3CP合同結婚式 耳元で囁き合ったあの日、交わされたコトバひとつひとつ全部覚えてる セフィーロには「結婚」という行事はない。 持ち込んだのは魔法騎士達で、名前をあげれば光がランティスに告げた言葉だ。なので、本当の意味での「結婚」をこの国の人々は誰も知らないのだ。 「あ〜重たかった。誰か運んでよ〜〜。」 ぺたりと廊下に座り込み、海は周囲に声を張った。慌てて駆け寄って来たのはアスコットで、海の背丈ほどもある大きな荷物を見て、目を丸くする。 「凄い…ね。」 「東京タワーに持ち込む時はもっと凄かったわ。ああもう、二度としないわよ。」 額に滲む汗をタオルで拭い、海は大きく息を吐く。相当に疲れているのは光も風も同じ事。キャリーバックを挟んで反対側に座り込んでいるふたりも肩を揺らし、浅い呼吸を繰り返した。 「で、これを僕はどうすればいいの?」 海の様子を心配そうに見下ろしていたアスコットは、力自慢の友人が荷物の行き先に迷っているのに気付き、そう聞いた。 あ、と海はアスコットに微笑む。 「待って、今衣装を分けるから。」 ともすると、力が抜けそうになる膝を立たせ、海は友人である魔物にもう一度鞄を下ろすように頼んだ。 横に置かれたキャリーバックの鍵を外し、持ち上げればそこは白い布で覆われている。 「え、と…これが光の、こっちが風のね。」 テキパキと白い布をふたりに手渡す。よく見れば、それは布ではなく、白いドレス。ヴェールやら何やらは、無理矢理に鞄の中に押し込められていた。 「ありがと海ちゃん、でもウエディングドレスなんてよく手に入ったね。それも、こんなにいっぱい!」 疲れなのか興奮しているのか、光の息は未だに荒い。それでも喜んでいる親友が嬉しいのか、海はクスクスと笑った。 「本当は光とランティスの一組借りるだけだったのに、パパが張り切っちゃって…。ま、結果的には三人とも着れるし良かったかな、なんて思うわよ。」 「ええ、素敵ですわね。光さんや海さんと一緒にウエディングドレスを着る機会なんてありませんもの。」 「な〜んて言いながら、風はちゃっかりフェリオと本番で着ちゃうんじゃないの?」 にまりと笑う海に、風が頬を染める。 「海さんこそ…。」 クスリと笑みを浮かべて、風が指し示す先にはクレフの姿があった。 杖をコツコツと鳴らして、足早に近づいてくる。 「随分な荷物なのだな。」 感心するように首を上下に振り、海を見つめた。 「これで、結婚式とやらを見せてくれるのだな。」 「そうよ。」 そこで言葉を切り、海は続ける言葉を探す。 「あの、あのね、クレフ…。それで、私ね。」 結婚には相手が必要だ。光にはランティス、風にはフェリオ。彼等の為のタキシードも借りてきていた。けれど、クレフの為の衣装がない。 持ってきていない訳ではない。クレフの体格が小さく、花婿の衣装ではなく七五三の衣装を借りて来ている。七五三といえば、日本では小さな子供の成長を祝う為のもので、そんな事実が海の言葉に躊躇いを産んでいた。 「しかし、異世界の行事というのは随分と興味深いものだ。」 嬉しそうにクレフは微笑み、友人と共に衣装を運ぼうとしていたアスコットに声を掛けた。 「お前もタキシードとやらいう異国の服を着るのだろう?カルディナ達も楽しみに待っているぞ。」 え?とアスコットはクレフと海の顔を交互に見る。頬が赤く染まっていても彼に罪はないのだろうが、海は唖然と した表情になった。 「クレフが着てくれるんじゃないの?」 「私のような年寄りに仮装行列は無理だよ、ウミ。私は見物させてもらう。楽しみだ。」 ニコニコと嬉しそうに笑うクレフに、海は怒る訳にもいかずに笑みを作った。今の格好の方がよっぽど仮装行列なのにと心の中で毒を吐く。しかし、表情は暗いものになっていたのだろう、部屋へと向かう彼女にアスコットが言う。 「…僕、導師にお願いしてくるよ。」 「…。」 「ウミ、だから…「ありがとうアスコット。気を使わせてごめんなさいね。私大丈夫なの、本当よ?」」 結婚とは好きなもの同士が暮らす為の儀式だということをアスコットは知っていた。それでいて、例え疑似でも式を行う相手が自分では、海が可哀想なのではないか。 彼女のことは好きだが、彼女が幸せに微笑んでくれるのが第一に決まってる。 「でも。」 尚も渋るアスコットに、海は腰に腕を当てイタズラな笑みを浮かべる。 「アスコットは私じゃ不満なの?」 「そ、そんなはずないじゃないか!僕は嬉しいよ、でも…!!」 「だったらいいの、だってただのお遊びでしょう?」 それでも微笑む海の表情は、寂しい影がありアスコットはただ黙って唇を咬んだ。 魔法騎士達がドレスに身を包んで登場すると、城内が湧いた。