※TV版


愛の法則はたった一つ、だそうです


 想い出と共に、手元に残ったオーブ。
 本来対を持つ道具。もうひとつは、風の自惚れでさえなければ、異世界に住まう青年の元に置かれているはずだ。
 机の引き出しに仕舞い込み、受験勉強の合間に眺めてみる。
 冷たくもなく、ずっと手に握っていても熱伝導の起こらない不可思議な素材。きっと、こちらの世界では考えられないような物質で構成されているに違い無い。
 風は何度も呼び掛けようと考え、そして、何も起こらない事を恐れて再び引き出しへと戻した。
 素材同様、原動力も(魔法)という奇天烈な代物。こちらの世界で使用可能なのか判断することも難しい。万が一、セフィーロと同じ様に使いオーブ自体が崩壊する危険も充分に考えられる。
 光の持ち帰った首飾りは、ただ彼女の胸元を飾る(お守りとしての意味もあるのだろうが)為だけにあるが、このオーブは(会話出来る道具)としての役割を持つモノである故に、ついつい過剰な期待を抱いてしまう。
 異世界で恋をした青年の想い出の品として、ただ置いておく事を、気持ちが許さない。逢うことが叶わなくても、声を聞き、会話を交わせないだろうかと、つい心が揺れる。
 それでも、実行に移す事は出来ず、日々だけは過ぎて行った。

 そんなある日、風はいつものようにオーブを取り出し、その異変に気が付いた。
中心に埋め込まれた宝石が、鈍い光を放っている。それも、規則性を持ち光量が変化しているのがわかった。
 勿論声が聞こえてくる訳ではない。危惧が的中したのかと、風は焦る気持ちを抑えて、ゆっくりと光の中心に指で触れる。
 一瞬スイッチが切れた様に暗くなり、次の瞬間にはオレンジ色の光が上下左右に広がった。

「え…?」

 そこに浮かぶ文字を見て、風はパチパチッと瞬きをする。

“フウ、元気か?”

 声は聞こえない。推測することしか出来ない。けれど、自分へと向けられた言葉にかの姿を思い描いてしまう。
「フェリオ、ですか!? 貴方なのですか?」
 思わず呼び掛けたけれど、反応は無い。ゆらゆらと空間に描かれた文字もそのままだ。
「それに日本語ってどういう、事でしょう…?」
 不可思議に揺れる文字を見つめて、風はホウと息を吐いた。

 それから二週間後、風は再び光るオーブと対面する。先だってと同じように宝石を押せば、別の言葉が浮かび上がった。

“そうだ。届いて良かった。今、セフィーロは少しずつ再生している”

「本当に、フェリオなんですね…。」

 胸元に抱く事すら躊躇われて、風は揺れる文字に指を重ねる。じわりと滲んでいく視界から、頬を伝うものを手の甲で拭う。
 眼鏡が雲っているせいで、現実である自分の部屋全体が柔らかな光りに包まれているようにも感じた。

 それが、セフィーロに戻った風に起きた、最初の奇跡だった。
 
 ◆ ◆ ◆
 
 わかった事。

・文字は数分経つと消えるが、中の宝石を押すと何度でも現れる。そして、一度送られて来たものはオーブの中に蓄積される。
・相手に届くまでに、一週間前後の時間が必要である。
・百文字に満たない言葉しか送る事は出来ない。
 そして、文字が届く理由。
 推測の域を出る事はないが、セフィーロでは言葉は通じても文字を読むことは出来なかった。なので地球では言葉は通じないが、文字は読めるという理屈なのではないだろうか?
 そしてもうひとつ。
 オーブが稼動している理由は、元々魔法具と呼ばれている道具で、魔力を持たない者でも使用出来るように、魔力が注入(もしくは蓄電?)されているので、世界が違えども使用可能なのではないか?

