夢とロマンとあとひとつ



※※フェ風+アビスのコラボです。双方を知らない方ごめんなさい。


「ナタリア姫!」

 そんな、呼ばれた事もない名と共に(それに姫?)手首を掴まれた。風は驚きの余り、相手を見る事なく振り払う。
 そうして距離をおいてのちに、改めて対峙する相手に視線を向けた。
 肌は浅黒く、それなりに上背もある男性。年齢は良くわからないが、自分よりは年上に違いない。クセのない真っ直ぐな髪は自分と同じ金色。一房だけ纏められた左側の髪は青い宝石が飾られていた。
 瞳も澄んだ空の色。端正な眉を額で歪め、腕を組んだ。

「そう、嫌わなくてもいいだろう、ナタリア姫。」

 ですから、そんな名前は存じ上げません。

 風はそう告げようとして、我が耳を疑った。…似ている。
「あの…。」
「ん?」
 小首を傾げれば、青が揺れた。
「あの、私…。」
「グランコクマに来ているのなら寄ってくれればいいじゃないか。手厳しいのは知っているが、そこまで他人行儀なのも変だろう?」
 印象は彼よりも低い。けれど、聞き間違えるはずがない。風にとって誰よりも愛おしい人間の声。
「申し訳…ありません。」
「…。」
 風の顔を凝視して男は反応を止めた。絶句しているようにも、風には思える。あの…と小さく声を掛ければ、今度は勢い良く両手で己の両手を包み込まれた。
 近付けられた顔は本当に端正で整っている。思わず息を飲んだ風の額に、男は自分のものを押し当てた。
「どうした、そんな大人しいなんざ、熱でもあるんじゃないのか。」
 コツンと重なる額に、冷静さを模索していた風も沸騰する。
 『やめて下さい』と叫けび耳まで真っ赤に染め上げて、慌てて男をもう一度振り払った。あっさりと離れた身体とは別に、男の顔は完全に曇り、心配そうな表情が風の目に写る。
「あ、あの私違いま…「てめ…!」」
 今度こそ、キチンと説明をと試みた風の行動は、聞き慣れた声に遮られた。
「フウになにしやがる!!」
 今度こそ、本当に聞き慣れた声だと気付き、彼の怒気を含んだ声に次ぎの行動を悟り風は慌てて彼の名を呼ぶ。

「フェリオ!」

 目の前の男を殴りつけたのかと、目を見開いた風は今までその場にいなかった人間がフェリオを軽く留めた事にまた、驚いた。
 これこそ、海のように長い髪を揺らした男。それも、美人と称しても問題のないだろう顔立ちだ。細いフレームの眼鏡に覆われた赤い瞳が嗤う。

「非礼はお詫びします。ですが、先程ご説明した通りこんな男でも、皇帝と呼ばれる人間なので勘弁していただけますか?」



 水音が響く大広間。汚れひとつ見受けられない真っ白な壁、そして高い天井を支える大きな柱。入口から長く伸びた絨毯の行き着く先は、ふたつ並んだ王座だった。その向こう、窓越しに落下していく水の塊と、陽光を反射して輝く虹。
 頬に手を当て、風は思わず感嘆の息を吐いた。
「なかなかのものでしょう? この景色見たさに皇帝へ謁見を申し込む者もいるほどですから。」
「俺が二の次とは良く言ってのけたな、ジェイド。」
 胡乱な表情で睨むピオニーに対し、ジェイド−先程、フェリオを止めてくれた男性−は、ふふっと口端を上げて、眼鏡を指先で押し上げた。
「陛下自身も、面白い見せ物ではあるのでしょうけれど?」
「まあな、俺は見る価値がある『美青年』と自負している。」
 …その年で青年は止めて下さいね。はあと大きな溜息がジェイドから零れるのを、風は目を丸くして見つめていた。
 皇帝と言えば国を統べる存在で、この様に軽口を叩き合う存在だとは全く認識できない。それに、対等にというよりは、ジェイドの方が随分と口が悪い方だろう。
 そう言えば、どうして皇帝たる人間が、たったひとりで森を彷徨いていたのだ? それもかなり奇妙な事だったが、ここへ入城した際の兵士達の態度から見ても、高位の人間であることは疑いようもなかった。

 …ひょっとして、声が似ると、行動も似てくるものなのだろうか?

