※ラファーガ×カルディナ 出会い捏造


I love you not wisely but too well....


 カチャリと扉が閉じる音とともに、アスコットはベッドの真ん中に埋めていた顔を上げた。
「カルディナは…?」
「ラファーガのとこへ行った。」
 仕草は幼い子供のようだが、図体は大人なアスコットの身体を避けるように、フェリオはベッドの端に腰を落とした。
 そう…。
唇を尖らして呟いたアスコットの顔を覗き込み、フェリオはクス笑う。
「少しは落ち着いたか?」
「別に…。」
 そう答えてから、アスコットはフェリオに慌てて顔を向けた。枕をぎゅっと両手で抱きしめたまま焦った表情で言葉を続ける。
「違うよ、フェリオ!僕は驚いた訳じゃなくて、怒ってるんだよ!そこのところ勘違いしないでよ!
 ラファーガもカルディナも、僕の話を聞きもしないで勝手にさ…!!!」
「うん、わかってる。」
 フェリオはコクリと頷いて、視線をアスコットから窓へと視線を移した。柱を失ったセフィーロの空はただ闇に包まれている。遠くに見えたであろう景色すらなく、稲妻だけが時折空を照らす。
 
 恋をしたことで、失われていく世界が目の前にある。

「誰の言葉も、誰の事も見えなくなる。どんなに愚かしい行為に思えても止まれなくなる。
それでも、恋をしてるんだ。ただ、想い慕ってる。そうして、それが…。」
「フェリオ?」
 声色を暗くしていくフェリオにアスコットは一抹の不安を覚える。
自分の願いがまだまだ(幼い)ものであるだろうことは、流石のアスコットにもわかっている。人々の悪意に晒されてきた事で、人に負の感情があることも知っていた。
 それでもカルディナとラファーガの有様が幸せにはとても見えなかったのだ。けれど、フェリオもまた自分よりは大人の感覚と感情を持っているはずで異を唱えられるのだろうかと、懸念が浮かぶ。 
 それだったら言い返してやろうと腹に力を込めたアスコットに、フェリオはふるりと首を横に振った。
「でも、俺もアスコットと同じだ。そんな恋はしたくない。」
「そうだよ。」
 同意を得られてアスコットの表情は明るくなる。えへんと声に出し、身体を起こして窓を見つめた。
「どうしたら幸せになれるか考えてって、ウミに教わったんだ。自分を好きになれて、友達も幸せになれるそういう方法を探すんだ。」
 ヒューと口笛を鳴らしてフェリオは笑った。
「カルディナもその方法を探しに行ったんだよ。」

 ◆ ◆ ◆ 
 
 音の無い空間だったはずだ。

 両手で持って真っすぐに振り下ろした剣をままの角度に保ち、ラファーガは固く閉じていた瞼を引き上げた。
 しゃらり、しゃらりと軽やかな鈴の音が耳をくすぐる。
 窓の外には絶望に似た世界。セフィーロの全てを飲み込み、無にかえそうとする闇があるだけなのに彼女の音はこんなにも軽く明るいのだろうか。
 心を落ち着けようと思えばドッドッと繰り返す心臓の音に、鈴の音が重なる。
 
ああ、そうだな。彼女を無視出来るはずもない。

 ラファーガはふっと息を吐き、剣を鞘に収める。引き結んでいた唇を解くと、身体ごとカルディナに向き直った。
「やっとこっち向いたな。」
 艶やかな頬を少しだけ膨らませて、カルディナは誘うように唇を尖らせる。
「部屋におらんかったから、探したで。」
「そうか、足労を掛けてすまない。剣を振るにはあそこは少々狭いのだ、」

 そやね。

 カルディナは言葉を残して、ラファーガに詰め寄り正面を陣取った。腰に手を置き、くいと身体を反らせながらラファーガの顔を真っすぐに見上げる。
 くっきりと睫毛に縁取られた大きな瞳もまた、ラファーガを正面から捉えた。

