ランティス×光

抱きしめてみたらいいのに


「ああ、なんかランティスらしい。」
 キョロキョロと室内を観察し終わった光の感想は、それだった。
自分らしいというのが良くわからないので、そうかと返す。
「そうだよ。だって、窓際の席は陽差しがぽかぽかだし、お客さんも少なくていつまでいてものんびり出来そうで、それにお茶が凄く美味しい。」
 向側の席に座った光は、ニコニコと笑う。
入り組んだ路地を抜けると、ぽっかりと広場がある。それを囲むように続いているのは、殆どただの民家だが、ぽつんと食堂をしている場所がある。それが、ランティスのお気に入りのお店だった。
 初老のマスターがひとりで切り盛りしている店に、メニューは少なく、せいぜい数種類のお茶と甘くない菓子が置いてある程度だ。おまけにランティスが一日のんびりしていても、話し掛けるでもなく、時折ふらりと姿を消したりもする。
 商売にせいを出すでもないこんな店では、確かに客は少ないだろう。

「でも、凄く雰囲気が良くて素敵なところだね。」
 並々と茶がつがれた大きなカップを両手で抱えるように持ち、光はコクリコクリと飲む。しかし、彼女が幾ら飲んでも中身は減っていかないようだ。
 不思議そうにカップを見つめた。
「叩けばビスケットが増えるって魔法のポケットって歌があるんだけど、このカップも魔法のカップみたい。幾ら飲んでも減らないなんて、不思議だよね。」
 …。
 ランティスは自分のカップを覗き込む。どう考えても、魔法のカップは光のものだけだ。自分のカップは底が見え始めている。

「褒めていただいてありがとう、これもどうぞ、お嬢さん。」

 ふいに、光の前に白い皿にのった白いケーキが乗せられる。甘い香りがするのは、上に掛けられた赤いジャムのせいだろう。
「え? でも、私頼んでないし、美味しそうだけど、やっぱり私頼んでないよ!」
 欲望と葛藤し、くるくると表情を変える光に、笑いが込み上げくくっと笑うと、頬を赤くした。
「いいんじゃよ。その男が友人を伴っているのを初めて見た上に、こんな可愛いお嬢さんだとは…面白いものをみせてもらった礼じゃよ。」
 ガハガハと豪快に笑う親父を睨んだが、彼は全く気にした様子もなく、カウンターの中に引っ込んだ。
 暫くの間、自分を見たり、カウンターを見たり立ち上がっては座ったりを繰り返していたが、おずおずといった様子でこちらを見上げて来る。
「いいの、かな?」
「ああ、毒の類は入っていないだろう。」
 至極真面目に答えたランティスに、光はまたコロコロと笑い出した。
「じゃあ、頂くね。ありがとうございます!!」
 両手で口元に当てて、大音響で声を張る。聞こえたかなあ〜と少し心配そうに呟いたけれど、迷いは無かったようだった。フォークで切り分け、パクリと口に運ぶ。
 ん〜〜美味しいと頬に手を当てて、幸せそうに微笑む光にランティスもまた頬を緩くした。ぱくぱくと音が聞こえてくるほど元気よく食べていく光を見ながら、ランティスの思考は振出に戻っていく。 
 大きな口を開けているのだろうが、やはり小さく可愛らしい。フォークを持つ手もそうであるし、ふわふわした柔らかな頬も小さい。
 光は本当に小さく可愛らしい少女だと、ランティスは認識を新たにしていた。

「あの、ランティス聞いてもいい?」

 声を掛けられ、視線を上げれば、いつの間にかケーキを食べ終わったらしい光が、眉を寄せて自分を見つめていた。
「何を、だ?」
 話を聞いていなかっただけに、自分に答えられるものなら良いがと思いつつ返事をしたランティスに、光は一度だけ大きく息を吸う。そして、そのまま言葉を発した。

「ランティス、私の事嫌いになった?」

 瞬間、世界が崩れ去った位の衝撃がランティスを襲う。
 誰が光を嫌いになったのだ?自分に聞いているのだから、自分の事に違いない。いや待て、名前も呼んではいなかったか?そうだ、確かに自分の名だった。同じ名前で別の人間がいるのではないのか?いや、そんなはずはない。俺がランティスだ。
 取り留めなく思考は回り続けていたが、とにかく外面は変わっていないので、光はしょんぼりと下を向く。
「だって、話掛けても上の空で、いつもだったら手を繋いでくれるのにそれもなくて、ずうっと考え事ばかりしてるみたいで、私といてもつまらないのかなって…。」
 別の人間が見ていれば、日常からランティスに対して光が一方的に話し掛けているように見えていて、今でさえ変わった様子はないのだろう。
 しかし当人同士ではまるで違っている。無関心のようで、ランティスの関心は常に光に向いていたし、光は自分だけがお喋りを続けているなどと夢にも思っていない。 それが、相性というものだろう。
「それは、違う…。」
「違うの?嫌いじゃない?」
「俺は光を嫌いになどならない。」
 ランティスの言葉を聞いた途端、光は安堵の息を吐いた。
「ああ、良かった。私、ランティスに嫌いだって言われたら、どうしようかと思っちゃった。本当に良かった。」
 一頻り、安堵の頷きを繰り返してから光はランティスに当然の質問を返した。
「じゃあ、どうして様子が変なんだ?」
 小首を傾げる光に、ランティスはイーグルから告げられた言葉やそれから行った行動を光に語って聞かせた。目を丸くして聞いていた光は、急に笑顔になり(それでかぁ)と笑い出した。
「こっちに来たら、フェリオは風ちゃんの側から離れないし、クレフは機嫌が悪くてブツブツ言ってて海ちゃんは困ってるし、どうしてなんだろうっなって思ってたんだ。なあんだ、ランティスのせいだったのか。」
「そうなのか。」
「うん。お城に戻ったら、皆に謝った方がいいかもしれないよ。」
「ヒカルが言うなら、そうしよう。」
 王子や導師が耳にしたなら、余計に怒り出しそうな科白を吐いて、ランティスは席を立つ。光も後に続き、見送りの店主に手を振った。

「でね、ランティスの疑問は解決した?」

 城に戻る道すがら、先を歩いていた光が顔だけを後ろに向けた。
ふるりとランティスは首を横に振る。
「確かに、ヒカルは小さい。強く抱き締めたら壊れてしまいそうなのは本当だ。」
 だったらね。光はくるりを体ごとランティスに向き合う。

 「抱きしめてみたらいいのに。」

 少女は事も無げにそう告げて、にこりと笑った。
「そうか…。」
 コクリと頷いて、ランティスも躊躇いもなく手を伸ばす。胸元に引き寄せれば、小さな体は容易く腕の中に収まった。光の腕もランティスの腰に回される。
 少女の腰に腕を回し彼女の頭に掌を置けば、光の身体が小さい事を殊更に感じた。けれど、腕の中の光の確かな存在感にランティスは自然に笑顔になる。
「私は壊れないよ。」
 腕の中でクスクスと光が笑う。抱き合ったまま、ランティスはゆっくりと少女の頭を撫で上げた。
「俺は考え違いをしていたようだ。最初から、こうしていれば良かったのだな。」
「うん。」


 事の顛末を聞いたイーグルの笑いが止まらなかったのは言うまでもない。


〜Fin



お題配布:確かに恋だった


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