クレフ×海

鼓動だけがいつも正直


「身長が伸びますようにって、牛乳たっぷりのチョコにしておいたからね。」
 
 そんな生意気を告げて、クレフにチョコを渡したバレンタインはもう先月の事だ。月日が忙しなく過ぎていき、気付くと自分の誕生日も過ぎてしまった。
 友人達にお祝いのパーティを開いて貰い、賑やかな時間を過ごした後、様々なプレゼントが置かれた飾り棚の中に、その包みが入っている。
 大好きと書いたカードの添えられたチョコは、今年もクレフに渡し損ねた本命チョコだった。
 最初にセフィーロを訪れてから何年経ったのだろうか、海は未だにクレフに気持ちを伝える事が出来ていない。
 片思いという状態だろう。

 これじゃ駄目!

 …と決心して、セフィーロを訪れた事もあるのだが、そんな時に限って、プレセアと仲良くしている場面などを目撃してしまい。鈍った決心のままに、地球に帰る。そんな事の繰り返しだった。
 バレンタインは、その中で絶好のチャンスとも言えたのだが、光や風がクレフに対して普通に義理チョコを渡す中、特別なんだと告げる事がどうしても出来ない。
 風はフェリオに、光はランティスに、当たり前のように特別な物を渡しているのに、どうして自分はその勇気が出でこないのだろうと思えば、そんな自分が嫌になる。
 当たって砕けろ!とそう思うのに、今のクレフとの関係もとても居心地が良くて砕けてしまうことが恐い。
 
すまないな、ウミ。私は、お前の事をそういう風には見てやれないんだ。

 もしも、そんな風に言われてしまうと、きっと自分は変に遠慮をしてしまい、今まで通りに甘えたり、からかったりする事は出来なくなるに違いなかった。それでも、悶々と悩みばかりで頭でっかちになっていくのは、もうお仕舞いにしたいという思いがある。
 海は、2月14日から触れる事がなかったその包みをそっと取りだして、鞄の中にそっと忍ばせた。


 その日は、光も風もセフィーロに降りたって直ぐに、それぞれの約束に散っていった。クレフの姿もなかったのだが、聞くと自室にいるらしい。
 ひょっとして神様(モコナ?)が背中を押してくれているのかもと意気込んで、海は急いで部屋へ向かった。
 ノックをして入った部屋で、クレフは机に座って熱心に何かをしている。
その真剣な表情に声を掛け辛く、それでも好奇心は抑える事が出来ない海は、足音を忍ばせて、クレフの背後に回った。本当に集中しているらしく、常なら気配に敏感なクレフが全く海に気付かない。後ろ手に包みを持ったまま、海は手の内を覗き込んで息を飲んだ。
 クレフの繊細な指先が創り出しているのは、碧石を散りばめた装飾品のようだった。キラキラと光を反射するそれが綺麗で、海は思わず溜息を付く。
 そして、やっとクレフは海の存在に気が付いた。

「ウミ。来ていたのか?」
「ごめんなさい…あの。盗み見するつもりじゃなかったのよ。クレフがあんまり熱心だったから、声が掛けられなくて。」
「それは、構わんが。見つかってしまったな。」
 苦笑したまま、クレフは掌に置いたそれを海に見せる。
「…凄く綺麗…素敵ね。クレフ。」
 そうか。クレフはそう告げて、柔らかく微笑んだ。 
「お前が気に入ってくれて良かった。
 チョコのお返しをする時に、渡そうと思っていたのだからな。
 好きな相手には特別なものを返すものだとフウに聞いたものだから、プレセアに教わって自作していた。」

 好きな相手…特別なもの。

 クレフの声が続けていく単語に、海の鼓動は激しくなる。
待って、ちょっと待って…。それって、クレフが私の事が好きだって事!?

「そ、そんな事急に言われたって、こ、困るわ、私。」
 
 心臓は飛び出しそうに、ドクドクと鳴り響いているのに、そんな答えしか唇から出て来ない。背中に本命チョコが隠してあるように、自分の本音が出てこない。

「そうか、困るか。」
 少しだけ困った顔でクレフが笑う。

 困ってなどいない、嬉しい。大声で、世界中に向かって私って幸せ!と叫んでもいい位の喜びなのに、こんな時に限って、饒舌な自分の口は何の言葉を出してはくれない。
 けれども、海の様子を見ているクレフは、決して彼女が言葉の通りの想いではないと悟っている様子で、出来上がったばかりの髪飾りを海の髪に滑らせた。
 きっと自分の顔は真っ赤になっているに違いない。
「やはり、お前は碧が似合う。」
 嬉しそうに微笑むクレフに、いままで以上に心臓が高鳴る。感謝の言葉すら出てこない自分に海は辟易してしまう。

 鼓動だけがいつも正直なんて、そんなの無いわよ!

 それでも、背中に隠した本命チョコと共に、告白の言葉をクレフに手渡すまでにはもう暫くの時間が必要だった。


〜Fin



お題配布:確かに恋だった


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