クレフ←海←アスコット

君のとなりにいてもいいかな、笑えるようがんばるから


「アスコット!」

 長い髪を靡かせて、彼女は大きく手を振る。
セフィーロの澄んだ空みたいに綺麗な青い瞳。すんなりと伸びた手足。サラサラの長い髪。少しだけ、勝ち気そうな眉。
 でも、彼女が優しい人だってこと、僕は誰よりも知っている。

 作業している手を止めて、友達にも休憩しようと告げた。
小高い丘から、海は転がるようにアスコットの元に駆け寄って来る。
「聞いたら此処にいるって教えて貰ったから。」
 来ちゃった。
 軽く息を弾ませて、にこりと笑う。
「うん、友達もウミが来るの待ってたんだ。」
「私?それとも、お菓子を待っているのかしらね。」
 クスクスっと笑いながら、片手に下げていた籠を揺らしてみせる。
「勿論…その、ウミに決まっているよ。」
 即答しなければいけないのに、その言葉を口にするのが恥ずかしくて、頬が染まって口籠もる。そんな不甲斐ない僕なのに、海は綺麗に微笑んでくれる。

「ありがと、アスコット。」
 
 輝く笑顔が眩しすぎて、僕はちょっと目を細めた。
「傍に小さな滝があるんだけど、見に行かない? いくつも虹が出来て綺麗なんだ。」
「ホント? 見たいわ。連れて行って。」
 お腹に気合いを入れて元気良くしている海に、僕は何もしてあげられない。だから、気晴らしになるだろう事を調べておいたんだ。
 それでも、一緒に行くと言ってくれることが嬉しくて、胸がドキドキする自分が困る。小さな頃と同じように、海は僕の手を掴んで行きましょう!なんて、宣言してしまうのも、血が逆琉しそうなくらい心臓が跳ねた。
 海の気持ちを利用して、子供の振りもして僕は彼女を誘い出す。ごめんなさいと、小さく小さく呟きながら。


「綺麗、すごいわ。嬉しい!こんなの初めて見た。」

 落下する水が起こす風に、長い髪とスカートの端がはためく。恥ずかしそうに頬を微かに紅潮させて、両方を手で押さえながら、それでも彼女の水色の瞳は大きく見開かれた。
 僕は、じっと海を見つめていた事がわかったんじゃないかなんてドギマギしながら頷く。そうしたら、彼女は何気ない口調で『だから、アスコット大好き』なんて言ってくれた。
 帽子に隠れてても、きっと隠しようがないくらい赤い顔を、僕は滝壺に突っ込んで冷やしたいなんて思う。

 丸く円を描くように落ちる水は様々な角度で岩に跳ね返って幾つもの虹を生みだしていた。海は光景に我を忘れたように見えた。だから、僕は少しだけほっとする。
 会話をしていても、ふっとそれは途切れる。
そして、海は何かを見つめるように眼を眇めて、瞳を揺らすのだ。此処にいない誰かの姿を追いかけるようにだと、僕にわかる。だから、僕は海が此処へ来るだろうなと思っていた。

 友達とこの農場へ来る前に、僕は導師のところへ報告へ行ったのだ。その時に、創師と仲むつまじく仕事をしている彼等を見た。長いつき合いのあるふたりは、互いに信頼をしているように見えるし、実際仲が良い。
 それが、特別な相手として好き合っているかどうかなんてわからないけれど、ふたりの間には誰にも入ることの出来ない空間ってものが存在する。
 だから、それを目にしたら、きっと海も同じ様に入り込めない雰囲気を感じて、悲しい気持ちになるんじゃないかと思ったのだ。
 
 僕はずっとウミが好きだ。

 大切な事を教わった時から。そして、共に戦った時もこうして穏やかな時を過ごすようになっても、ずっと変わらずウミの事が大好きだった。
 最初は、ドキドキがいっぱいの好きだったけど、今では胸が締め付けられるような好きになってきたと思う。
 それは、ウミは僕にくれる『好き』じゃない、『特別の格別の大好き』が導師だと気付いたからかもしれない。
 昔の僕だったら、それこそ力づくでウミを欲しがったかもしれないけど。そんなことしたって、ウミは僕に微笑みかけてくれないんだ。
 だから、少しでもウミが笑顔になる事を探そうって決心した。たとえば、こんな虹。

「素敵…ずっと見てても見飽きないわ。きらきらしてて、万華鏡みたい。」
 ホウと熱い溜息を吐いて、両手を頬にあてる。
「まん、げきょう?」
 僕は首を傾げて、海の顔を覗き込む。あっと声を上げて、海は両手を僕の前で重ねた。祈るような仕草に似た、これが御免なさいの印らしい。
「地球の道具。これ位の大きさで筒になってて、こう端っこに穴が開いて覗き込むの。」
「それって、前に教えてもらった望遠鏡じゃないの? 遠くが見えるんだよね?」
「あ〜〜〜〜形は同じだけど…違うのよ! てか、全然違うの!!」
 悔しそうに首を振り、海は暫く考え込んだ。
「今度、持ってきてあげるわ。小さなものだから、大丈夫よ。」
「うん、ありがとうウミ。」
「どういたしまして…って、私まだ持ってきてないじゃないの。」
 クスクスと笑う。これは、僕だけに向けられる笑みだよね?…そんな欲張った事を思っちゃったから、かな?
 滝と反対側から聞き慣れた声が彼女を呼んだ。
 
「ウミ、此処にいたのか?」
「クレフ! どうしたの?」
 パッとウミの表情が変わった。虹もきらきらしているけど、海の瞳がもっと輝いている。
「どうしたも…お菓子があると言っていたのに、城を探してみると何処にもいないのはお前じゃないか。」
 軽く溜息を吐くクレフ。困ったものだといった表情にも、海は嬉しさが隠せない。だって、好きな人が自分を捜しに来てくれたんだもの。どれだけ嬉しいか、僕はよく知っている。
「ごめんなさい。なんだか、忙しそうだったから…あ、今アスコットとおやつにしようって言ってたの、一緒に食べましょう。
クレフの分、ちゃんとあるわ。」
 そう言って彼女は僕の方に身体をずらした。そこにクレフがちょこんと座る。
「邪魔してすまないな、アスコット」
「そんな事ないわよ、ね。アスコット」

 僕に微笑みかけてから、いそいそと膝の上に置いた籠を開ける。美味しそうなお菓子が入っているのが見えた。

「ウミのお菓子は本当に美味しいんだよね。」

 僕は、ウミがクレフに笑顔を向けている時に、籠に素早く手を伸ばした。
「あ、もうアスコットは!」
 ケーキにかぶり付いた僕に、海は頬を膨らませた。けれどクレフも手を伸ばして彼女が一番嬉しい言葉を口にする。
「確かに、ウミのお菓子は美味しいからな。」
 海は照れたような、それでも嬉しさが溢れるみたいに笑って、小さくありがとうと言った。

 僕は、上手に笑えているのか自信が無かったけど、やっぱりウミの心からの笑顔は綺麗だなぁなんて思ってた。それを隣で見られるのは嬉しいんだけど、やっぱり胸がズクリと痛んだ。




〜Fin



お題配布:確かに恋だった


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