お決まりの台詞を吐いて、三下達が逃げて行く。
 黒鋼は、『蒼氷』を肩に担いで、とんとんと叩く。ジロリと遠ざかる客を見る瞳も目つきは悪いが、静かだ。
「あんなじゃ、お前の訓練にもならないな。」
 振り返ってそう言われた小狼は、服の埃を払いながら、困ったように笑った。
 自分は相手の拳を避けていただけ。柄の悪い男達五人をのしたのは全て黒鋼だったからだ。
「さすが、です…。」
 勿論黒鋼は刀を鞘から出す事は無い。しかし明らかに、剣を携えた戦い方だ。
 身一つで戦ってきた自分とは違うという事をまざまざと見せ付けられている気がした。
「何言ってやがる。あんな奴の相手だったら、はなからお前は負けてねぇ。」
「…いえ、そんな事じゃなくて…。上手く言えないんですが。」
 小狼は、手の中の『緋炎』をチラリと見た。無機質な物であるはずのその存在感にまだ慣れない。
 元々足での攻撃を主としていた小狼にとって、邪魔だと感じる時が無いとは言えない。今だに力及ばない自分にとっては、斬る必要のないものまで斬ってしまう道具。
 守るべきものも、自分自身さえも。それを凌駕するには、馴れる事のみが必要なのだろうか。
 考え込むように眼を閉じた小狼を黒鋼はしばらく見つめていたが、ボリボリと頭を掻いて誰に言うともなく話しだす。
「人を切るのは強さじゃねえ。ただの慣れだ。」
 自分の考えを読まれたようで、小狼は大きく眼を見開いて黒鋼を見た。
『己の不甲斐なさだと』言われるとばかり思っていた小狼は、静かな眼で自分を見つめる男を見つめた。ククッと喉を鳴らして黒鋼はこう続ける。
「どこをどうすりゃよく斬れる…それだけのことだ。お前が習いたいのはそんなものか?」
 小狼はふると首を横に振った。
「俺は、…やらなければならない事をやりとげる為の強さを手にいれたいんです。」
 真っ直ぐな瞳が自分を見つめたのに満足したように、黒鋼は立ち上がった。
「まだ、鞘からも抜けねえ奴がくだらねえ事考えてんじゃねぇ。」
「はい。よろしくお願いします。黒鋼さん。」
 思わず頭を下げた小狼に、黒鋼は再び額に皺を寄せた。
「固てえよお前は。」
〜fin



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