>※ラファーガ×カルディナ 出会い捏造


I love you not wisely but too well....


 城内にはあちこちにサロンと呼ばれている社交場があった。用途は、公共の休憩所だったが、その規模は様々だ。大人数で騒げる場所があれば、密会でもするのかと思える目立たないこぢんまりとした場所もある。
 ラファーガは、アスコットに呼び出されたサロンを探し倦ねて首を捻った。通りがかる兵士や民達に聞いてみようかとも思うのだが、(内緒で)とお願いされた手前、そうするのも憚られた。
(このアタリのはずなのだが…。)
 執務を抜け出して来ているせいもあり、何と成しに気が焦る。そして大きな柱に隠れた椅子を発見して、確認もせずに座り込んだ。
「遅くなってすまない、場所がわからず手間取ってしまって…。」
 しかし、謝罪の言葉を口にして顔を上げれば、そこにアスコットの姿は無かった。艶めいた唇をツンと尖らせ、胸元で腕組みをしたカルディナがラファーガに、鋭い視線を送っている。
 不機嫌な表情を認め、ラファーガは間違えたのだと確信する。
 彼女は誰か別の人間と待ち合わせをしているに違いない。そんなところに、のこのこと座り込むとは、なんと滑稽な真似をしてしまったものだ。相手を羨ましいと思わないではないけれど、詮索などするものではない。
「…これは失礼を、私は場所を間違えたようだ。」
 腰を上げたラファーガに、(待ちや)と声が掛かった。
「いいから座り。アンタの待ち合わせ相手は、うちで正解や。」
「どういう、ことだ…?」
 まるで理解出来なかったが、取り敢えず彼女の言葉に従い座り直す。
そうしていると、まるで密会をしている恋人のような距離感に思わずドキリとする。
 如何と思うが、膝を付き合わせたまま脚を組み替える彼女に視線が持っていかれた。
「どういう事かは知らへんけど、アンタの話しを聞いてくれいうて頼まれたんや。」
 バサバサ扇子で顔を仰ぐと、面倒くさそうに息を吐く。
「可愛いアスコットの頼みやさい、無下に断れんやろ?」
 しゃーない。と言葉を足した、そして、ラファーガの方へズズイと身体を乗り出し、きっぱりと言い放った。

「時は金成りや、言いたい事があるならさっさと言うて。」
「それは…。」
 自分を気遣いアスコットがしてくれた事とはいえ、己が彼女と話したい内容はそれほどお気軽なものではない。けれど、これが機会というものかもしれない。
 ラファーガは暫く眉間に皺を寄せ考え込んでいたが、徐に顔を上げカルディナを見据えた。
「最初に逢った際に聞き置いておくべきだった事を蒸し返すようで申し訳ないが、どうか、気を悪くしないで聞いて欲しい。」
「なんやの?」
 ラファーガの物言いにカルディナは眉を寄せる。
 崩壊するセフィーロの中で、アスコットとはぐれた自分を助けてくれたのがラファーガだった。流石に悪行に荷担していた事実は言い辛く、暫くは黙っていたのだが、アスコットが王子と知り合いになった際に芋蔓式にばれてしまった。
「うちがザガートの手伝いをしとった事なら、もう知ってるやろ?そら、責められてもしゃあないけどな。」
 しかし、ふるりと首を横に振り、ラファーガは苦く笑うと俯いてしまう。
「それを言うのなら、私もザガートの手先となっていた。姫を守るべき親衛隊長でありながら、随分と情けない話だ。」
 前のめりになる格好のあまりの意気消沈ぶりに、カルディナは慌てて相手の肩を勢い良く叩いた。背を丸くする姿は、普段の彼を見慣れている者にとって哀れにすら見えたのだ。
「うちはお金もろてたけど、アンタは操られていただけやないの。いつまでも気にしたかてしゃーないやろ?」
 なんで放っておけない相手になったのだろうと思いながら、カルディナは思いつくままにラファーガに声を掛けた。
「慰めてくれるのか、優しいな。」
 いつの間にか上げられた顔は、柔らかな笑みを湛えてカルディナを見つめていた。
「…勘違いや、そんなこと、あらへん…!」
 急に気恥ずかしくなって、カルディナは相手の肩に置いていた自分の手を引き戻す。感じなかった体温がふいに沸き上がってくるのが酷く気持ちを掻き乱した。
「そうではないだろう?お前は優しい女だ…。」
「違う言うとるやろ!しつこい男は嫌われるで!」
 褒められているのだから、此処は流して於けばいい。普段の彼女ならそう考えていたはずだった。なのに、ラファーガに(優しい)と言われる度に心臓が痛む。その理由がわからずに、カルディナは困惑した。口から出てくるのは辛辣な言葉ばかり。もっと上手くやれるばずと感じるほどに、戸惑いだけが広がった。
 取り乱すカルディナの様子に、ラファーガの態度は変わらなかった。
少し困ったような表情ではあるが、笑みを崩す事はない。カルディナがどうしてそこまで自分を卑下しているのかだけが理解出来ずに、戸惑った。
「そんな事はない。お前は優しい人間だ。だから、どうしてザガートに荷担していたか不思議に思っていた。」
「本当の魔法騎士の伝説なんか、知らんかったからや! 知ってたら、あんな後味悪い事なんか、誰が手を貸すか!」
 叫んでしまってから、カルディナははっと息を飲む。

