>※ラファーガ×カルディナ 出会い捏造


I love you not wisely but too well....


 視線が追うとはこの事だろう。

 カルディナは自らの行為に驚愕する。
「あ、ラファーガ。」
「ラファーガ、此処なんだが、」
「ラファーガ隊長。」
 何をしていても、その単語が加わるととっさに振り返る。
そうでなくても、耳がピクリと反応し、かの名を冠とする人間を捜す。姿を認めた後に吐く吐息は、何とはなしに甘かった。
 そして、一連の動作全てが無意識で行われるとあって、カルディナは形良い眉を大いに歪める。

 子供ではないのだから、理由に心当たりはある。けれど、それはただの好意なのだとも思った事もあった。
 とにかく自分とは違う人生を生きてきた男。
 己はと言えば幻術で人を惑わせ、利益のみを追求してきた。それが悪いと思った事もないし、今でも悪いと思っている訳ではない。一時の夢を差し出した事もあるし、幻術に負けてしまう人間の弱さを肯定してやるつもりもない。
 ただ、彼によって自分なりに築き上げてきた(価値観)が大きく揺らいだ事だけは確かだった。
 ただの馬鹿な男では無かった。
自らの弱さをしっかりと受けとめ、それでも諦めない強さを秘めた。カルディナの人生で皆無と言っていいほどに、出逢うことのなかった人物。
 どうして、そんな事をするのか、どうしてそんな考えなのか。
どうしてを繰り返していく内に、ただラファーガの事が知りたいのだと気が付いた。
 
 …どう考えても、これは惚れたんやろな…。

 艶やかな唇から漏れる息は、やはり熱い。
 けれど、そう気付いたてからのカルディナの行動は素早かった。
欲しい男を指を加えて眺めているような、そんな無能な女ではないし、うちのナイスバディに魅力を感じない男などいないという自負もある。事実、幻術などつかわずとも、色目ひとつで男達を翻弄してきたのだ。
 あわよくば、ラファーガから告白されてやろうなどと思ってしまうのは、カルディナにある絶対の自信故だった。そして、行動に移す事に躊躇もない。
 よろけるふりをして、抱きつく。胸元を擦り寄せ、ナイスバディを見せつける。斜め上に視線を流し、キスを強請るように唇を寄せる。
 本能に即した単純でありきたりな方法ではあったが、カルディナほどの上玉ならば面白いように男がかかった。
 けれど、始めてみれば『彼』はかからない。
 よろけて縋れば、横抱きされて医療を得意とする術師の元へ問答無用で連れて行かれ、胸元を擦り寄せれば「寒いのか?」と纏を巻き付けられる。
 これでは、ナイスバディもただの簀巻きだ。
 それでも、流し目を送れば「眠そうだが、疲れているのか?」と問われ、目を閉じて頬を染め上げれば「熱があるのか?」と真顔で心配される。
 ここまで来れば、朴念仁というよりも鈍感、酷く言えば不感症ではないかとカルディナは頬を膨らませた。
 それでも常に優しく扱われ、ふいに擦れ違う時にみせる笑みがカルディナの心を揺らし続ける。届かないと思えば尚のこと、ラファーガを見つめてしまう。

 今も柱を背に、カルディナはそっと彼を見つめた。
険しい表情のラファーガは、窓に映し出されるセフィーロを見つめるランティスをその視界に捕らえて放そうとはしなかった。

 うちらに見せる顔とは全く違う…。

 緊張を漲らせたラファーガの姿もまた魅力的ではあったが、纏う雰囲気の張りつめ方に、カルディナも思わず息を潜めてしまう。
 ジッと見つめ、幾度か口を開け閉めするとギュッと唇を噛みしめる。
そして俯いていた顔を上げ、ランティスに近付いた。
 距離が離れていて聞き取り難いが、何事かを話し掛け、しかし手にされなかったようだ。ランティスはラファーガを置いたままスルリと廊下を歩き出す。
 グッと握り込んだ拳の震えを見つめて、カルディナは眉を顰めた。
 ラファーガは眉間に皺を刻み、ランティスの背を見つめている。嫌悪か憎悪か、酷く力の籠もった瞳はまっすぐに彼に向かう。

…うちはとんでもない思い違うをしとるんとちゃうやろか?

 あれだけの、セクシーショットを狙い撃ちしても靡かない理由は、彼が朴念仁なのではなく、性的嗜好の相違によるものなんやろか!?
 
