※ラファーガ×カルディナ 出会い捏造 I love you not wisely but too well.... コンコンとノックを二回。 普段ならば、これだけで扉が開いたりもするほど、ラファーガは忠実な人物だ。 だから、何の答えも無い事にアスコットは首を傾げた。 「ラファーガ、いないの?」 ドアノブを回して僅かに扉を内側へと押し込むと、室内がやけに薄暗い事に気がついた。 やっぱりいないのだろうかと、アスコットは手にした書類を抱え直して扉を大きく開いた。そうすれば、部屋に据えられた重厚な机に大柄な影が座っているのに気付く。 彼は両腕を顎の下に置き、ただ一点を見据えているようだった。 「…ラファーガ、どうしたの?」 重苦しい部屋に雰囲気といい、ラファーガの態度といい何処か異常を感じ取ったアスコットはもう一度彼の名を口にする。 すぐに答えは無かったものの、暗い部屋に差し込んで来た灯りのせいだろう、ラファーガは緩慢な動作で顔を上げた。 まるで、魔物を相手に戦ってでもいるような険しい表情に、アスコットは息を飲んだ。 そして、それは間違いだと否定する。 魔物と対峙した時以上に、彼の表情は恐ろしいものだった。まるで、彼自身が魔物にでもなろうとしているような、そんな狂気が滲み出て見えた。 「…カルディナは…。」 「え?」 こんな状態の彼から出てくる名前とは思えず、聞き直したアスコットに、しかしラファーガは唇をギリリと噛みしめる。 「ラファーガ?」 「私はどこかおかしいのかもしれん。」 ふと口端を歪める男の表情は、彼の言葉を肯定しているように見える。 「なんで? どういうこと?」 しかし、ラファーガは再び瞼を落とす。薄暗がりの中で何を考えているのかわからない彼の姿は、簡単にアスコットの心を不安へと誘う。 「どうかしちゃったの?魔物にで取り憑かれたの?」 両手を肩に置き揺すれば、眼はアスコットを凝視する。普段ならば、綺麗な青だったはずの瞳は黒く淀んでさえ見える。 そうして閉じた瞼の中で何を見ていたのか、炯々とした瞳は酷く アスコットがもう少しだけ人生経験を踏んでいたのならば、それが情欲に燃える光だった事に気がついただろうが、今は獣じみた眼差しだとしか思えなかった。 「魔物か…。」 ふっと笑みを零し、自嘲する。 「巣くっているのは確かに魔物だ。随分と醜いものだな…。」 「ラファー「アスコット。」」 呼び掛ける声を留めて、ラファーガは肩に置かれたアスコットの手を引き剥がす。 「自覚はあったのだが、私はカルディナに嫌われているらしい。先程も声を掛けようとしたのだが、怖い顔で睨まれて無視された。」 「え、でも、カルディナは…。」 此処最近のカルディナの態度から、ラファーガに対して明らかな好意を感じていたアスコットはただ驚きに眼を見開く。 取りなそうとする言葉の全てを、しかしラファーガは否定した。 「わかっている。 私は自分でも女性に対して気の利いた事など言えない不躾な人間だ。 彼女のように魅力的な女性の心に掛けて貰えればなど、過ぎた願い事ではあったのだ。」 繰り言のように呟き、わかっていると言う。 けれど、険しい態度や表情から(諦めた)様子など少しも感じる事は出来なかった。それどころか、ラファーガの苛立ちは増長していくように見えた。 どうしていいのかわからず立ち尽くすアスコットに、ラファーガは酷く歪んだ笑みを浮かべた。 「私は大丈夫だ。暫くひとりにしてくれないか。」 そう告げられ、半ば追い出されるように廊下へ出される。 何がなんだかわからないが、ラファーガは誤解しているのだと。アスコットの思考はそこへと辿り着いた。カルディナに逢って説明すればすれ違いの原因だってわかるはずだと考え、足早に彼女の自室へと向かった。 ◆ ◆ ◆ 親しげに話す女の横顔が脳裏に浮かぶと、カッ思考が熱くなるのがわかる。笑みを浮かべる男が、常であるにも関わらずただ腹が立った。 「楽しげで良いご身分やな。」 嫌味のひとつをくれて遣った時の、ラファーガの表情がまた気に障った。 眉を落とし、心配そうな顔で…。 それは、アノ女に見せていた柔らかい笑顔などではない。 彼は、私の事など…。 辿りついた結論に、頭が何か固いもので殴られでもしたような衝撃があった。 「いやや…。」 彼が別の女を選んでしまうなど、許せない。 あの笑みを独占して、彼の腕に抱かれる女が他にいるなど認めはしない。 「許さへんで…。」 握った拳を扉に叩き付ける。感じる痛みよりも、腹の底から沸き上がる感情の方がどれ程にか胸を焼いた。 「ラファーガ…。」 唇から出ていく言葉が、やけに痛い。 「カルディナ…。」 