「いや、お前の笑顔破壊力ありすぎ…って言うか、俺の言いたい事、全く聞いてないだろ!?」
「そう?伝達力はあるけど、理解力に乏しいのかな?」
 真面目な顔して、小首を傾げるに相棒に花村の下が気味の瞳はますます地面に向かっていた。

…っく、コイツは天然だ…。わかっていたのに、何故突っ込んでしまったんだ俺…。

 でも、と呟く鳴上は、上目使いで花村を見上げた。ブルーグレーの瞳が潤んで見えた理由に頭を巡らせるより前に、花村の瞳は釘付けになる。

「花村のいいところは沢山あるけど、誰かに知られてしまうのもちょっと惜しいな…なんて。」
 照れた様子で眉尻を下げる端正な顔は、面食い花村のドストライクを直撃する。
「悠…。」
 舌足らずの声が名を呼べば、思わずゴクリと喉まで鳴った。
「…名前…。」
 無表情に見える顔が、ポカンとした事に花村は気付く。そして、心の中では常にそう呼んでいた彼の、名前。
 テレビの中での出来事を切欠に、つい呼んでしまったのだ。
口から出て仕舞った事に焦り、火照る顔を隠す事も出来ずに声を張った。
「相棒なんだから、な、名前ぐらい普通に呼ぶだろ?!」
 後頭部をガシガシ掻きながら返せば、(そうだな。)と答えが返った。
「陽介。」
 響きを楽しむようにポツリと呟き、一瞬硬直する様子を楽しむ様で鳴上はクスクスッと綺麗な笑みを見せる。
 
『コイツは、自分を本気で落としにかかっている…?』

 見えないペルソナの叫びがシンクロしていたものの、現れない汝と放たない言葉は伝わらない。
 何でもないような風を装い、何でもないように名を呼び合う。
「悠」
「陽介」
 顔を近づけて囁き合えば、体温は確実に上がっていく。
「っ、でも…照れるな、なんかこう改まって、は…。」
「そうだな、意外と、照れる。」
 そうして、甘ったるい妙な雰囲気は笑い飛ばしてしまえとばかりに、顔を見合わせ、声を上げて笑いあった。

 ◆ ◆ ◆

「うわーお花飛んでない、あの二人?」
「うん、わかってないのかな?」
「いやいや、あれ平常運転クマよ。」
「オイ、平常って、俺頭悪いからさっぱりッスよ…。」
「キャハ、でも楽しそうだね。」
「そうですね。普段からしておいて互いの気持ちを知られていないと考えているのでしょうから、お目出度いという言葉が相応しいかもしれません。」
「お、お前…キッッ…。」
「何か?」
「いやっすよね〜こんな高校生は〜目も当てられませんよね〜。」
「お前は、何で素知らぬ振りをして会話に加わっているんだ!」
「お父さん、どうして菜々子の目をふさぐの?」
「あ〜菜々子ちゃんは見ないであげて、頼むから。」
 
 生温かい特捜隊+αのメンバーに見守られ、本日の主花(花主)も元気です。




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