ランティス×光

こどもみたいな無邪気さで、とろけるようなキスをして


 光が両手を回して抱える事の出来る程度の篭。
 材質は籐に良く似ていた。綺麗に編み込まれた中に、柔らかそうなクッションが敷き詰められ、手触りの良いタオルに似た布がふんわりと被せてある。まるで、ケーキの上に置かれたクリームの様に柔らかそうだ。
 そうして、クッションと布の間に挟まっているのは、美味しそうなフルーツではなく、顰めっ面の妖精だった。

「痛いの〜、羽根の付け根とか、頭とか、なんだかわかんないけど、痛いの〜〜。」
 
 小さな空間の中でジタバタと寝返りを打つプリメーラを見下ろしている光の横には、プレセアいる。場所はランティスの私室だ。
 部屋に設えられた出窓。柔らかな日射しを受けて、ここで一番寝心地が良さそうな場所にその篭は置かれていた。

「プレセア。プリメーラは一体どうしたんだ?」

 普段なら、ランティスにべったりと張りついている妖精が、此処にいる事。それに、具合が悪そうにしていることが、光には気になって仕方ない。
 なので、セフィーロに降り立った時から行動を共にし、この部屋へも同じ様に脚を運んだ海や風が所用の先に向かってしまったにも係わらず、光は此処へ留まっていた。
 普段なら、元気よくピンと跳ね上がった眉を斜めにして自分を見つめる光にプレセアは困った顔で笑った。
「ん〜ちょっとね。」
 そうして、閃いたと言わんばかりに顔を輝かせた。指を頬に当てて、ニコニコと微笑む。
「ねぇ、光。お願いがあるんだけどいいかしら?」
 コクリと頷くと、プレセアの笑顔が増す。
「私、お茶を入れてくるから、暫くの間だけ、プリメーラの面倒を見ていてくれないかなと思って、どう?」
「うん、いいよ。」
「いや〜〜〜!!!ヒカルはいや〜〜!!」
 ジタバタと篭の中で妖精が暴れた。俯せになりながら、両手両足をバタ尽かせる。幼い子供がだたをこねる時にするあれ、だ。暴れるとふんわりとした布が飛び跳ね、背中の羽根の上下に揺れる。
 具合が悪いにしては少々元気が良すぎるますわねと、風なら言ったかもしれない。

「はいはい。じゃあ、よろしくね、ヒカル。」
 幼い子供のだだを見ている母親が、そんな我が侭を鵜呑みにしないように、プレセアはにっこりと微笑み部屋を出ていった。それでも、篭の中の妖精は、抗議行動を止めなかった。静かな空間に、布を叩くぱたぱたという乾いた音が聞こえた。
 じっと見つめている光の視線と、自分の行動が望む効果が無いと気付いたらしいプリメーラは暴れるのを止め、寝転んだまま動かなくなった。

「背中でもさすってあげようか?」

 光は人差し指を羽根の付け根において、前後に動かした。途端、プリメーラはもぞもぞと動き、真っ赤な顔で光を睨み上げる。
「何やってんのよ!くすぐったいでしょ!?」
「ごめんなさい。背中の付け根が痛いって、プリメーラが言ってたから…。あ、わかった、冷やすといいのかな。ハンカチ濡らして持ってくるね。」
 部屋の角にある洗面用の場所に向かう。光は、蛇口から出てくる水が、地球の井戸水と同様に管に残る水が流れるまで少し生ぬるく、そのうちに冷たいものに変わっていくのを知っていた。
 暫くの間冷水に手を浸したまま、待つ。きんと冷えた水が出てきても、水に浸したハンカチを引き上げる事は無かった。
 それを、プリメーラは篭の端に両手を引っ掛け様子を伺う。ったく、なんで…と小さな唇が小さな呟きを生む。
 そして、ヨシと掛け声と共にハンカチを引き上げてギュッと絞ると、光はプリメーラに微笑みかけた。
「きっと、気持ち良いと思うよ。」
 無邪気な笑顔に、プリメーラの眉が八の字に落ちた。


