ランティス×光 抱きしめてみたらいいのに この国の王子は正直者だ。 頭が悪いとか、馬鹿とか言う意味ではない。本当に、正直者だと思う。 「………その、憐れむ様な目つきは何だよ、ランティス。」 ジッと眺めていると、執務に励んでいたフェリオ王子は鋭い視線を返して来た。顔立ちは整っている方だから、目尻の上がったきつい表情なのだろうけれど、子犬にじゃれつかれているようで妙に可愛らしくもある。 「いや、別に…。」 なので、頭に手を乗せてイノーバにするように左右に撫でてみたが、お気に召さなかったようだ。むっと頬を膨らませると、音をたてて手を払いのけられる。 そうして、手にしたペンを鼻先に突き付けられた。 「どうせ、俺が浮かれてるとか思っているんだろうが、お前だって充分に浮かれているように見えるぞ。」 「そう、か?」 首を捻って考えて見ても、俺にはどう浮かれているのかわからない。 確かに、今日は光達が来る日で、それも僅かな時間を待つばかりだ。彼女の事をとても好きであることは認めているから楽しみではない、などと言うつもりもない。 しかし… 「光が来るのは嬉しいが、浮かれているつもりはない。」 そう告げてやると、鼻先で笑う。 仮にも、王子がする仕草じゃないと兄上だったら注意しただろう。俺は特に気にもしないが。 「こうして、なんの用事もないのに俺にちょっかいを出す時点で、お前は充分に浮かれているさ。普段は、他人が何をしていようが気にも止めないくせに。」 鼻息荒く言い放たれた台詞には、少しばかり思い当たる節もあったので、顎に手をあててみる。 そう言われてみれば、自分は何故王子の処になど来たのだろうか。明確な理由は思い当たらない。ジッと見ていた王子の瞳が眇められ、呆れた口元から大きな息を吐く。 (これだから、自覚のない奴は…)そう聞こえた。 「俺はフウが来る前に目先の残務は片付けてしまいたい。わかるよな、ランティス? だから、邪魔するな。」 シッシッと虫でも追い払う仕草で、手を振られた。執務室から出ていけという事だろうが、なんとなく腑に落ちず、俺の脚は扉に向かない。それも気に入らなかったのだろう、王子は更に言葉を続けた。 「だいたい、ヒカルの話がしたいのなら『イーグル』とでもすれば良いだろ、俺を巻き込むな!」 『ヒカルは本当に小さくて可愛らしくて、強く抱き締めたら壊れてしまいそうですよね。』 …そうか。 途端、俺の表情も変わったに違いない。王子の表情が一瞬怪訝なものになる。 「…んだよ?」 伺う様な目付きが、用があるならさっさと言えと伝えてくるので、遠慮なく言葉にした。 「王子の好きな魔法騎士が来たら、抱き締めてみてもいいだろうか?」 途端、鈍い破裂音がしたと思うと、王子の手の中でペンが無惨な姿に変わっている。フルフルと小刻みに震える指先は、何か悪い病気にでもかかったようだ。 「ランティス…お前の言いたい事は、それだけか…?」 俯いているせいか、声までもが震えている。 「ああ。」 「…………ふ・ざ・け・る・な…。」 王子から発せられる大音響の(出て行け)を背中に、俺はさっさっと執務室を後にした。 ついでに廊下で出会った導師にも抱き付いてみた。背丈から言えば、ヒカルと大差ないはずだ。 「何をするランティス!! 苦しいだろうが!!」 以外と短気な師匠が、杖を振り回して暴れ出したので渋々手を離す。 深く考えた事は無かったが、確かに身長差もあるし何よりも細い。そして、小さい。 腕の力を思い切りよく入れて締め付ければ、魔物を消失させるのと同じ状況になるだろう。力を寄せ脇を詰める仕草が思いおこされた。 そんな風に思った事もなかった、ヒカルを抱き締める時には。 「一体何を考えているのだ、お前は!!」 ぶんぶんと頭上で杖を振り回す導師を廊下にうっちゃらかして、ランティスは考え事を続行する為、いつもの昼寝場所へ移動することにした。 ヒカルの心の強さに惹かれた。 彼女から生まれる、その想いが魅力的だった。 そこに理屈などない事を、自分は知っていた気がするのに、どうして今こんな戸惑いを覚えるのだろうか。 可愛らしい笑顔。他の魔法騎士よりも小柄な体型なのに、誰よりも元気で。 でも、心優しくそして、涙脆い。 強くもあり、儚くもある。それがヒカルだ。 彼女をもっと感じたくて、側にいたくて。セフィーロに来る度、抱き締めている。 ニコニコと笑い『ランティスっていつも暖かい』と言ってくれるから、自分がそんな危険な事をしていると思ってもいなかった。 大切なヒカルを壊してしまうなぞ、考えた事もない。 魔法騎士達は、ここを訪れる日だというのに。そうして、ヒカルと出掛ける約束をしていたのに、ランティスはうっかりと思考に耽る。 元々、考え込むよりはまず動くというのが心情なのに。今日の自分は少しばかりおかしい。 「ランティス!」 そうして、元気が声が下から聞こえる事で、やっと意識を引き戻された。 いつもの制服を纏い、ぶんぶんと両手を振っている。可愛らしい笑顔が、自分の顔を見つけた途端、いっそう輝いた(気がした。) 「どうしたの? 眠いの?」 なかなか返事もせず、降りてこない自分に光が小首を傾げる。しょんぼりと眉が下がってしまうので、慌てて飛び降りた。 「いや、そんな事はない。」 「良かった。今日は一緒に街へ出掛けてくれるんでしょ? 楽しみにしていたんだ。」 抑えきれない歓喜を全身から発する彼女も勿論可愛い。後ろに手を組み、自分を見上げてにっこりと笑う。光の大きな瞳でじっと見つめられているのも大好きなのだけれど、微笑んでいる姿もランティスは好きだ。 「俺が行く店など、つまらないと思うが。気が効いたところなど知りもしない。」 女性をエスコートしなれている(とランティスが思っている)王子にでもお勧めを聞いた方が良かっただろうか。 「違う、違う。ランティスが行く所だから知りたいんだ。私は気が効いた所へ行きたいんじゃないよ。」 ぶんぶんと首を横に振れば、長い髪が左右に揺れた。どんな仕草でも、ヒカルに目を奪われているんだと思うと不思議な気がした。 そう思えば、兄も常にエメロード姫を見つめていた。その気持ちは充分に感じ取ってはいたが、兄と姫が触れ合っているところを見た事はない。 姫もまた、強い心を持ちながら小柄な姿をしていた。だから、兄も触れる事を躊躇ってしまったのだろうか。 「ランティス?」 また、ジッと見つめてしまったらしい。光が怪訝な表情で名を呼んだ。 「いや、なんでもない。」 ふるりと否定の為に頭を振って、歩き出す。いつもなら、彼女の手を引いていただろう事などすっかりと忘れ果てていた。 next お題配布:確かに恋だった content/ |