 何て甘えた事を告げているのだろう。
 金に目が眩み、自ら悪行に手を染めた。それが事実のはずだ。だからこそ、優しいなどと言われて居たたまれなくなったのではないか。

 硬直したカルディナに、しかしラファーガは、嬉しそうに微笑んだ。
「そうだと思っていたが、一度確認をしたいと思っていた。答えて頂いて、感謝している。」
 頷くラファーガの様子はただ嬉しそうで、だからこそカルディナは余計に混乱した。何故自分を信じる?簡単に許される罪ではない。
 国を救おうとした者達の邪魔をどれだけしてきただろう。後悔という言葉では納まりきれないほどの錘は、心の中に重く沈んでいた。
「それだけ!?それだけなん!?
 うちはセフィーロの為にならんことをしとったんよ!普通は罰があったりするんやろ!?」
 ラファーガは混乱するカルディナの両手を包み込む。
「お前は反省をしたのだろう?だからこそ、こんな危険な国に留まり手助けをしてくれている。私は感謝の言葉を告げる分でも、罵る言葉など持ち合わせてはいない。勿論、王子も導師も同じご意見だ。
 だから、心おきなくチゼータへ避難して欲しい。何度も言うが、カルディナが危険な目に会う必要などない。」
 ありがとうと、お礼の言葉を残して立ち去る騎士を、カルディナは言葉もなく見送った。彼の生き様は、まるで自分とは違うのだとそれだけは知れた。
 それでも心がザラザラとしていて、酷く居心地が悪かった。
納得し、立ち去っていったラファーガとは、恐らく対称的な心持ちなのだろう。
 いっそ呼び止めて、怒鳴ろうかとさえ思った位だ。
『勝手に考えて、勝手に納得して、うちの気持ちは置き去りか!』
 けれど、それこそ自分本位な言い方だ。セフィーロに居残っているのも、自分で勝手にしている事なら、ザガートに荷担した事だとて自分で勝手にしたことに違いない。なのに、今更自分の気持ちをわかって欲しいと言うのもおかしな事だろう。
 チゼータへ戻れといった彼の気持ちをずっと誤解して、聞かないふりを決め込んでいた自分では、厚顔無恥にはなりきれない。
 それでも、モヤモヤしている気持ちは納まらず、カルディナは元凶に対して声を張った。

「アスコット! そこら辺いるんのはわかっとるんや!隠れても無駄や、出て来い!」
 
 一度怒鳴っただけでは反応が無いが、いると確信しているカルディナが声を低めもう一度アスコットを呼んだ。
 敢えて下げる声は、地獄の響きをもってアスコットの耳を揺さぶる。
「頼み事しといて、黙って聞き逃げるなんてうちは許さへんで。」
 口端を僅かに上げた禍々しい笑顔を浮かべれば、怖ず怖ずを身体中で表現したアスコットが廊下の突き当たりから顔を出す。
「何でわかったの?」
「当たり前や。頼み事しといてさっさと逃げだすような薄情な子やあらへんからな、アスコットは。」
 目を細める仕草に、アスコットは身体を縮める。
「ううう…気になって盗み聞きしてたって言ってくれて良いよ。」
「ようわかったな。」
 扇でぺしぺしと顎を叩かれ、アスコットはワタワタと視線を彷徨わせる。
「でも、悪い事した訳じゃないだろ? ラファーガだって納得したって言ってだだろ?」
 アスコットの言葉に、カルディナはグシャグシャと後頭部をかき混ぜ不機嫌そうに顔を歪ませる。
「あの男は納得したかもしれけんけど、うちは納得なんてしてないわ!」
「なんでさ、ラファーガ。カルディナの事褒めてたじゃないか!褒められると嬉しいものだろ!?」
 セフィーロ城内で友達の働きが褒められ、嬉しいという感情をたっぷりと味わったアスコットは口を尖らしてカルディナに反論する。

 ラファーガに褒められる→カルディナは嬉しい

 そんな公式が出来上がっているらしいアスコットに、大人の世界はもっと複雑なんやと怒鳴りそうになり、流石に大人気無いかと踏みとどまる。
 大袈裟に扇を振って、カルディナは踵を返した。
「これは、借りやな。アスコットに貸しといたるわ。」
 途端、アスコットの顔色は真っ青になった。
「カルディナに貸しなんて、王子の代わりに導師の小言を聞いた方が何百倍マシだよ!!!!」
 即座に強烈なパンチを後頭部に喰らい、アスコットは沈黙する。
「ホンマの事でも、言っていいことと悪い事があるんが大人の世界や!修行がたらへん,
 これは愛の鞭や!わかったな!?」
 
  酷いや、カルディナ、ホントの事ならいいじゃないか!!

 と思いつつ、微笑みつつも前頭葉に怒りマークを浮かべたカルディナに、アスコットは沈黙を保った。


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お題配布:確かに恋だった