ランティス×光

彼の、聞き慣れた声、わたしを呼ぶ声


 響きがちょっと違うのだと、光は首を傾げた。
いつも通りにセフィーロに来て、いつも通りに皆と会って、いつも通りの時を過ごす。
 なのに、やっぱりちょっとだけ違うのだ。
どうしてなんだろうと、子犬のように光は頭を斜めに揺らした。


「ヒカル」
 ランティスが名を呼ぶ。光は、海や風との会話を中断して振り返った。
白い神官の服を纏ったランティスの手には、可愛らしい花束が握られている。贔屓目に見ても小さくはない彼が、ちんまりとした花束を持っている姿はどう見てもバランスが悪く笑いを誘った。
 海がクスクスと笑い、風がそれを窘める。光は大きな瞳を見開いて、彼の(ひょっとして掌に収まるのではないかと思える程)小さな花束を見つめた。
 薄紅色の花弁を持った小さな花が、茎の下で赤いリボンで結ばれていた。結び目もまた綺麗な花を模してあり、手の凝ったものだと人目でわかる細工が施してある。
「俺が持っていても仕方ない、ヒカルにやる。」
「ありがとう。でも、どうしたんだ?」
 光の手に収まって、やっと人並みの大きさに見えるようになった花束に、ランティスが瞳を眇める。柔らかな空の色が、いっそう優しく光を捕らえた。
「街に用事があって出掛けた時に村の者に貰った。普段ならば断るのだが、今日はヒカルが来ているのを思い出して貰って来た。」
 
 パチパチと瞬きを繰り返してから、光はそっと首を横に振った。そして、手の中の花束をランティスに向かって差し出す。
「凄く綺麗で嬉しいんだけれど、私貰えないよ。ランティスにってあげたものだもん、ランティスが持ってなきゃ。見せてくれてありがとう、本当に綺麗だね。」
 僅かに眉を潜め、ランティスは戻された花束を手に取った。
光はそれをにこにこと笑って見ていたのだけれど、やはりランティスは眦を少し上げた怪訝な表情をした。しかし、そうかとだけ応えて、踵を返す。

「どうして返しちゃったの? 確かにランティスには似合ってるとは言えないし、彼の部屋に飾るってのもちょっと頂けない感じするわよ?」
 海の問い掛けに、光は眉を八の字にする。返事をしづらそうにした光に、風が助けを出す。
「綺麗に飾ってありましたから、女性の方が差し上げたものだと思ったのではありませんか?」
 コクンと頷いた光に、海はあぁと声を上げた。
「素敵な騎士さま、どうぞお受取り下さいって訳ね。」
 海は両手で祈るように手を絡め、天を仰ぐ。
「想いを込めて贈ったものを私受け取れないと思ったんだ。ひょっとしたら、ランティスの事、凄く凄く好きであげたのかもしれないし。そんなの貰っちゃ駄目だよね。」
「光さん」
 クスクスと風は光に微笑み掛ける。
「ランティスさんは表面上は無口で無関心にお見受けするようなところがありますが、大切な方にはキチンと心遣いをなさる方だと思いますわ。そんな他人から頂いたものをただ使い回すような方だとは思えませんけれど?」
 途端、光は椅子を蹴る勢いで立ち上がる。
「わた、私、ランティスに話を聞いてくる!」
 子犬のように駆け出した光の後ろ姿を見送って、風はお茶を口元に運んだ。
「普段なら、光の方が反対に言いだしそうな事よね、それって。あの子、どうしたんだろう?」
 小首を傾げる海に、風はにこりと笑った。
「恋をすれば、誰だって不安になるものですわよ」


「ヒカル?」
 ランティスの部屋へ走り込んできた光の姿に、ランティスは彼女の名を呼んだ。
「あの、あのね…。」
 そう告げ、躊躇うように視線を逸らした光は、コップに挿した花束を見つけた。綺麗に巻かれたリボンは既に解かれて、横に置かれていた。
「ちょっと気になったんだけど、誰に貰ったのかなって。」
「神官として出向いている宮に努めている花屋の娘からだ。報酬代わりにといつも渡そうとしてくれるのだが、商売ものを貰うのも気が引ける。」
「だったら私の為に貰って来てくれたんだ、あの、私誤解してたみたいでごめんね、ランティス。」
 しょんぼりと垂れた光の頭をランティスの大きな掌が撫でる。
「ヒカルが謝る事はない。俺はいつも言葉が足らないとイーグルにもからかわれる。」
「うん、改めて貰ってもいいかな?」
 しかし、ランティスはちらりとコップを眺めて困った雰囲気に変わった。
「もう持ち帰れないようにしてしまったが、いいのか?」
「うん、こうして見てていい?」
 光は花の置かれた窓枠に腰掛けて、窓の光りを浴びる花を眺めた。
「綺麗…だね。」
 ふふっと笑うと、ランティスもまた笑った。花を挟んで反対側に腰掛ける。

「ヒカル」

 また名を呼ばれ、顔を上げるとランティスと目が合う。そっと重なる唇に、光の頬は真っ赤に染まった。嬉しいのだけれど、妙に照れくさくて光は俯いた。


「ヒカル」

 ほら、違う。
聞き慣れたはずのランティスの声が、わたしを呼ぶ声が。
 不思議だなぁと子犬のように光は頭を斜めに揺らした。ランティスが優しく微笑からなんてこと、ないよね。


〜Fin



お題配布:確かに恋だった


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