いつの間にか部屋にいたらしいアスコットが名を呼んだ。 酷く掠れた声色が、カルディナの燗に障る。 「なんやの、変な子やね?」 見れば、戸惑う子供の表情で自分を見下ろしている。戸を叩く様子に驚いていたのかと思えば、思いも掛けない質問がくる。 「さっき、ラファーガって…。」 「うちがラファーガを呼んだらおかしいか?」 酷く驕惰な様子でアスコットを一瞥した。口籠もる彼の、本当の理由をしらないカルディナはただ顔を歪める。 「おかしいやろな。普段、真面目やて小馬鹿にしとるようにも見えるもんな。うちの日頃の行いっちゅう奴が悪いからしゃーないけどな…。」 「好き、なんや。」 「あの男に惚れとるんや。」 他の誰かのモノになるくらいやったら、この手で自分しか見えへんようにしてしまいたいと思えるほどに。 「これが、恋なの…!?」 憤慨した表情で言い放つアスコットに、カルディナは驚いて顔を上げた。 「ラファーガも、カルディナも… 思い詰めた怖い顔して、それだけしか見えなくなってて、それが恋っていうものなの!?」 アスコットの台詞に息を飲む。 この子は何を言うた…?ラファーガも? あの男も誰かに恋をして、激情に揺れる顔をしとる言うんか…!? 「アスコット、ちょお待ち…!それは誰や!!」 自分よりも遙に背が高いアスコットに挑み係らんばかりに、カルディナはアスコットに詰め寄る。 服の胸元をギュッと掴み、声を張った。 「誰や、言うとるやろ…!」 「やめてよ…!」 指先は、身を捩る仕草で払われ、悲鳴に似た声がアスコットの口から漏れる。 眉を歪めて、見開いた茶色の瞳には恐怖の色さえ浮かんで見えた。そこでカルディナはようやくに己の行動を省みた。大人げないにも程があった行動は、彼女の表情を取り繕う媚びた表情へと換えている。 再度伸ばそうとした腕は、アスコットの視線で止まった。 「アスコ…。」 「だったら、僕はしない。したくない! そんな恋なんて…!」 ぐっと眉間に皺を寄せた表情のまま、アスコットは制止するカルディナの声など無視した。 勢いよく閉められた扉の音が、部屋に響く。 その音で横顔を張られたような気がして、思わず頬に指を這わす。 「…。」 何をしていたのかと、カルディナは両手で頬を囲んで、顔形を探るように指先でなぞった。 光の無いセフィーロの空が見える窓は鏡となって、カルディナの顔を映し出す。 人々の負が生み出す魔物にも似た、表情。 だったら、僕はしない。したくない! アスコットの声が脳裏に甦る。 「確かに、そやな…。」 溜息にも似た声が零れた。 「そないな恋、うちもしたないな。」 誰かを犠牲にしなければならない恋。誰かを憎まなければ成就しない恋。 ひとときは幸せを感じる事が出来るかもしれないが、そんなものが続くはずがない。 自分が今したいと望む恋は、あの魔法騎士達のような恋だろう。 大切な人の為に(命、はちょっと惜しい気いするけど)ともなく懸命になる事のできる恋だ。 嫉妬だなんだを否定するつもりは更々ないが、最初から諦めるような性根は持ち合わせがあらへんがな。 うちみたいな(ええ女)は(ええ恋)をするもんや。 すっと背筋を伸ばして、大きく息を吸った。 「…悪い事してしもたな…。」 そう呟いてから、部屋を出てアスコットの姿を探す。 廊下に姿がないのを確認すると、カルディナは迷わず王子の執務室へと脚を急がせた。 それこそ子供のように、カルディナににまとわりついていた時期もあったのだけれど、今は何かと言えば歳が近いフェリオと連んでいる。 コンコン。 二回ノックをすれば、フェリオが顔を覗かせた。 「…アスコット、おる?」 コクリと頷き、しかし、フェリオは自分の口に人差し指を置いてみせた。少しばかり眉を垂れた表情で小声になる。 「いないといってくれって…頼まれた。」 「…そか、うち謝りたい思たんやけど…。」 躊躇いがちに部屋を覗き込もうとしたがフェリオに留められる。ふるりと首を横に振られた。 「アスコットには少々刺激が強かったようだ、」 そうだろうと思う。 魔法騎士の少女に淡い恋心を抱きはじめたばかりのアスコットには、自分の姿は狂気の様に思えたのかもしれない。 「いつかアスコットにもわかる…」 頭を垂れたカルディナに、かけられたフェリオの声色は、囁くようではあったけれど、確かな響きを持っていた。 「王子はん…?」 くしゃりと微笑むフェリオは、少年の顔はしていない。 彼が常に見せる表情とは違う柔らかな笑みは、確かに大人の男のものだった。 「こいつの事は俺にまかせろ。 大まかな話は聞いたが、カルディナはしなければならない事があるんじゃないのか?」 content/ next お題配布:確かに恋だった |