一人にして欲しいと言う人を一人にしてあげられるほど、優しくはない


 普段とは違う真っ白なシャツ。色は同じでも質感の異なるズボンを履いた長い脚は、部屋にある三人掛けのソファーに投げ出されていた。
 そうして、ヘッドホンを引っ掛けた耳にはピアスもなく、睫毛を伏せた響也の顔は何処か寂しげにも見えた。華やかなアクセサリーを身に纏っていないせいなのか、身じろぎをしても、鎖が奏でる音は無い。
 歌を口ずさむ事もなく聞き入っている音楽は、微かに漏れるバイオリンの音でクラシックの類だと判別出来た。彼にしては珍しく、静かな音楽鑑賞の時間。
 ふいにその静寂が破られるのも、今となっては余り珍しくもない光景だった。
足音を消し、音もなく扉を開けた侵入者は、響也の顔を覗き込む。光源が遮られ、顔に斜が掛かった事で不審に思い瞼を上げた響也を殊の外驚かせた。
 鼻先が掠める位置で、とぼけた笑みを浮かべる男の姿を確認することが出来ても、一瞬意識がついて来ない。
 
「な、るほどうさん?」
「うん。」
 ニコニコと楽しげな成歩堂の姿に、思いきりよく眉間に皺が寄った。
「…不法侵入…。」
「合い鍵をくれたのは、君。」
 次なる反撃の糸口を探すように目を泳がせ、結局響也は諦めた。退いてと、片手で成歩堂の肩を抑えて、ヘッドホンをテーブルに置いて立ち上がる。オーディオの電源を落とす響也を、邪魔することなく成歩堂は眺めていた。

「検事局へ行ったら、休暇申請が出てたって聞いてね。」
 
 そうして見晴らしの良い窓の横に、艶のない黒い背広と同色ネクタイがぶら下がっているのを一瞥して、成歩堂は視線を響也に戻した。
 成歩堂に向けた背中は飾り気ひとつ無い姿。何処かに何かを落として来た、そんな風にさえ感じる頼りないものだった。

「今日は、あいつの…だろ?」
「……わかってるなら、一人にしてくれないか。」
 吐き捨てる言葉など最初から聞こえていなかったように、成歩堂は背中から両手で響也を抱き締める。一瞬強ばる身体にも気付かない振りを決め込み、項に頬を寄せた。
「僕は、一人にして欲しいと言う人を一人にしてあげられるほど、優しくはない。」
「嘘つき。」
 顔の前に回された腕に額を押し付け、響也は苦い声を出した。
「直ぐにそうやって、僕を甘やかすくせに。」
 
 こんな日くらい、孤独や不幸と向き合わなければならないはずなのにと、繰り言のように響也は言葉を紡ぐ。直に漏れる嗚咽と肩の震えも成歩堂はただ抱き締める。腰と肩に回した腕をキュッと窄めた。

「惚れた弱みでね。どんな日であろうとも、君に別の男の事しか浮かばないような状態は腹が立つんだ。」
 
 だからね。そう、成歩堂は言葉を続けた。

「一人では泣かせない。」


〜Fin


…すみません。口説いてませんでした。


お題配布:確かに恋だった


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