フェリオ、アスコット、ランティスが彼女達をエスコートして、会場となった大広間に敷かれた赤い絨毯の上を歩く。 カルディナやプレセアからは、賛美の掛け声が響き、クレフの瞳は愛しい娘を見るように優しく細められる。 そうして、青い髪を結い上げ肩の露出した美しいドレスを纏う海に目が引き寄せられる。 普段だとて、可愛いとは思っていたが、今の彼女は本当に美しかった。こんな輝きに包まれながら、愛おしい者と一緒に生きていく事を誓う行事とは素晴らしいものだと感嘆する。王子も弟子も、まるでこれが本物の式であるかのように誇らしげに、彼女達と寄り添っていた。最も彼らがこのまま式を上げてしまってもなんら不満のない事を知っているクレフは苦笑を浮かべる。 そうして、[不満」を感じる自分に驚いた。 何故、私はウミの横ではなくここにいるのだろう。 素直で率直な疑問は、押し止める事もなくあっと言う間に胸に広がっていった。ただの真似であり、結婚式を知らない自分達に為に、魔法騎士の少女達がやってみせてくれているだけの、まやかしだ。 なのに、驚く程に心には不満が浮かぶ。 「全く…。」 クレフは我ながらと苦笑しつつ、ウミを見つめた。 こんな些細な事で嫉妬の感情が生まれるほど、自分は若いというのだろうか? 大きく包み込むような感情で彼女を見ていたはずなのに、今はウミの横を独り占めしたいと願う。なんとわがままなのだろうかと感じ、それが嬉しくもある。好きである事が、自分にそのような感情を生み出しているのだから。 儀式を進める役の人間(神父と魔法少女達は告げていた)が誓いの言葉を口にして、皆がそれに肯定の言葉を続けた。そして、本来は誓いの口付けをするのだが、これはあくまでも模擬なのだからと、省略された。 あからさまに不満顔の弟子に比べ、王子は何事か風の耳元に囁き、彼女を真っ赤にさせる。海はアスコットを伴いクレフの前に並んだ。 「どう?クレフ。」 「ふたりとも似合っているな、良いものを見せてもらったよ。」 クレフの賛美にアスコットは照れたように顔を赤らめた。海も満更でもない様子でアスコットの腕を掴んでいる。沸き上がる感情に、クレフはやれやれと息を吐いた。年甲斐もないとはこのことだろう。それでも今は、感情に従ってみようと思う。 「アスコット、ラファーガやカルディナが呼んでいるぞ。」 えと振り返ったアスコットにふたりが声を掛けた。呼んでいた訳ではない。アスコットが振り向いたから、彼らはアスコットを呼んだのだ。それでも、パタパタと足音を響かせてふたりの元へ走り去っていく。 人混みから取り残されたように、海とクレフはふたりになった。 「これが結婚式よ。どうだった?」 「ああ、とても楽しめたよ。」 ヨイショと海はクレフ前にしやがみ込む。 「良かった。これで衣装を借りたかいがあったってもんよね。」 得意気に笑う海の耳元に、クレフはそっと顔を近づけた。 「病める時も、健やかな時も…そう言うのだな。」 「ええ、そう。死がふたりを分かつまで。ずっと側にいるわって誓うの。」 互いの耳元に、囁き合う。 「誰に誓うのだ?」 「多分、神様だと思うの…あれ、どうだったかしら?」 小首を傾げる海に、クレフは笑う。 「では、セフィーロではモコナに誓う事になるのだろうか?」 海は形良い唇に、指先を当てて暫く考えこんだが、何か思いついたのか、ああと声を上げた。 「ここは、心がつくる世界でしょう? だったら、お互いの相手に誓えばいいんじゃないかしら。たとえば、…」 スウと息を吹い、海は頬を染める。けれど意を決したようにクレフに向き合った。 「私は、クレフを永遠に愛することを誓います……………なんて言葉をクレフに向かって言っちゃったりするの。」 「…それは嬉しいが、少々気恥ずかしいな。」 「言ってる私はもっと恥ずかしいのよ?わかってる?」 拗ねた表情でぷうと頬を膨らませる海に、クレフは苦笑した。すまないと言葉を足してから、こう続ける。 「では、私も言わねばならないな。私はウミを永遠に愛することを誓います。 …これでおあいこだ。」 ニコリと邪気のない笑顔で、実はイタズラ心たっぷりに告げたクレフに海は思わず絶句する。 「…クレフって、時々凄く意地悪みたい…。」 海は小さくつぶやいて、自分よりも小さな身体に抱きついた。 数年後、自分の為だけにあつらえたウエディングドレスを身に纏い、海が向き合った相手は変わらず優しく微笑み彼女に向かい、こう告げる。 「私はウミを永遠に愛する事を誓います。」 一言一句違える事のない言葉を、海の耳は確かに覚えていた。 〜Fin
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