告白の有効期限(TV版) Fuu その日、東京は雪が降っていた。 僅かに小指の先程度に積もったそれは、交通機関をいとも容易く麻痺させる。東京タワーへ行きましょうと決めていた約束だったのだけれど、結局集まる事は叶わなかった。 携帯で約束の延期を話し合い、しかし、諦めきれずに風はひとり雪を踏みしめる。ザクザクと軽い足音。積もった雪が、下がった温度によって凍り始めているようだった。そうして、普段、喧噪に包まれた都市がとても静かだ。 行き交う車も少なく、外出している人の姿も疎らで、諦めて店を閉めているところすらある。静かに舞い落ちる雪が音を隠してしまうのか、キンと冷えた耳元には、雑音も届くことは無い。 そうしてひとり、風は東京タワーに向かっていた。 元より、三人揃わないともう一度セフィーロに向かう事など出来ないかもしれない。それでも、風はじっとしていられなかったのだ。 翠の髪。琥珀の瞳。悪戯な笑みと、優しい言葉。 何故だか、その日は想い出が風を追い立てていた。(無駄)と心の奥で囁く声が聞こえたのだけれど、出来るだけの事はしてみようという気持ちが勝った。 常なる日々は、セフィーロで暮らした数日を過ぎては変わったものなどない。増えたのは想い出だけで、それ以上でも以下でもなかった。 所詮セフィーロと地球は別の世界だ。もう一度合う事が叶ったとして、それが何になるのだろうという気持ちもある。眠っている間に見る夢に執着したところでどうなるものでもない感覚に、きっと良く似ているのだろう。 それでも、風にとってあの出来事は夢などではない。 我が身に現実として起こり、終わったものだ。 最後に触れる事なく分かたれた彼も、風の中には確かに息づいている。 いつもは、カップルで列すら出来る入口には誰もいない。寒そうにしている案内係りの女性が、風を見ると驚いた表情を見せ、慌てて笑みを浮かべながらどうぞと招いた。 「寒いのに御苦労さまです。」 コートに付いた雪を落として、風は彼女に微笑んだ。にこりと綺麗に微笑み返してくる女性に会釈をして、風はエレベーターに乗り込む。フロアに脚を踏み入れても、人影を探す事は出来なかった。 灯りを落とした薄暗いフロアの中は、静かな音楽のみが流れている。 宝石を散りばめ光の河を流す街も、雪に隠されてか何処か控えめに見えた。空も厚い雪雲に覆われているから、黒がのし掛かってくるようだ。 それでも、美しい星は変わらずに其処にあった。 風は知らずに両手を前で組み、祈るように瞼を落とす。 「フェリオに…もう一度…。」 人影が見当たらないのを幸いに、風は唇から言葉を零した。「…お会いしたいんです。」 告げて、キュッと唇を引き結ぶ。 嘘…もう一度なんて嘘。 逢える回数なんて、限定出来るはずもない。何度でも逢いたい。ずっと、一緒にもいたい。期限なんて…ない。 再び開いた瞳。浮かぶ星は涙に霞んで見えた。 空を覆う雪は、その酷さを増しているのだろうか。街の灯りは暗く、セフィーロの緑をくっきりと際だ出せていた。風の前にある硝子も、外が暗さを増すに連れて、僅かな室内の灯りで鏡のように風の顔を写し出す。 悲しげに歪んだ自分の表情に、苦笑した。 思い出す時、お前が笑顔でいてくれるように。 そんな言葉を告げてくれた彼は、今の自分を見るとガッカリしてしまうのではないか。風はそんな事を思い、胸元で組んでいた指を解いて、そっと窓硝子に指を滑らせた。 写し出す人影が、降りしきる雪に揺らいだ気がして、風はパチパチと瞬きを繰り返す。硝子に映る人は、対象になっている自分であるはずなのに、それは同じように指をこちらへと伸ばした、青年の姿に見えた。 それは、白い雪の中に溶けていくような白い纏と服の青年で、悲しげに眉を寄せてこちらを見つめていた。 「フェリ、オ…!」 思わず息を飲む。これは、夢…それとも幻の類なのか。指を硝子に押し当てたまま、風は手摺に乗り上げる。 耳を飾るリング、鼻高にある傷。琥珀の瞳は一房の髪に阻まれ、片方しか見えないけれど、光が移ろうと輝きが変化するように、揺れていた。 今にも涙しそうな表情に、風は何故フェリオが自分に笑ってくれと告げたのかよくわかった。 自分の手の届かない場所で、ひとり彼を泣かせたくない。幸せに、そして笑っていて欲しい。憤りも、切なさも含めた、それが風の正直な気持ちだった。 「大好きです。フェリオ。」 抱き締めて差し上げたくても、言葉を贈りたくても。誰よりも愛おしいのに、誰よりも遠い人。 しかし、風の声が届いたかのように、フェリオの表情がふっと緩む。端正な貌立ちが、笑みを浮かべた。それだけで、風の顔にも微笑みが戻る。 「ずっと微笑んでいて下さい。いつまでも私の気持ちは変わりませんわ。」 もう逢う事が出来なくても、どんなに年月が流れてしまっても。風化してしまったとしたって、それはただ、消えてしまうのではない。 心の中に深く刻まれ、きっと自分自身が逝くまで其処に有り続けるものなのだ。永遠…そんな曖昧なものを確信するなんて、不思議だと風は思う。 「人、少ないね〜。」 音量を一気に上げたように、声が聞こえた。誰もいないと思っていたフロアには、数人の人影。おのおのの感想を口にして外を眺めている。 そちらに気を取られ、再び硝子へと向けた風の顔は、何もなかったようにそこに写し出されていた。 「今度は三人で参りますわね。」 名残おしくて、硝子に指先を滑らせてから風は出口へ向かう。振り返った空には、変わらず緑の星が輝いていた。 〜Fin
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