音色


 部屋から、曲が聞こえる。
 指先で、弾く音は空気を震わせて届くせいか、直接胸に響いた。

 小狼は部屋をしきっていた覆いを少しだけ開ける、邪魔をするつもりはなかったのだが、運悪くサクラと目が合った。

 あっと声を上げ、頬を染めてサクラは手を止める。
「懐かしかったから、借りてみたの…。うるさかった?」
「いいえ。」
 小狼は少し困った顔をしてサクラを見返す。
 綺麗な音色だったので、つい覗いてしまったのだ。
「小狼君は、見たことあるのかな、この楽器?」
「はい、お城で何度か拝見したことがあります。神官様がお引きになっておられたところも見ました。」
 再びサクラの顔が赤く染まった。 「神官様の?やだ、私がへたなのわかっちゃったよね。一生懸命練習しても指が動かないの。私って不器用だから、大好きな曲なのに。」
「いいえ、先だって聞いた曲は綺麗な音色でしたよ。」
 そう言って小狼は微笑んだ。心は別の言葉を用意していたのだけれど。

『見ていたのは貴女です。一生懸命つま弾いていた貴女を知っています。』

 喉まで、出かかった言葉を小狼は飲み込んだ。
 離れた二本の弦の間に指を伸ばして、サクラがクスリと笑う。
「小さい頃は、こことここにに指が届かなかったのよ。思いだしちゃった。」
「そうですか。」
 そっと、小狼の指が弦を弾く。澄んだ音色が響いた。
「上手なのね。小狼君。」
 笑顔のサクラに、小狼は再び微笑む。



 小さな女の子が泣いている。
 どうしたんですか?そう尋ねると、上手く弾けないと泣いた。
 綺麗な音色ですよ。と言うと、ここまで指が届かないのだと答える。
 大好きな曲なのに、どうして上手く弾けないの?
 じゃあ、俺がここを弾きますから。姫は、他のところを弾いて下さい。
 何回か失敗した後、つまずかずに最後まで弾いた。
 ありがとう。そう言った。
 涙の粒は残っていたけれど、満面の笑顔を覚えている。



「一緒に…。」
 そう言ってサクラは言葉を止めた。
「小狼君、一緒に弾いてみない?」
「はい。」
 サクラの提案に頷き、彼女の横に座る。
 紡ぐ音は思い出を呼び戻してはくれないけれど。

「ありがとう。」
 そして、曲の終わりに彼女はそう言って微笑んだ。



〜fin



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