「はっきりしょーか?」

 何をだと口に出しかけ、彼女を怒らせてしまっていた事を思い出す。どうにも腹に据えかねた彼女が(原因)を突き付けに来てくれたのだろう。
 不快な想いを持ちながら、わざに出向てくれた彼女の恩情に喜びを感じるとはなんと不謹慎だろうか。
 そう思いながらも、彼女が自分だけを見つめているこの状況に歓喜が湧く事をおさえられない。
「そうか、お前の口から聞く事だなんでも受け入れよう。」
 ラファーガが告げた途端、カルディナの頬が赤味を増す。
「カルディナ?」
 あまりに唐突で、不意をつく彼女の様子に、ラファーガは思わず右手を差し伸べていた。
 そっと頬に指先を当て、急な病なのではないかと口にする。褐色の肌は思っていた以上に柔らかく滑らかで、微かな震えを如実にラファーガへ伝えていた。
 
 ああ、この肌を独り占めにする男がなんと羨ましい事か。

 浮かんだ浅ましい想いを、今は許そうとラファーガは思う。
彼女がこうしてくれる事などもうないかもしれない。ならばこの一時は忘れえぬ想い出になるだろう。
 しかし、当てていただけのラファーガの頬にカルディはそっと頬を押し当てた。
はっきりと意志を持ち掌に頭を預けたカルディナの仕草に理由がわからず、ラファーガは困惑のあまり銅像の様に固まる。

「あんなぁ。」

 瞼を落とし、ラファーガの手に体温を感じさせながらカルディナは口を開く。

「うちは想ってることを偽るのは時間の無駄、ひいてはお金の無駄やと思う。此処大事や。」
「ああ、わかっている。」
 彼女の信条は良く知っている。だからこそ、その無駄を持って自分のところに脚を運んでくれるという事は、少なくとも自分を許容してくれている証なのだ。
 だから、そのに続く言葉は。
「好きやっちゅうことや。」
「…。」

 確かに聞こえたはずの、彼女の言葉が理解出来なかった。
 腕の中に容易く抱き締められる距離。頬を赤く染め、ラファーガの手に隠された表情を見たくて、左手もそっと彼女の頬に添えた。

「誰が…?」

 しおらしく見えたカルディナが一転、はぁ!?と大声を上げた。
「何で、好きでもない奴にそんな事言わなならんの!?」
「す、すまない。いや、そうではなく、カルディナは私に腹を立てていたのではないのか?」
「嫉妬してたんよ!」
 別の意味でわなわなと震えるカルディナの愛らしい仕草にラファーガの頭がやっと結論に至る。 
「私のような不器用な男に、嫉妬してくれるのか。」
「あんさん以外にする訳ないやろ!」
 真っ赤になって怒鳴るカルディナの様子がただ愛おしくてラファーガは、彼女の頬に自分の頬を擦り寄せた。

 彼女に逢えば楽しかった。けれど、自分にはセフィーロの復興という志があり、その上に魅力的なカルディナに相応しいとは思えなかった。
 それなのに愛おしくて、一緒にいてはいけないと思っているのに、ただ彼女の側にいたかった。
 溢れるのは欲ばかりだ。
 
「カルディナ、お前が好きだ。」

 お前が欲しい。
 耳元で告げられた言葉に、カルディナは笑った。

「うちを全部ラファーガにあげるさかい。ラファーガの全部をうちに頂戴、それで契約成立や。」

 ありがとう。

 ラファーガの手の甲に添えられたカルディナの両手が合図だったように、ふたりはそっと口づけを交わした。


「やっぱ、普通に男やったんやなぁ…。」

 安堵とともに吐き出されたのであろうカルディナのセリフに疑問を抱いたラファーガが導師クレフに相談し、爆笑とともに返されたのはささやかな後日談となった。


Fin



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お題配布:確かに恋だった