ランティスくんとラファーガさん



 その1

「でも 僕、いままで通りがいいな…。」
  ラファーガを気遣っているのだろう。アスコットは俯き加減でその言葉を口にした。
けれど、想定すらしていなかった答えにラファーガは返答すら出来ず、ただ沈黙する。
 そうかと、と言葉を口から出すのに僅かばかりの時間を費やした。

 ■
 
 事の起りは、セフィーロと言う国は元々『柱』が支えていた世界だったというところに遡る。
 世界の理の頂点は『柱』であり、『柱』の一存が世界の理。国を支える立法機関だのなんだのという役所的な組織は殆ど機能せず、補助的な役割しか果たしていなかった。
 そういう背景もあり、城に仕える者達の(事務)仕事は自然と自室で行われる事になっていて、それでも協議が必要な場合に限り、詰所に寄って決めていた。
 けれど、それは『柱』ありきの政策。
 柱制度を止めて民意で国を動かす事になってしまえば、今度が全てに対して協議が必要になる。
 そこで、国を動かす主だった者達は(詰所)の方に在駐しようという話が持ち上がった。概ね賛成の意見が得られたなか、アスコットだけが深い溜息と前述の回答を意見を聞くために訪れたラファーガに返した。
 アスコットは今や彼の友人共々、城の中核を成す存在。彼がいなくてもなんとかなるさ〜という訳にもいかず、彼の師匠であるクレフ、城の責任者であるフェリオ、保護責任者であるラファーガとランティスが招集された。
 ランティスは神官の仕事があったせいで、遅れて合流する事になっていた。
 
「どうして皆で同じ場所で仕事をするのが嫌なのだ?」

 クレフの一言で始まった話し合いは、暫くの間はアスコットの沈黙で停滞していた。それでも、フェリオやラファーガの根気強い説得で何故か、キョロキョロと周囲を見回してから、渋々と言った様子で口を開く。
 
「僕、みんなと仕事をするのが嫌いな訳じゃないんだ。」
「だったら、なんで?」
 首を捻るフェリオに、アスコットは本当に困った表情で眉尻を落とす。
「だって僕、…」
 口籠り、再び唇を引き締めたアスコットの言葉を急かすことなく三人は待った。

 アスコットは頼まれれば嫌で言えない、とても心の優しい青年だ。だからこそ、物言わぬ魔獣達とも心を通わせる事も出来るのだろうし、城での信用も高い。
 脱走癖のある王子への補佐役としても重宝されていて、それについては絶大な信頼を集めていた。
 その彼がそれほど嫌がる理由とは何なのか。三人はアスコットの言葉を待った。

「僕、ランティスが良くわからないんだ。」

 そして、発せられたアスコットの一言にフェリオが爆笑する。
「何だよ、そんな事かよ。」と胸を撫で下ろしたフェリオが、アスコットの帽子を取るとワシャワシャと髪を混ぜた。
「深刻そうな顔してるから何が起こったのかと思っていたが、そんなの俺だってわかんねぇよ。」
 此奴め、此奴と混ぜっ返され、グシャグシャになった髪を庇いつつアスコットは目を丸くした。
「え?王子もわかんないの?
 一緒に剣の練習したり、昼寝したりしてて仲良さそうに見えるのに、そうなの!?」
「当たり前だろ。そうですよね、導師。」
 話しを振られたクレフも大きく頷く。普段冗談など言わない生真面目な御仁なのだから、彼が本気でそう思っているのがわかった。
 ポカンと口を開けたままのアスコットの背後には、同じように口を開けたラファーガがいる。

 実はラファーガもランティスが苦手なのだ。
オートザムの間者であるというのはラファーガの誤解だったが、そのあたりの経緯も含めどうにも言動が掴めない。
 理解不能の生き物なのは、アスコットと同じ心情だ。それを言葉にしないのはラファーガの大人としての分別だった。しかし、今ならばその『理解』を深めることが出来るかもしれない。
 ラファーガが恐る恐るクレフに声を掛けた。

「あ、あの本当にそうお思いなのですか、導師クレフ。彼は、兄神官ザガートと共に、貴方の愛弟子ではありませんでしたか?
 私は貴方が彼の一番の理解者だと思っておりましたが…。」
 困惑の表情を隠しきれずに、眉が完全にハの字になっている。クレフは腕組みをして一瞬だけ眉を寄せてから、ラファーガを振り返った。
「確かに、私は弟子は皆愛しい。だか、理解しているかどうかは別の問題だ。」

 えええええ!?
 アスコットとラファーガは互いに顔を見合わせ、声にならない悲鳴を上げた。

「だって、皆ランティスと上手くやっているように見えるし、僕だけ上手く噛み合ってないような気がして凄く悩んだんだよ。
 声を掛けても、無視…じゃないけど、ほら、あの…!」
 悲鳴のような声でアスコットが叫ぶと、フェリオがへらと笑う。
「それはお前が視界に入ってないからだよ。アイツ興味がないものに対しては、はなっから視界に入ってないから。」
「そうだな。
一度、魔法の伝承をした際に夢中になるあまり側にあった樹に激突して気絶した事があった。
 ザガートが慌てて介抱していたが、どうも幼い時からそうらしく、精霊を追い掛けて池にはまる程度の事はざらにあったらしい。」
「そうそう、それに根は面倒くさがりでさ、仏頂面してるだろ?
 あれは、そうしていると絶対必要な用事の奴しか近付いて来ないからなんだよな。」
「そうなのですか!?」
 話の弾むフェリオとクレフに今度はラファーガが声を上げる。
「私はそういう性格の方だと…!」
「誰がそんな事言ってんだよ。
 観察してればわかるだろ。何人の女官が言い寄っても顔色ひとつ変えない鈍感な奴なのに、ヒカルを前にしてみろ。獲物を鼻先にぶら下げられた獣だ。」 

「ほう、それは誰の話かな?」

 背後に雷鳴を轟かせた声に、フェリオの顔色が変わる。
ゲゲッと声を上げて振り返ると、顔半分に黒ベタをしいたランティスがにこやかに微笑んでいる。

 ああ、なんだろう。流石に兄弟。こうしてみるとプッツンきていた時の神官殿に似ているような…。
 それは、ラファーガの背筋をぞくりと震わせた。

「…久しぶりに稽古でもつけましょうか、王子。」
「残念だな〜俺はペンより重いものを持った事がなくて…ちょっと、いや、お前目がマジだろ!!!!」
 有無を言わせず、ランティスはフェリオの背中を掴んでズルズルと引きずっていく。自分の君主に対して有り得ない非礼を犯す様子にも、クレフはにこやかに微笑むのみ。
「ランティスは王子は幼い頃から知っている間柄なので、仲が良い。」
 おいおい、アンタ本気で言ってるのかとアスコットとラファーガの目が踊る。
「それで、アスコット。少しはランティスのことを理解してくれたか?」
 そう続けられ、この師匠もどうなんだとアスコットは思い直したが、ラファーガは困惑を深めていた。

 私が彼を苦手なのは性格の不一致かと思っていたが、旧神官殿からの苦手意識なのだとすれば非礼な態度をとっているのは私の方なのか…?

 思わず考え込んでしまうラファーガであった。
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