離さないで


『阿呆みたいやわ…。』
 和葉はいつものように平次を待ちながら溜息を付いた。
 事件現場は、人混みでごったがえしていて、蒸し暑い夜にはそれすらも鬱陶しい。
 人々の声も妙にざわざわしいて、イライラしてしまう。

 だから、平次の背中を見ながらつい考えてしまうのだ。
 いつも思っているつまらない事を…だ。

『好き思うてるのもうちだけで、一緒にいたい思うてるのもうちだけなん。』

「和葉!」
 自分を呼び、すまんすまんと言いながら走ってくる平次に、周りの視線は集中した。

 わかる。平次めちゃ格好ええねん。
「あ、へい…じ…。」
 返事を返そうとした和葉が人混みに押されてよろめく。平次の手が彼女の手首を掴み、自分の胸元に抱き寄せた。
「気いつけんと怪我するで。」
 ほっと軽く溜息をついた平次に、和葉は頬を赤くした。
「おおきに平次」
「待たせてしもて悪かったな。ほないこか。」
 引き寄せられた手をそのまま自然に握られて、歩き始めた。
 驚いた和葉が平次の横顔を見つめるが、どうやら彼は無意識のようだった。
 言葉を掛けようとして、しかし和葉は何も言わずそのまま歩き出す。

 ほんの少しの間でええから…離れたない

〜Fin



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