ラファーガ×カルディナ < 明らかに本命仕様 誘われて、二人で出掛けた市場で風は目を丸くする。 どうやらフェリオが自分に見せたかったものも『この光景』だったらしく、思わず見上げてしまった琥珀の瞳は、悪戯じみた様子で細められた。 「異文化交流とは言ったものだがなぁ。」 そうして拳を口元に当ててクスクスと笑い出した。 風は幾度か瞬きを繰り返し、もう一度市場に視線を向けた。賑わいを見せ、所狭しと並んでいるテント。傘下に積まれている品はしかし、風が何度か訪れた際に置かれていたものとは違っていた。 大きな鍋の中に入った白い液体を、船でも漕げそうなヘラで掻き回している。其処へ恋人同士とおぼしき人々が訪れて品物を受け取っていく。そして、周囲に漂うのはチョコレートの香りとくれば、風でなくても地球で行われている(ある行事)を思い浮かべただろう。 「あの…これは、まさかバレンタインの…」 「まぁ、そうなんだろうな。商魂逞しい誰かがやり始めたんだろうけれど?」 フェリオの言葉に、風はセフィーロ城にいる『商魂逞しい誰か』の顔を思い浮かべクスリと笑った。 バレンタインだとすれば魔法騎士がもたらした行事なのだから、城に出入りしている者が世間に広めたに違いない。商売上手となれば浮かんでくるのは彼女の顔だった。 セフィーロ城の厨房は、此処数日ひっきりなしに甘い香りに包まれていた。 その原因を城に住まうものは全員知っている。最初は許容出来たそれも、流石に毎日続けばウンザリもする。甘い物が、愛想笑いの次ぎに苦手だと噂されるランティスなど、見回りの時間が半日は延びたと噂される有様だった。 一連の事件の原因である人物には、完全に甘いラファーガだったが、此は意見せねば成るまいと決意し、厨房に脚を運んだ。 「カルディナ」 名を呼べば、厨房の一番火力が強い釜戸を占領し、白い液体を掻き回していたカルディナが振り返る。肌の露出が激しい常なる衣裳の上に、白いエプロンを羽織った姿は、地球で言うところの裸エプロンで、艶っぽい恋人の姿に、ラファーガは一瞬頬を染め視線を泳がせた。 「なんや? 後で部屋へ行く言うたやろ?」 不思議そうに小首を傾げる彼女に、はっと用事を思い出す。 「いや、カルディナ。お前の商売上手には感心するが、もう程々にしてはどうだろうか?」 そう告げれば、彼女の指先はお金を象り、貌は満開の笑みで溢れる。 「そやろ? ホンマうちは商売上手な女やさかいに。」 「そうだな。だからもう気が済んだだろう?」 躊躇いがちなラファーガの言葉に、自分を褒め来た訳ではないと気付いたカルディナは、警戒心を露わにした猫のように眉を上げた。 「喧嘩…売りに来たんか?」 ヘラを片手に腕を組む。臨戦態勢に入ったカルディナに、ラファーガは困ったように笑った。機関銃の様な台詞に対抗など出来たものでもないが、こうして睨み上げる女の表情もラファーガにとっては、愛おしいもののひとつに違いない。 「邪魔をするつもりはないし、好きな事をしている時のお前が一番綺麗だとは思っている。しかし、城内の皆に迷惑がかかるとなれば進言せぬわけにはいかないだろう?」 「これを作るんを、もう止め言うんやな?」 「平たく言えばそうなる。」 そこまで言って、ラファーガはぐっと腹に力を入れた。お金が絡めば、納得のいかないものには決して首を立てに振らないカルディナだが、怒りは言葉で発散出来るものだ。それを凌げば、きっと納得してくれるだろう。 しかし、いつまで待っても一風変わった言葉は飛んで来なかった。 「カルディナ?」 「まぁ、ええわ。もう止める。」 しかも、あっさりと受け入れる。瞠目したのはラファーガの方だった。拍子抜けした様子に、カルディナはクスリと笑った。 「ホンマは、こないな商売にするつもりは無かったんや。だから、もう仕舞いにするわ。材料費は充分に稼いださかい。」 そして、鍋に向き直る。 「商売でないのなら…どうしてこんな事を?」 驚きが抜けきらず、そんな質問を返せば、カルディナはやれやれと肩を竦めた。 「そういう真面目なとこ大好きなんやけど。ちょっと鈍いかもしれへんなぁ。」 「すまない。気が利く方ではないのでな。」 ラファーガは、カルディナの肩にそっと手を置いた。大きな掌はいつも暖かいとカルディナは思う。無骨だが、愛情を惜しむ男ではない事が、些細な仕草ででも感じさせてくれる。 「地球のバレンタインや。お嬢さん達がくれた時に言うてたやろ? 今は、親しければ相手を選ばんと贈る習慣だけど、昔は愛おしい男に贈るものやったって。」 愛おしい男へ特別に贈るもの。此処大事やで! 指を立て、カルディナは強調した。 「ラファーガはいっつも貰うてたやないか。 そんなん魔法騎士のお嬢さま方ばっかり狡いって言うてるんや。愛おしい相手に贈りたいんは、うちも同じや。」 カルディナはそう告げて、たった今まで掻き混ぜていた白い液体を、ラファーガ用のカップへ注いだ。それでも、商売物として売っている時の半分も入っていないのは、元来甘い物の苦手なラファーガへの配慮に違いない。 「けどな、やり始めると妥協は許さへんっていうか、ついつい商売に話を持っていってしまう。商売となれば負けたない。…これがうちのポリシーや。 それに、セフィーロのお嬢さん方も愛しい男に愛を贈りたいもんやろ。」 ラファーガは腰に手を当てて指を振りながら熱弁を振るう愛しい女に目を細めた。 「とにかく、うちの気持ちは、誰にも負けへんのやからね!」 それは一体。愛情なのか、売上なのか。 負けず嫌いの愛しい女の為に、ラファーガはコップの中身を一滴も零さぬように喉に通そうとだけ決心した。 〜Fin
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