 城の逃亡では常習犯の王子様を思い、風が笑いを堪えていれば、その横で腕組みをしていたフェリオがふぅと溜息を吐く。

「うちの国も随分と砕けたもんだが、此処も相当だな。」
「そう言えば、フェリオはジェイドさんと先にお会いになったのですよね?」
「見知らぬ場所に来てしまって、一緒にいたはずの風の姿もないし、お前の名を呼びながら森を探し歩いてたら、彼が現れたんだ。
 なんでも、俺とあの皇帝の声が似ているらしい。『逃がしませんよ、陛下』って槍を突き出された時には、流石の俺も驚いた。」

 やっぱり逃亡者でいらしたんですわ。

 風は自分の考えが正しかった事を確認し、複雑な表情をしているフェリオの横顔に視線を送る。自分の周囲と重ねているのだろうか? 案外、槍を突き出されずにすんでいる自分の現状に安堵しているのかもしれない。
 
「ところで、貴公らも他国の−異世界−の人間なんだろ?」
 ひとしきりの漫才が終わった後、ピオニーはフェリオを振り返った。
「そうだ。けど、隣国と戦争をしていると聞いているが、随分あっさりと俺達を信用するもんだな。」
「ちょっとこういう現象が続いてましてね。ええ、ファンダム現象と私は呼んでいますが、原因ははっきりとはしていません。
 ただ、放っておいてもそのうち元の世界には帰れるようですので、それだけは安心していて下さいね。」
「その間は、うちで歓迎するぞ。特に、美人は大歓迎だ。」
 ニカリと笑う表情は、屈託がない。思わずつられて、風も微笑んでしまう。
そうすると、ピオニーはその笑顔のままフェリオに近付いた。
「お前も王族だそうだが、此処も俺の大切な国民達が住まう自慢の国だ。今後見知り置いて欲しい。」
 両手を腰に当て、威風堂々満面の笑顔を浮かべるピオニーに対して、フェリオは何処か曖昧な笑みをその顔に浮かべた。
「お…セフィーロもとても綺麗な国。名前だけでも、知って頂けて光栄です。」
 長い纏を片手で巻き取り膝を折る。優雅な仕草ではあったが、それを見つめるピオニーは眉間に微かに皺を寄せた。
 しかし、顔を上げたフェリオを見つめる瞳に剣はない。何処か悪戯じみた光を見つけた風に、ピオニーはニコリと微笑んだ。そして、フェリオの横に立つ風の手を取るとさりげに腰に手を回し、優雅な動作で彼女をリードする。
「風はぶうさぎを見たことがあるか? とっても可愛らしい奴らなんだ。」
「ぶうさぎ…は存じ上げませんが。」
 聞き慣れない名前に風が小首を傾げれば、意を得たりとピオニーは笑う。
「じゃあ、見に行こう。俺の自慢のペット達だ、見ておいて損はない。」
 ピオニーに手を引かれて、謁見室にある唯一の扉へ向かう風に、当然の如く付いて行こうとしたフェリオは、ふいに振り返ったピオニーに足を止めた。
 ぎょっと顔を強ばらせたフェリオに向かい、ピオニーはにっこりと微笑みかける。
 しかし、その笑顔は直ぐにジェイドへと向けられた。
「ジェイド、王子様の相手は頼んだぞ。せっかく来て頂いたんだ、視察などしていただき、失礼のないようにな。」
「仰せのままに。」
 恭しく頭を下げたジェイドにギョッとしている間、ピオニーは風を連れて出て行ってしまう。
 有無を言わさぬ強引さの上、いつの間にか『風』とファーストネームを直呼びになっているのを抗議しようにも、既に遅し。ジェイドを見遣れば、意味ありげに微笑まれ「さあ、こちらですよ」とこれも強引に腕を引かれた。


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お題配布:確かに恋だった


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