やわらかく傷つけて


※ジュード×ユウリィ あの方は生きてる設定です。

 いつもの様にというべきか、アルノーの料理は微妙な美味しさだった。
不味くはない…けれど、美味しくもない…ある意味不可思議な味わいをもったそれを最後まで口に運んで、ジュードはユウリィを見つめた。
 彼女がこの世を去ってからも、時々三人(四人と言うべきか?)で会って食事会をする。近況を報告しあったり、想い出話をしてみたり、彼女の生前から続いていた事を考えてみれば、結構長い間続いていた。

 当たり前の事だが、その年月を経て自分は大人になった。
そしてふんわりと可愛らしかったユウリィは、綺麗になった。

…ある意味、触れがたい程に…。

   簡単にその細くて柔らかな手をとり、一緒に走った事があったなんて今考えるとあり得ない話だ。意識すらしていなかった頃の自分が、何を思っていたのかすら思い出せない。

「どうしたんですか?ジュード。」
 ふいに彼女の声がして反射的に相手を見返したジュードは、それを発したユウリィの唇に目を惹かれ、声を発せず、頬を染めた。
 いや、別に…というジュードの言葉に、クスリと笑い、ユウリィは「変なもの食べました?」と告げる。
 お陰でジュードはアルノーに睨まれる羽目になった。

 少し意地悪だった…とユウリィは思う。
 ジュードが自分を見ていたのはわかっていたのだ。そして、何か思案している事も…。
 心なんて、いつも自分ではわからない。とユウリィは感じた。
大好きだと思う事もあれば、顔も見たくないと感じる事だってある。
今は、後者だ。
 出掛けに、同居人と喧嘩をしてきたことが原因のひとつなのはわかっている。
『あんな優柔不断な奴だとは思っていなかった。』
 そう彼は告げて、噂話を口にした。それは、動物保護官の青年がバックレイだかの令嬢に言い寄られている旨の噂話。
かなりの入れ込みようで、青年もその気があるとその話は締めくくられていた。
 実のところ、それはユウリィの耳にも入っている。
 ジュードは、自分でどう感じているのかわからないがもてる。
 外見的にも素敵な男性になった彼は、あろうことか優しいという本来の性格を損なう事なく成長してしまった。
 そして、彼の優しさに区別は無い。
 問題は此処にある。好意のある優しさなのか、行きがかり上の優しさなのか、相手の判断に委ねられるのだ。そしてそれは、しばしば勘違いを生む。

いや、本当にそれは、勘違いなのだろうか?そう感じて心が疼いた。

「美味しくない?」
 リトルの言葉に、ユウリィは我にかえった。
ううん。微笑みながら答えると、嬉しそうに足を弾ませ、庇護を求めるようにアルノーの背に隠れた。そして、またチラリと自分を見る。
 兄の背中に隠れていた小さな頃の自分が、少女に重なった。
今はまだ、守られている彼女もそこから出て、誰かと出会い傷つきそして、愛していく。
 私も傷つく事が、怖いわけではないのだ。

   テーブルに視線を戻すと、ジュードの姿がなかった。
「ジュードは?」
「お茶を入れてくるって。」
アルノーは、指で厨房を指した。そして、喧嘩でもしてるのか?と笑みを浮かべた。
 ユウリィは、ふるっと首を横に振る。
「お互いに、意識しすぎてる…か?そういう時期もあるからな。」
 大人なアルノーはそう言うと、やさしく笑った。

 上に係っていた纏を、慎重に上げて中を覗き込む。
 ジュードは真剣そのものの表情で、やかんを見つめていた。
まるで、やかんが何かの敵のような目つきだと思い、ユウリィはクスリを笑った。
 そして、敵を見るともう沸騰して湯気を出していた。
「ジュード。」
 声を掛けて近付くが、本当に考え事に没頭しているようで、振り返りもしない。ユウリィは、そっと手をやかんの取っ手に伸ばした。それを見て、やっとジュードは彼女が側にいたことに気付く。そして、慌てた。
「駄目だ、熱いから…素手で掴んじゃ…!」
 ジュードの手が、ユウリィの手を掴み、そのせいでバランスを崩した彼女の身体を支える。
 ユウリィもあっと息を飲んで、見上げた。
 覗き込むようにしていたジュードが、ゆっくりと背を曲げ、澄んだ蒼い瞳が視界に広がったと思った瞬間、ユウリィの唇にジュードのものが重なった。

 触れ合っただけの唇はすぐに離れていく。
「ごめん…。」
 小さくジュードが呟く。また心が疼いた。 「どうして謝るの?」
 ユウリィは、泣きたい気持ちを堪えてそう呟く。
私のことは好きでもなんでもないから?
 キュッと引き結んだ唇に、ジュードは困った顔になり、最後は情けない表情を浮かべる。
「ずっと、こんな事考えてたの、ユウリィにはわかってしまったのかと思って。」
 頬を紅くしてそう言ったシュードをユウリィも吃驚した顔で見つめた。
「だから、怒っているのかなって…。なんか俺、止まんなくなっちゃいそうでユウリィを傷つけてしまいそうで…だからごめん…ごめんなさい。」
 ユウリィは、溜息の様な吐息を、形の良い唇からそっと漏らした。そして、ジュードの肩に頭をこつんと当てた。
「私は、ジュードにキスされても怒りません。」
 女の子が口に出すのは、どうかと思う言葉をそっとジュードに伝える。ジュードの身体が一瞬ドキッと緊張するのを感じた。
 本当は、貴方になら傷つけられても構わない…と告げても良かった。私がさっき貴方を傷つけたいと思ったように。
 貴方はやっぱり優しすぎる。
 身体に付いた小さな傷を受け入れて、身体の一部としてもっと強くなっていくように、些細な衝突は私達の絆を深める大切なものなの。だから、貴方の心を私にぶつけて欲しい。
 それで傷が出来るというのなら、それを抱いて、私はもっと貴方を好きになっていくから。
 ひとつづつ、貴方に教えてあげたい…今も私が貴方を傷つけたいと思うことを。
 ユウリィは顔を上げ、今はもうあつらえたように彼に似合うジャケットの袖を摘んで、視線を自分に向けさせた。
 頬を紅くしたまま、ジュードが自分を見つめる。
「バックレイの方がよくいらっしゃるそうですね。」
 しかし、ユウリィの言葉にジュードは首を捻った。
「よく…かぁ?時々手伝いに来てくれる人がいるけど。名前なんだっけ…。え〜と。それがどうかした?」
 腕組みをしながら、子供のように首を傾げた彼を見てユウリィは吹き出しそうになった。

 もう少し時間が必要なのかも。

 そして、帰ったら訂正しておかなくちゃ…とユウリィは思う。
ジュードは『優柔不断』などではなく『疎い』のだと言うことを。


〜fin



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