いつだって確かな何かを望んでいる ふたりの立ち位置はいつも何処か不安定で、それは違う世界に住まう互いだからこその危さなんだろうか。こうして顔を合わせていても、彼女の細くて綺麗な指先を己のそれを絡めてみても、吐息がかかる程に傍にいても、決して消えるものじゃない。 彼女の笑顔が曇る事など、滅多にあるものではなくたって、同じ不安を抱えているのは何となく感じる事がある。 そう今も。 背中合わせで、彼女は本を読んでいて、そうして俺は仕事をしていて、振り返った時に偶然合ってしまった彼女の翡翠が微かに揺れる。 「どうした?」 そう聞いても、フウは長い睫毛を少しだけ閉じ、顔を斜めに落して首を横に振る。左右に散る綺麗な金の髪がふんわりと肩にかかる頃には、視線はこちらへ戻ってくる。 「なんでもありませんわ。」 勤めて明るい声を出して彼女は微笑むから、俺もそうかと応じて緩く口端を持ち上げた。笑顔になっていればいいと思う。 思い出す時にいつも笑顔でと彼女に伝えた事もあるが、自分を思う時も出来る事ならば彼女の心を乱すものでなければ良いと願う。苦しいと感じるほどに、自分を強く望んで欲しい事もまた、願いではあるのだけれど。 「フェリオ、これを。」 地球の日付で2月14日。彼女は『チョコレート』を携えてセフィーロにやってくる。大切な人に渡す習慣なのだとフウは告げた。贅沢を言わせてもらえば、セフィーロ城にいるフウが心を寄せている人達にも送っているのを見れば、少しばかり独り占めにしたい気分にはなるものの、俺も喜んで『チョコレート』を受け取る。 本来ならば、此処は心の世界セフィーロだ。こうして『チョコレート』という形を取る事もなく情愛を伝え合う事だって可能なはずだ。 けれども、フウはそれを携え俺はそれを受け取る。 もしも、彼女が何らかの事情が生じて『チョコレート』を持ってこれなかったとしても、俺がフウの情愛を疑う事などないだろう。 つまり、この『チョコレート』が彼女の情愛の塊だなどと俺が思っていない証拠か。 「ありがとう。」 満面の笑みを浮かべて、フウが携えている綺麗にリボンの巻かれた包みを受け取る。俺の手に渡った包みを見つめて、フウは頬を紅潮した。開けてもいいかと聞くと、コクリと頷いてくれたから、リボンを解いて蓋を開けた。 艶やかな茶色い粒が行儀良く並び、甘い香りが鼻孔を擽る。 ただ、ひとつ一つの形だけは僅かに歪んでいた。じっと見つめていれば、不安そうに眉尻を落す。 「お菓子作りは、やはり海さんには敵いませんわ。」 ホウと吐息をはくからちょっとだけ可笑しくなった。店で売るものでもなかろうに、これ以上完璧にしてどうするんだ。 「ウミのものは知らないが、随分と美味しそうだ。」 そう言って、手袋を外して指で摘みかけて止めた。フウの視線が戸惑うように揺れるのを確認して彼女の瞳を覗き込む。 「でも、フウが口に入れてくれたらもっと美味しくなると思う。」 片目を眇めておねだりしてみれば、困った表情でフウはもっと頬を赤くする。それでも、俺の掌に乗った箱の中から、一粒指先でそっと持ち上げてくれた。 「はい、どうぞ」 「ん」 唇で、彼女のそれに触れるようにチョコに口付けを落してから口を開けた。香ばしい味と甘い匂いが口腔に広がる。口元が思わず綻ぶ美味しさだ。 「いかがですか?」 美味いと口にすれば、彼女が微笑む。 柔らかな笑みがそれでもやはり少し寂しそうに見えた理由はなんなのだろう。 「フウの唇の方が甘いかな。」 そう告げてフウの身体を引き寄せた。抵抗なく胸元に頭を預けてくれる彼女に確信した。 惹かれあい、それを伝えても尚、胸の中に不安を抱え込んで、俺達は確かな何かを望んでいる。舌の上で甘く蕩ける『チョコ』よりも、確かな彼女を欲しているのだと心が告げた。 〜Fin
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