 丁寧にノートに書き留めて、風は頁を閉じる。
「これで、光さんや海さんにもご報告出来ますわ。」
 季節はとっくに夏を過ぎていた。
 去年の春先に出逢ったふたりとは、今年の始めまでは頻繁に東京タワーで逢っていた。けれど、今年は中学三年。受験体勢に入った事で、進学校に席を置く風だけではなく、光や海ですら受験勉強に時間をとられ、殆ど顔を合わせる事もなくなっている。
 幾度挑戦しても、セフィーロに向かう事が出来ないという事実が、三人の距離を少しずつではあるが引き離していくようにも感じた。けれど、このオーブが再びふたりと間にある隙間を埋めてくれるのかもしれない。
 風の中にはそんな期待もあった。
一生忘れないだろうと思っていた。一生離れる事などない絆だと信じていた。なのに、距離や時間は、確実に人と人を引き離していく。
 それは親友に対しても、フェリオに対しても同じ事だ。
 勿論消えてしまったのではない。
 例えるのなら、幼い頃机の引き出しにしまい込んでしまった大切な宝物に似ていた。大切で大切で、その事を考えない日は片時も無かったにも係わらず、今ではその宝物が何だったのか、どんな思いを抱いていたのか、それすら記憶にのぼらない。
 それが、今酷くもどかしく感じる。想いに背を押されるように、風はふたりと連絡を取った。

「嘘、本当なの?」
「じゃあやっぱり、東京タワーから見える星がセフィーロなんだね!見た目通りに復興してるんだ!」
 海と光の第一声は違ったものの、喜び様は一緒だった。
但し、携帯のように声が聞ける訳ではないので、そのことだけが酷く残念そうではあった。友人達と競うようにセフィーロにメッセージを送り、届けられる言葉に一喜一憂する。
 (風邪を引かないように腹を出して寝ないように、クレフ)と記された言葉に「失礼しちゃうわ」と海が頬を膨らませれば、(俺はランティスだ。)とだけ届けられた言葉に光が頬を染める。
「もう少し愛想のある言い方があるもんじゃない?」
「でも、とてもランティスさんらしいですわ。」
 海と風は顔を見合わせてクスクスと笑った。
「でも、風はいいものを持って帰って来たわよね。私もクレフの魔法具の中から何かぶん取ってくれば良かったわ。」
「海ちゃん、それは泥棒だよ。
 でもランティスに貰った鏡に映ったりしないかな?こう、ど真ん中に顔とか。」
 光の言葉に、想像したのは白雪姫の一場面だ。
『鏡よ鏡よ鏡さん、この国で一番美しい者は誰?』
 着飾った光がそう告げると、黒衣の騎士が映し出されるのだ。そして、彼は仏頂面のままこう答える。
『ヒカル。』
『本当!嬉しいよ、ランティス。』
 小学校の学芸会並のセットすら思い浮かべ、海と風は大爆笑した。光は(もう、違うってば!)と顔を赤らめて否定しつつ、クレフやフェリオで想い浮かべる事を提案した。
「クレフさんは、美醜に甲乙は無い…とか仰りそうですわね。」
「あら、フェリオは何も聞かなくても、ここから見えるお前が一番だ!とか言いそうよ。」
「そんな事ありませんわ。」
 風も頬を赤らめ、海は届かない片恋を嘆く。
「でも、こうしてると本当息抜きが出来るわ。」
 一頻り賑やかな会話が終わると、海はふうと息を吐いた。
「家でも学校でも、何を言われる訳じゃないけど、こうプレッシャーを感じるっていうか…頭の隅っこにいつも受験があるっていうか。少し疲れるわ。」
「そうですわね。」
 風も視線をふたりから反らして溜息をつく。 
 セフィーロから届く、短いメッセージ。
密やかに届けられているものだから、気になってしかたなかった。
 今だって部屋にいると数分毎に引き出しを開けてしまい、勉強に集中出来ず模試の成績が下がっている。それでも、思い出したように届くメールは風の心をふんわりと温かくさせる。
 二人やセフィーロと心を繋ぐ、それは風にとって無くてはならないものになっていた。
「こうして、セフィーロと交信も出来るんだ。きっと、またセフィーロに行く事が出来るはずだよ!」
 光が元気に宣言をして海や風も同意する。
「その前に、受験頑張らないとね、光。」
「もう、海ちゃん厳しい〜〜〜。」
 全国模試の解答へと会話は移り、じゃあ勉強会ねと話しは纏まる。

 確信など無かった。それでも、この受験を無事にクリアすれば、もう一度セフィーロの地へ訪れる事が出来るような、そんな気持ちになっていたのは本当だった。


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お題配布:確かに恋だった