想い タタッと噴水に走り寄ると、サクラが小さな手いっぱいに水をすくい目の前の少年にかけた。 キラキラ光る粒がパッと散る。 「うわっ」片目を閉じて、もう片方の目は手で庇う。「気持ちいいよ!小狼くん早く!!」 しかし、少年は戸惑う表情を見せ立ち止まった。 それを見やってサクラは、すばやく靴を脱いで、横に放りなげるとワンピースの端を軽く掴んで水面に飛び込んでみせた。大きな波紋と花のように飛び散る水飛沫。 笑顔が少年の方に振り返ると、小狼がサクラの靴を揃えていた。 「あ////」 それから自分の靴を脱ぐと横に並べる。丁寧な仕草は少年の真面目さを示していて、サクラは驚いて立ち止まったしまう。 小狼は、そんなサクラの側に行き手で水をすくう。 小さな手の隙間から流れを落ちていく水は、心地いい涼感を与えた。 「冷たい…。」 浮かんだ微笑みに再度サクラの頬は染まる。 『嬉しい』 こみ上げてきた感情のままに、サクラは小狼に水をかけた。小狼も今度は、すくった水をサクラへと向ける。 賑やかな水音と、子供の歓喜の声が噴水に響いた。 「サクラ!」 誰かが呼んでいた。きっとお父様だ。 もう少し遊んでいたいけど…。 「サクラ!」 お兄様かもしれない…。遊んでいるといっつも邪魔するんだから…。 「サクラ!」 でも、この声は、なんでこんなに心配そうなの? 「サクラ!」 うっすらと目を開けた自分を見ている小狼の表情が歪んでいた。 今にも泣きそうな顔をしている彼の表情を見て、サクラは状況を理解した。 目をゴシゴシと擦りながら小狼の腕から起きあがる。 「ごめんね。また眠っちゃったんだ。私。」 なんでだろう?噴水の側にいる小狼くんを見ていたような気はするけれど…。 サクラはおぼつかない気持ちで軽く頭を振った。 「…何かが倒れる音がして、来てみたら姫が倒れていて…どこか怪我はありませんか?俺がもっと早く気付いていれば…。申し訳ありません。」 大丈夫だよ。というサクラの言葉にも暗い表情を戻さない小狼の顔を見ていると、サクラの胸に何かが溢れてくる。 「ひ…め?」 小狼の瞳が大きく見開かれる。 「え…?」 熱いものが頬を伝うのを感じて、サクラは自分の顔に指をあてた。 「な…んで?」 瞳から涙が溢れていた。止めようとしても止まらない。胸のなかにつかえているもの意味もわからない。 流れ続けるそれに、サクラ自身も驚き、戸惑っていた。 「どこか、倒れた時に打ったんですか?痛むのですか?」 優しく、問い掛けてくる小狼に返事を返す事も出来ずに、サクラは両手で顔を覆い黙り込んだ。 小狼はその様子をしばらくじっと見ていたが、戸惑うような表情をうかべながらサクラの肩に両手を当てた。 「小狼くん?」 顔を上げたサクラに、小狼は控えめな笑みを浮かべる。 「いつだったか俺が怪我をした時姫がおっしゃっていたでしょう?こうして手を当てたり、撫でたりするのも治療だって…。痛みが和らぐって…。」 肩に乗せられた小狼の手のひらが温かくて、そしてくすぐったくてサクラはくすくすと笑い出した。 「ごめんね。大丈夫なのよ。どこも痛くないし、平気なの。」 しかし、小狼はサクラの肩から手を放すと姫の言う事は正しいですね。となお笑みを浮かべた。どうしてと尋ねるサクラにこう答える。 「ですから、姫の涙も止まったじゃあありませんか。」 そう言われて、サクラは自分の目尻に指をあてる。いつの間にか涙も止まっている。なぜ急に涙が溢れたのか、どうして止まったのか。サクラ自身にもわからなかった。 でも、今わかっている事はひとつだけあった。 微笑みながら自分を見ている小狼をサクラはじっと見上げる。 「サクラ姫?」 ぺたんと床に座り込みながら、今度は不思議そうな表情になった小狼を見てサクラは確信した。 「小狼君の笑っている顔を見ていると嬉しい。」 「え…。」 小狼の顔が一瞬戸惑い、頬が赤くなる。 「やっぱり、笑ってくれているのがいいの。」 サクラは、すくっと立ち上がる。床に跪いている小狼を今度はサクラが見下ろす格好になった。 「私が辛そうな顔をすると、小狼君が辛い顔になるけど、小狼君が辛い顔をすると私も悲しくなるの。良くないよね。これって。」 サクラの言いたい事が良くわからず、小狼は黙ったままで彼女の顔を見ている。 「だから、二人ともずっと笑顔でいよう。そうしたらきっと小狼君も辛い顔じゃなくなるよね。」 きっと、どんな言葉を連ねたって小狼君は私の羽根の為に辛い想いをする。でも、ううんだからこそ、私は笑顔でいたい。サクラ姫はそう思った。 決意は何度も揺らぐのかもしれないし、傷ついた小狼君を見て笑顔なんて出来ないのかもしれないけれど、私の想いは変わらない。 『笑顔が見たいの』 〜fin
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