「ごめんなさいね、遅くなって。」
 茶器一式並びにお菓子と共に戻ってきたプレセアは、クレフを同伴していた。
テーブルにトレーを置き三つ分のカップにお茶を注ぐプレセアを置いて、クレフは窓辺に寄ってくる。コツコツと杖を床に落とす度、小さなプリメーラの身体は、もっと萎んでいくように見え、事実としては中に敷き詰められた布の中に沈んでいった。
 そうしてあらかた隠れてしまうと、身動きひとつとらない。まるで隠れん坊をしているようだ。
「済まなかったな、ヒカル。」
 光の横に並び、クレフは礼を告げてから篭の中を覗き込んだ。そこには、隠れきれなかった彼女の頭がはみ出している。しかし、俯せになっている彼女の表情は見る事が出来なかったし、何度呼びかけても顔を上げる様子はない。
 やれやれと言った様子のクレフが黙って見つめていれば、視線は強く感じるのだろう布はぷるぷると震えだしている。
 どうしたんだろうと心配そうに見つめる光の様子に苦笑しながら、クレフは声を掛けた。
「どうだ、ヒカル。私が呼んでも出てきてくれないのだ、お前が呼んでみてくれないか?」
 不思議そうに小首を傾げたけれど、光は篭に向き直った。
「プリメーラ?」
「…な、何よ。」
 小さな小さな応えが返る。プレセアが小さく笑った。
「クレフが来てくれたよ?どうしたの?」
「ど、どうもしないわよ。」
 微かに声が震えている。その理由が分からず、光は問い掛けるようにクレフを見つめた。コホンと咳払いをして、クレフは(そうだな)と言葉を発した。
 プレセアはクスクスと笑っているし、クレフは何処か困ったような顔だ。光はその意味をくみ取れずにただ首を傾いでいる。…と、扉が開いた。
 部屋の中を覗いて、僅か驚いた表情に変わっていたのは、この部屋の主の姿だった。そして、窓辺にいる光に視線を固定する。とスタスタと歩み寄る。
 にこと柔らかな笑みを浮かべるランティスに、光もにこと笑った。
「ヒカル、来ていたのか?」
「うん、さっき…。ランティス何を持っているの?」
 扉を開けていない方の手には、地球でいう(ミント)に似た植物を手にしていた彼が近付いてくれば、まさしくそのもののような、爽やかな香りがする。
「魔法は病気には効かない。これは、痛みを和らげる効果のある薬草だ。」
「ほお、何処へ行っていたのかと思えば、わざわざ採りに行っていたのか。」
 クレフの問いに、ランティスは頷いた。
 そして、笑みを浮かべるでもなく、得意気にする風もなく、プリメーラの隠れている篭の中に置いた。
「プリメーラ?」
 彼女の大好きなランティスなら、姿を見せるだろうと思った光の意に反して、やはり姿を見せはしなかった。それでも、布の震えは大きくなっているだろうか?
「直ぐに効くものじゃないんだね。」
 光の瞳には、それですら調子の悪い様子に見えるのだろう、再び心配そうな様子で眉を寄せた。背中を跳ねるおさげですら、元気がなく見える。
「私、もう少しプリメーラの傍にいるよ。」
 そうか。一言だけ、言葉を返して、ランティスは扉へと足を運んだ。
「俺はこれを採りに出ていたのでまだ仕事を済ませていない。終わったらまた顔を出そう。」
 常ならば、世界から彼女が来れば、光にべったりなはずのランティスの言葉に、クレフもプレセアも目を剥いた。
(珍しい事があるものだ。天地異変の前触れでなければいいけど)とまで呟くプレセアに、クレフが苦い笑いを浮かべる。そして、背後の妖精に呟いた。

「プリメーラ、これがお前の願いか?」

 クレフの問い掛けが終わるか終わらぬ間に、バサリと布は宙を舞った。両手に拳を握りしめバサバサと煩いほどに羽根をはためかせるプリメーラの顔は真っ赤で、頬を大きく膨らませている。

「プリメーラ?」
「もうっ! 何なのよ! そんな無邪気な顔で、本気で心配されたら居心地が悪すぎるじゃないのよ!」
 光の鼻先を掠めるように、飛んでブリブリと怒りを口にする。けれど、その表情は怒っているというよりは、困った顔に近い。そのまま、ランティスの肩口に足を置いた。ぎゅっとランティスの耳を引っ張るので、少しだけ怪訝な表情で彼女を見る。
「ランティスが薬草をくれたから良くなったわ、ありがとう!」
 怒った口調のまま、プリメーラはそう告げた。
「だから、ヒカルがランティスの傍にいるのを許して上げるわよ。ヒカルも看病してくれたし、特別の格別のご褒美なんだからね!」
 そのままぷいと背中を向けて、廊下に飛び去ってしまうプリメーラを、あっけにとられて見送った。
「私、お礼を言われたのかな?」
「そうだな。」
 クレフは杖に寄り掛かるようにして、くくと笑う。
「プリメーラの病気を治すのは、ふたりが一番上手いらしいな。」
「え? 何の病気?」
 しかし、それには応える事なく、クレフはそっとプレセアを即した。彼女はテーブルの上に用意したお茶を満足気に眺めて、クレフに付き従う。二人が部屋を出ていくとランティスは二人きりになった。
「プリメーラ、元気になって良かったね。」
 にこにこと無邪気に微笑む光に、ランティスもにこりと笑みを浮かべる。
「そうだな。」
 ランティスはゆっくりと両方の腕を光に回して抱え上げる。ふたりの身長差を埋めれば、二人の間の距離は縮まった。
 眉尻を下げたランティスに、光は変わらず無邪気な笑顔を返す。にこにこと微笑む少女が好きだランティスは思うのだ。
 こっそりとこのまま、腕に閉じこめてしまいたいと願う程に。

(いかんな…ここは、想いが力になる国だ)

 邪で純粋なランティスの願いには気付かぬように、光は話を続けていた。
「きっと、ランティスの薬草のお陰だね。」
 そんな事は無い、とランティスは思い、しかし違う言葉を口にする事にした。
それはやっぱり、邪で純粋な願いだ。

「ならば、ヒカルからもご褒美をくれないか?」

 キョトンとしたあどけない表情が、見る間に薔薇色に染め上がる。
恥じらいを留めた緋石が、とろけるような色味でランティスを魅了する。
 暫くの間、口元と、スカートの端に手を置いてもじもじとしていた光が、困った表情で問い掛ける。
「…あの、これ、ご褒美なんだよね。」
 コクンと、ランティスは頷いた。程なく、光は両手をランティスの肩に置いてゆっくりと身体を傾ける。

「ランティス、目閉じてね。恥ずかしいから、お願いだよ。」

 そう言い置いて、瞼を落として近付いてくる光をじっくりと堪能してから、ランティスもまた瞳を落とす。そして、小鳥のように可愛らしく、とろけるように熱い唇を受け止めた。



「導師ですら治せないモノを治すなんてね。」
 クスクスと笑うプレセアに、クレフは大きく溜息を付いた。
「仮病を治せるものなど、いるものではない。私は専門外だ。」
 小さな導師の大きな溜息に、プレセアは声をたてて笑った。


〜Fin



お題配布:確かに恋だった


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