「…んなアホな!!!!!しゃれにもならんわ!!!」
 拳を握ってした絶叫は(喧しい)という声で遮られた。
 我に還って視線を回しても誰もおらず、ぽかんとしていれば杖で後頭部を叩かれた。何すんの!とツッコミを入れる前に、何をしているのかはお前だときつい叱咤が飛ぶ。

「廊下で奇行している女がいると言われて来てみれば、お前は一体何をしているんだ。」
 
 如何にも不機嫌だと綺麗な顔を歪めるクレフに、カルディナが(せやかて)と声を震わせる潤んだ瞳を見据えて、クレフは大きく溜息をつく。 
 ぺたんと床に座り込んだ姿は、普段よりも随分と彼女を幼く見せた。 
遠巻きに様子を伺っているだろう者達に、下がっていろと告げてからクレフはおもむろにカルディナに顔を向ける。
「理由を言ってみろ。」
 声の調子を緩くしたクレフを見上げて、カルディナは頬を膨らませた。目尻が赤く染まっているのは、状況を理解して羞恥に気付いたせいなのだろう。
 見つめられる視線に耐えられなくなったのか、プイと横を向く。
「どうせ、笑うんやろ…。」
「お前は子供か。」
「もうええ、放っといてんか!」
「放っておけるのなら、私が此処へ出向く訳がなかろう。」
「ええやろ、どうせうちはランティス以下の魅力しかないんや!!しゃあないやんか!!!」

 は?と怪訝な表情になったクレフが、堪えきれずに吹き出すと同時に、カルディナは再び声を張る。
「やっぱり笑ったやん!」
「笑うしかないだろう。」
 小さな肩を震わせる導師をひっつかんで、上下にゆさゆさ振り回したい欲求にかられて突き出した両腕をクレフは笑みを浮かべながら制した。
「お前はラファーガが好きなのだな。」
 唐突に、そんな台詞を吐かれると思ってもいなかったカルディナはカチンと動きを止める。どんな言い訳で誤魔化そうかと考えてみたが、頭の中は真っ白だった。
「ど、どうして、そないな…。」
「そうそう、さっきの問い掛けだったな。
 私が聞いたところ、初耳だ。どう考えても、お前の勘違いだろう。」

 真面目に答えんかてええやろ!!!と心の奥底では叫んでいたものの、カルディナの唇はパクパクと空気だけを出し入れした。
 
「…もうええって、…。」
 カルディナの口から空気以外のものが吐き出されたのは、暫く時間が過ぎてからの事で、廊下に座り込んで、ではなくクレフの私室に場所も移った後の事だった。
 それでも少々素直ではないカルディナに言い方に、クレフはふっと息を洩らす。
「あれだけ暴走しておいて、無かった事にはなるまい。」
 互いに向き合い、茶など飲みつつもカルディナの心中は穏やかではなかった。アホな事をしでかしたと自覚すればするほど、椅子の座りも悪くはなるが、カルディナはふっと視線を上げた。 
 子供の姿をした賢者は短気で知られているはずなのに、静かにカルディナに見つめている。
 
「こないな話…、くだらんて言われるかと思とったわ。」

 未曾有の事態を抱えているこの国。たかがと告げるのもよくないが、ただの色恋沙汰だ。そんな事よりも…と告げられたとて不思議はない。
 しかし、クレフはふるりと首を横に振った。
「カルディナ。
 セフィーロは心の強さがすべてを決める世界、心の有り所を蔑ろにするはずがないだろう?」

 小さな姫君を思いだしたのか、クレフの表情が微かに曇る。
ああ、とカルディナは想いだした。
 姫君と神官の純粋な恋心が異世界の少女達を巻き込み、大きな混乱となったのだったと。

 それは、今カルディナが抱えているような、たかだかの色恋沙汰だったに違いない。
 
「…そやったな。」
 ふっと、本当に我に戻った気がして肩から力が抜けた。
「うち、そんな大事な事も忘れる程に舞い上がっとったんやね。どうかしてたわ。」
 クスクスッといつもの笑顔を見せるカルディナに、クレフも微笑む。
「そうだな。そもそも遠目から見て悶々としているのは、お前らしくないだろう。」
「色々諸事情はあるんやけどね。ま、計算違いゆうやつや。」
 片目を眇めてみせるカルディナにクレフは(呆れた奴だ)と呟くのが聞こえた。

余裕もなくなるほどに、ラファーガに惹かれていたなどと計算違いも甚だしい。

 カルディナは小さく舌を出す。
告げてしまえばいいのだ。貴方という男が好きなのだと、そんな簡単な事すら出来なくなっていた自分がおかしくすら感じた。
 けれど、ひらりと手を振って身を翻し、扉の外へ出たカルディナは、女官と向き合うラファーガを視界に入れて、再び身を固くした。


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お題配布:確かに恋だった