※注意 女性向け。


 理由なんて知るもんか。

 おデコ君が待ち合わせの時間に5分遅れたとか、その間に駅前で戯れていた女子高生に目ざとく見つかって、騒ぎになってたとか。
 いつもなら、顔を見合わせて溜息ひとつでお仕舞いになるような切欠だ。なのに、僕はこうして膨れっ面をしながら成歩堂なんでも事務所に籠城している。
 チラリとチラリと新聞の蔭から覗き見をしつつ、成歩堂が口端を上げる。
意地の悪い笑顔に僕は益々意固地になるんだ。

「…オデコくんを何処に隠した…。」

 もう何度目になるだろう質問を繰り返す。
クククと嗤う声。新聞を握っている指先が盛大に震えているのが見える。嗚呼、忌々しい親父だ。
「だから、僕は知らないんだってば。」
 笑いなんとか噛み殺した声で(勿論わざとだ。ポーカーフェイスを気取る位、この男にとってなんでもない)、同じ答えを繰り返す。
「アパートにもいない。行きつけの店にだっていない。大型スーパーからデパ地下まで全部回ったさ、この僕が!!
 なのに、何処にもいないんだ。だったら、この事務所以外の何処におデコ君がいるって言うんだよ!」
「そう言われてもねぇ。」
 しれっとシラを切る成歩堂に苛々が募る。深く深く刻んだだろう皺を見て、成歩堂が兄貴そっくりだとまた嗤った。
 もう、限界。勝手に探させてもらうからね。
 ソファーから勢い良く立ちあがり、私室のドアへ向かおうとした響也の背中に成歩堂の声がした。

「…みぬきの部屋を勝手に覗いたら殺すよ?」

 笑顔の分だけ背筋が凍った。流石にそれ以上脚を進める勇気が出ずに立ち尽くす。そうしていると、バサリと新聞を畳む音がした。
「だいたい、何があったの? 喧嘩したってこと?」
 渋々振り返れば、ソファーに寝転んだ成歩堂が手招きをしている。行きたくないけど、恐いので巻き戻されたフィルムみたいに、もう一度ソファーに座った。
「なん、だよ。」
 言葉遣いが乱暴になってくるのは、上っ面の余裕を此の男に剥ぎ取られてしまうからだ。
「理由をきかなきゃ進まないだろ?」
「当事者でもないくせに、黙ってたらどうだい?」
 挑発に応じる事が不利益をもたらすと知ってはいたが、王泥喜に対する不安な気持ちが先行して、旨く気持ちを律する事が出来ない。
「第三者だからこそ、適切なアドバイスが出来ると思うんだけどね?」
「どうだか、茶々を入れるつもりなんじゃないですか?」
 嗚呼、駄目だ。駄目。
気持ちの中で微かに警告音が鳴る。でも、駄目だ。成歩堂の話術にのってしまう。
「茶々を入れるにも、話を聞かない事には…ねぇ。」
 ハハハと嗤う横顔。目が嗤っていないのは、もう随分と前からそうだ。
「喧嘩みたいな、唯の行き違いだったような、だから、その…。」

 語尾が消えていくのは、理由なんてもう随分と前に忘れてしまったからだ。
ただ僕等は言い合いをして、そのまま意地を張って。別れた。けれど、モヤモヤして、居ても立ってもいられなくった。
 反省して謝りたいとかじゃなくて、ただ法介に逢いたくなった。
 そういう、気付いてるのに、知らないふりを決め込みたい気持ちを、成歩堂は認識させてしまう。

「なんだ、そんな事か。」

 クスリと成歩堂の口角が上がる。
「君がファンの娘とやってる所を王泥喜君が目撃したとか、その反対とか、修羅場かと思った。」
「失礼だな!成歩堂龍一、僕がそんな事をするような…!」
 抗議の言葉を吐き出そうとした口に成歩堂はポンと丸めた新聞をあてる。
「検察側にヒントを上げるのは非常に不本意だけれど、王泥喜君も世話になっているから仕方ないか。」
 溜息をつき、成歩堂は僕の耳に唇を寄せた。
 吹きかかる息はくすぐったいし、なんでそんなに近寄らなければならないのかわからないしで僕はムッと顔を歪める。けれど、コイツはおかまいなしだ。
「理由がはっきりしないってことは、片方だけ原因がある訳じゃない。だから、君は王泥喜君に逢いたいと思って此処へ来たんだろ?」
「そうだよ、当たり前だろ。じゃなかったら、どうして僕がこんな事務所に来るっていうんだよ。」
「…鈍いね。じゃあ、王泥喜君はどうだろう?
 王泥喜君が君に会いたいと思ったら何処へ行くんだい?」
 重ねられた質問に、僕は弾かれたようにソファーから跳ね上がった。御礼の言葉をそこそこにして扉を開ければ、眉間に皺を寄せた上司の姿。

「…御剣さ「いいから、行きたまえ。君を引き留めるつもりはない。」」

 きっぱりと言い切られ、僕はそのまま廊下を走り出す。やっと理解出来た、愛しい人の元に。
 だから、こんな会話が交わされていたのは知らなかった。

「若いっていいねぇ。」
 クスクスと嗤う成歩堂を、御剣さんが睨む。
「貴様も十分若い…いや子供じみているではないか。」
「何?」
「私を嫉妬させようなどと、呆れた男だ。」
 バレたか、そう告げて嬉しそうに成歩堂は嗤った。
 

 僕が全力で向かったのは、僕のマンションだった。
バイクを飛ばして最速記録を更新した僕は、駐車場に投げ捨てるようにして、マンションの入り口に向かった。
 エレベーターが上がっていく速度ですら遅く感じてもどかしい。
 部屋の前へと繋がる長い廊下が見えた時、赤が目に入った。僕は思わず声を張る。

「法介…!」

 扉の前に座り込んでいた王泥喜は、その声に立ち上がる。
 
「…検事…。」

 『ごめんなさい』も『すみません』も口を掠っただけだった。それなのに、ふたりの距離は縮まっていく。ギュッと握り込んだ王泥喜の手が白く血の気が引いていた。
 お互いに全くもって素直じゃないけど。
 僕はただ君の手を握って、君は黙ったまま頷いてそれだけで涙が出そうな位幸せだった。



僕はただ君の手を握って、君は黙ったまま頷いて


お題配布:確かに恋だった


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