have a heart of gold[WAF]


 ゼットはアーデルハイド城の一番高い塀の上に登ったまま降りて来ない。どうやら膝を抱えて丸くなっているようだ。
 それを見上げる三人の瞳には、黄色いマフラーが、吹く風にハタハタと揺れているだけが見える。
「高い所に上がりすぎた猫って降りてこれなくなるって知ってるか?」
「では、長い梯子を用意して差し上げたらゼットさんは降りてこられるのでしょうか?」
「…冗談だ。俺が悪かった。」
 間髪入れずに謝ったザックに、からかわれたと知ったセシリアが怒り出す。黙って見ていたロディ首を傾げる。
「何か見えるんだろうか?」
 ゼットが何を考えているのかは、彼が魔族である以前に計り知れないものではあったのだが、突拍子もない事をやらかすわりに彼には彼なりの理由があった。
「しばらく、好きなようにさせといてあげようよ。」

 ゼットの金の目に写っていたのはファルガイアの風景。
 お世辞にも美しいとは言い兼ねる、荒涼とした茶色ばかりの風景。
「私は、見ることができなから色は良くわからないんです。」
 散歩と称して、アウラを外に連れ出したゼットは、そこに咲いていた花の説明をしようとして、そう返された。
 アウラは、ゼットの声を頼りに側まで来ると、手をさしのべて花の花弁や葉にそっとふれ、顔を近付けてその香りに笑みを見せた。
「良い香り…それに、小さなお花がいっぱい集まっているみたい。可愛らしい花ですね。白いお花なんですよね。」
「ああ、アウラちゃんには劣るが純白の花だ。」
「ゼットさんって面白いですね。」
 クスクスっと笑うと、立ち上がり大きく深呼吸をする。
「色々な花の香り…いっぱい咲いているんですね。」
 大きく見開いたアウラの綺麗な瞳が光を写さないことは、ゼット自身よく知っていたことだった。だからこそ、自分は彼女とこうして過ごす事が出来るのだという事も。
『なのに俺は、こんな心無い言葉を口に出来るほどに、墜ちてしまったのか〜〜!!失念などという安易な言葉で片づけられる状態じゃないであろう〜〜〜〜!!!おのれ自分〜〜!!!』
「ゼットさん?」
「あああ、なんでもないぞアウラちゃん。俺様は、落ち込んでなどいない!いたらない男だなどとかけらも感じていないぞ!!」
 両手を突き出し、左右の振り子のように頭を揺らすゼットは首振り人形を思わせた。その様子を感じ取りアウラは微笑む。
「私の事を気遣ってくれるんですね。ゼットさんは、本当にやさしい人です。」
 アウラはその瞳をふいに閉じる。
「私、こうしていても世界が変わらないんです。でも、それは寂しいって事じゃないんですよ。だって、私、こうしていてもゼットさんを感じる事が出来ます。」
「アウラちゃん…。」
 泣き笑いに近い表情で、ゼットは少女を見つめ続ける。
「ほら、今ゼットさん笑ったでしょ?」
 わかるんですよ。と少女は笑った。そうそうと彼女は続ける。
「have a heart of goldって意味わかりますか?」
「心が金を持ってる…?腹黒いという言葉なら聞いた事があるぞ。俺様のように思慮深い者の事だ。」
 得意そうに言ったゼットに笑顔をみせて、しかし瞳は閉じたままアウラは続けた。
「心が美しいっていう意味なんですよ。ゼットさんは前に瞳が金色だって言ってらしたから、ぴったりだなって今思ったんです。」
 花々の中に佇む少女は両手を胸の前で組んで、瞳を閉じている。
サラサラの金色の髪が風に揺れていた。
ゼットの瞳は釘付けになる。
「ねえ、ゼットさん。貴方の瞳に写る世界は美しいですか?」

「ボーイ。世界は美しいか?」
 様子を見に来たロディにゼットは独り言のように話し掛けてきた。奇妙な質問ではあったが、ロディは微笑みながら答えを返す。
「ゼットの瞳にうつる世界と僕の見てる世界が同じだとは言いかねるけど、僕は美しいと思うよ。…ゼットは?」
「俺様は…。」
 ゼットは顔を上げると空を見上げる。
「…美しいと思った。」
 少女が、そしてその心が、彼女こそ…have a heart of gold


〜fin



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