月がかえる場所 黒鋼×蘇摩 月が真上にとどき、漆黒の闇が静けさを呼ぶ。 少女の鈴がちりりと鳴った。閨の襖を閉める前に、知世姫が振り返る。傅いていた蘇摩が、再び深く頭を下げる。 「お休みなさいませ。知世姫様。」 「おやすみなさい。蘇摩。」 しかし、知世はすぐに襖を閉める事なく辺りを見回した。 「黒鋼の姿が見えないようですが?」 微かに傾げた頭に、また鈴の音が響く。 「申し訳ありません。見回りに出ていると思いますが…。」 歯切れに悪い蘇摩の言葉に知世がクスリと笑った。 「貴方に非があるわけではありませんわ。困ったものですわね。」 全くです。と蘇摩が心の中で呟く。 知世はそれを聞いていたかのように、またコロコロと笑った。 「蘇摩には、手間をとらせてしまいますが、黒鋼をお願い致しますわね。」 廊下を歩く蘇摩は、ふいに後ろを振り返った。 「黒鋼!」 鋭く彼女にそう言われても、黒鋼はその太々しい表情を改めようとはしなかった。 「姫様が閨にお入りになる時には、ご報告を兼ねてお顔をおみせせする事になっているではありませんか!貴方は今まで何処に…!」 「…で、姫は寝たのか?」 蘇摩の小言を遮るように、黒鋼はそう尋ね、蘇摩は頷いた。 「大体貴方は…!?」 一言行ってやらなければ、気が済まないとばかりに口を開いた蘇摩を黒鋼が横抱きにする。 「く、黒鋼!?」 驚いて声を上げた蘇摩に、黒鋼がニヤリとわらった。 「…てことは、お堅いお前のお仕事も終わりってわけだ。ちょっとつき合え。」 天守閣の上から見る月は、ことのほか大きかった。 月光は屋根の上の二人を照らす。 「ずっと、此処にいたのですね。」 呆れたようにそう言った蘇摩を、銀龍を傍らに置いた黒鋼が膝の上に抱き上げた。小柄な彼女の身体は黒鋼の腕にすっぽりと収まった。 「おう、お前にも見せてやろうと思ってな。」 そう言うと、蘇摩の細い肢体を後ろから抱き締めて、唇を重ねる。黒鋼の口付けは、彼の気性と同じく激しく情熱的だ。 それに酔わされながら、蘇摩はふいに思う。 気まぐれで、掴み所がない彼はまるで月のようだと。 様々に形を変え、人を魅了するそれが、目の前の男そのものだとそう思えたのだ。 サラリと、黒鋼の手の中から蘇摩の黒髪がすべり落ちていった。それを再度、手に握りこみ黒鋼は唇を寄せる。 「俺様と一緒にいるくせに、何考えてやがる。」 蘇摩はクスリと笑った。 「貴方が、月のように掴み所がないと思っただけです。」 「俺は、変わらねえ。」 そう言うと彼は、蘇摩を腕に抱いたまま銀龍を手に翳す。 俺が使えるのは知世。 愛すると決めた女はお前だ。 再び口付けを交わした後で、『場所をかえるぞ。』と黒鋼は蘇摩に囁いた。頬を朱に染め息を乱した蘇摩が何故と問うと、再び不敵に笑う。 そして、「月が明るすぎると答えた。」 誰にも見せねえ。月にでも見せるわけにはいかないんだよ。 たとえ、俺が月みたいなものでもだ…。 どんなに形を変えても必ずもとに帰る月は、変わらないと告げる男とやはり似ていると、蘇摩は感じた。 躊躇いがちに、男の首に腕を回すと、啄むように唇を重ねた。 「私が貴方を掴まえていると、感じさせてくれますか?」 〜fin
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