恋じゃなくて愛です 久々の夜の後、目覚めは味噌汁の匂いだった。 王泥喜の所有する煎餅布団の中で目覚めると、長い髪を片手でたくし上げ響也はクンと鼻を鳴らした。 「目醒めましたか?」 白いエプロン姿の王泥喜は、卓袱台といっても遜色ないテーブルに二人分とご飯とおみおつけを置いていた、真ん中のお皿には白身魚の焼き物で正に典型的な朝ご飯。 古風で生真面目な王泥喜の性格をそのまま映しだしたような食卓に響也は苦笑する。 「おはよ、おデコくん。お嫁さんみたいに甲斐甲斐しいね。」 「お嫁さんは下にいた人ですよ。つまりは貴方です。」 揶揄したつもりが、やり返されて響也は眉を八の字に下げた。確かに、昨夜も受け入れたのは響也の方でそれは間違いない。それでも、いつものスーツに白いエプロンの初々しい王泥喜が新妻のように可愛いと思ったのは間違いないのだ。 「牙琉検事は、パン食かなぁと思ったんですが、取りあえず俺が朝は米を喰わないと力が出ないんで。」 「僕はこだわらないよ。パンでもご飯でも、栄養補助食品でも。」 「ちゃんと食事から栄養はとって下さいね。」 離れている両親が告げるような言葉に、もう一度肩を竦めて響也は傍らに畳まれたシャツを羽織りながら食卓に向かった。 脱ぎ捨てた事は覚えているので、これも甲斐甲斐しい王泥喜の所作だろう。やっぱりお嫁さんみたいだと響也は心の中でだけコソリと思う。 「何か嬉しいな、おデコくんの手料理で朝なんて。」 ニコリと笑って、箸を手に取った響也に王泥喜は少しばかり苦笑いを返した。 「彼女なんかだと結構、嫌がられるんですよ。嫌味に見えるらしくて。」 王泥喜はエプロンを外しながら、響也の正面に座り胡座をかいた。味噌汁の椀を片手で持って、飲んでからおかずに箸を向ける。 「ふうん。そうかな? 作ってもらってるのはいつも僕だったような気はするけど。夜とか一緒に作ったりしたことはあるけど?」 「夜は良いみたいなんですけど、朝は妙に亭主関白って取られるみたいで」 「料理作ってるのに、亭主関白かい?それは割りが合わないな。」 ははは、と笑って響也は一菜一汁の質素な朝食を笑顔で掻き込んだ。久しぶりに逢えたとはいえ、今日は週の半ば。この後は互いに出社しなければならない。忙しくてままならない相手でも、互いの状況が読めるだけに寂しいけれども文句は無い。 少しでも邂逅の時間が取れて嬉しいという感情が圧倒的だ。 「これくらいしろよ。って思えるらしくて…一言も口にした事は無いんですけどね。それで嫌われます。牙琉検事は彼女とか選り取りな感じがしますけど?」 「とんでもないよ。誤解も甚だしいね。私と仕事とどっちが大事なのとか言われて大概振られる。」 食後のお茶まで出てくるので、響也は目を丸くした。 極自然に出て来る急須や湯呑には,確かに女の子は驚くかもしれないと思う。彼氏というよりも、これではお母さんだ。 「どっちとか、選べるもんじゃないんですけどねぇ。」 「選べないから、努力はしてるつもりなんだけどね、ナカナカ上手くはいかなかったよ。」 ふうと溜息をつく響也に、王泥喜は彼の経験の多さを感じて笑う。 そうそうと話を振った。 「よくある質問ですよ、俺が崖っぷちから落ちそうになってて、周囲に助けは呼べそうにもありません。貴方はどうしますか?」 ズズッ好い加減のお茶を喉に通して、湯呑に貌を隠しながら響也は王泥喜を見る。 「勿論最後まで諦めないで、法介を助ける方法を探す。けど、でも、もうどうしようもない時には、法介の手を握って一緒に落ちるよ。」 王泥喜は目を丸くしてから、困った顔で笑う。 「駄目じゃないですか、それ」 「だって法介をひとりにしたくないからね、これは譲れないよ。」 臆面も無く唇から出て来る台詞は、王泥喜の額まで赤くする。湯気が立ちそうな王泥喜に目を眇めた響也に、ずいと王泥喜は顔を近づけた。 「響也さん。それってこの時間帯に言い出すのは反則です。…俺が離したくなくなりますよ。」 へ?何故だいと告げる間抜けな唇を王泥喜は啄ばんだ。 「だって、それは、恋じゃなくて愛ですから。」 〜Fin
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