>※ラファーガ×カルディナ 出会い捏造


I love you not wisely but too well....


「元気やったか。」
 軽やかな足取りで、カルディナは金髪の青年に近付いて、上背のある背中をポンと叩く。
 セフィーロ城の廊下。
 しかし、それは仮のものと言うべきか、外に面した天井から床まである窓硝子からは、波打つ地面と真っ暗な空が見えていた。
 「柱」であったエメロード姫を失ったこの国は、仮住まいである城以外はすべて無に帰している。
「…カルディナ。」
 無骨な男らしいと評される男は、僅かに唇を緩めた。笑顔というにはぎこちないものの、それが青年の愛想だ。
 しかし、すぐに表情を固くする。
「まだ、此処にいたのか。この城もいつ崩れるかわかったものではない。戻れる手段があるのなら、チゼータに戻った方がいい。」
「そうは思ってるんやけど、アスコットの事も気になってしもて、踏ん切りがつかへんのや。。
 それとも、侵略してきてるチゼータ出身のうちは邪魔もんか?」
「そんな事は言っていない。」
 ラファーガは憮然と言い返す。
「そないな怖い顔せんでも、冗談やて。」
 カラカラと笑い、カルディナは男の広い背中をバンバンと叩いた。
「そうかもしれないが、私は冗談を言っていない。
 この国は色々な意味で危険なのだ。お前は安全な場所に逃げる事ができるのだから、そうした方が良いと告げているだけだ。」
 
 …生真面目や…。

 カルディナは扇に隠れて舌を出した。
柔軟性の欠ける真面目さは、カルディナには少々苦手だ。 ザガートの元にいた際に良からぬ事をしていたが、操られていたこの男は全く記憶にないらしい。
 日々崩れていく大地から人々や生き物を救う事に無我夢中のラファーガにとって、カルディナや(アスコットでさえ)庇護の対象でしかない。
 (仕事一筋で、面白味がない。良い人の範疇を超える事など考えられない。)
 つまるところ、カルディナの評価はこうだ。しかし、踊り子である彼女は、女である武器を熟知していた。頼りになりそうな男に、媚びを売っておいて損がない事を知っている。
(何せ彼は、元柱親衛隊長で、この城の実力者のひとりだ)
 打算的な采配に、アスコットは少々否定的だったけれど、所詮他国者の自分の手助けなど、望まれてはいないはずだとカルディナは考えていた。
 魔獣でさえ受け入れてくれた城でも、それは元々セフィーロの民だからだ。
「そないに気にかけてくれるなんて、アンタ、うちに気があるんやろか?
 うちも満更やないわ〜。」
 うふふと妖艶な笑みを浮かべたカルディナに、ラファーガは一瞬顔を強ばらせた。しかし、眉尻を落とす困った表情に変わる。
「手当たり次第にそんな科白を告げるものではない。お前のような者に告げられれば本気にする者も出るだろう。」
 なんちゅーノリの悪い。
「失礼やわ。あんさんにダケやないの。」
「…そうか、それは失礼した。」
 いや、だから真面目に返されても。
特有のノリを乱されて、カルディナは頭を掻き毟りたくなる衝動を抑え、くるりと背中を向ける。
 ラファーガが何か言いたげに口を開いたのが見えたが、もう付き合いきれないと判断した。
「ほな、また。」
 挨拶もそこそこに、カルディナはそこから立ち去った。ラファーガは見送り、フウと息を吐く。
 どうにも彼女との会話は続かない。
色々と気になる事もあり、彼女と話をしたいと考えているのだけれど、こんな風だ。
 今なぞ、折角彼女から声をかけてくれたのに。

…残念だ。
 
「なんだ、ラファーガ此処にいたんだ。王子が呼んでたよ?」
 途端にかけられた声に、大男の身体がビクリと大きく震える。
「どうしたの? あれは、カルディナ?」
 遠ざかっていく女性の背中に気づいたアスコットは、ラファーガの表情を伺うように顔を上げた。
 ラファーガの表情は困惑しており、もう一度息を吐く。
「私は彼女に嫌われているらしい。」
 ラファーガの言葉に、アスコットは嗚呼と苦笑する。
「カルディナは軽いノリが大事らしいからね。それとお金だったかな。」
「私にはどちらも縁遠いモノに違いない。」
 彼女と対峙した事がある大抵の人間が口にする言葉に、アスコットは慌てて弁解を試みる。
「でも、カルディナ、本当は優しいんだ。」
「それは、わかっている。」
 柔らかな笑みを浮かべて微笑むラファーガに、アスコットはあれと声を上げた。
「ラファーガもカルディナは苦手なんだと思ってたよ。」
「チゼータの言葉は慣れないが、苦手ではない。
 …そうか、アスコットにも私が彼女が苦手そうに見えるのだな。」
 少しばかり困った表情のラファーガに、アスコットは小首を傾げた。

 ◆ ◆ ◆

 ペンが紙を引っ掻くカリカリとした音が止んだ。
フェリオは机の(正確にいうとその上に積み上がっている書類)上から顔を上げ、アスコットを向き、耳に右手を当てて首を傾げた。

「なんだって?」

 ムウと頬を膨らませ、ほらやっぱりとアスコットは腰を乗り出した。
「王子、やっぱり僕の話を聞いて無い。」
「仕事に集中していたって言ってくれよ。」
 大まじめに返し、それは粗方正しいのでアスコットは溜息を一度だけ出してから、もう一度同じ説明を繰り返した。
 それは近頃頻繁に見る事が出来るラファーガとカルディナの様子で、もの言いたげな彼と噛み合わない会話の彼女…という有様だった。
 今度は一言も聞き逃さないようにと注意深く耳を傾けた結果、ファリオは何でもないようにこう答える。

「ラファーガは、カルディナのことが好きなんじゃないのか?」

 けれど、目を丸くしたアスコットはぶんぶんと首を横に振った。有り得ないと声を張った。アスコットの余りにも完璧な否定ぶりにフェリオは目を丸くした。
 そして、口元に拳を当ててくくくっと笑い出す。
「何笑ってるのさ、酷いな。」
「だって、お前、そこまで否定しなくても…。」
 ははは、と一頻り笑い、フェリオはこう切り返した。
「カルディナはチゼータの人間だろ? だから崩壊しつつあるセフィーロにいる事が、ラファーガには気になって仕方ないのさ。」
「危険だから、帰国を薦めてる…?」
 フェリオはコクリと頷き、けれど悪戯な笑みを浮かべる。
「だからと言って、ラファーガがカルディナを好きだって話とは別だと俺は思うがな?」
 ふうむ。と考え、アスコットは(危険だから)という理由に納得の多くを置いたようだった。
「……まぁ、カルディナは自称ないすばでぃだから、ラファーガが気になっても仕方ないけど。」
「自称って、絶対怒るぜ。だいだいお前はカルディナをどう思っているんだよ。」
「う〜ん…僕にとって彼女はお母さんみたいな感じだからそんな風に見た事ないし…。」
 あの若さでお母さん…フェリオは苦笑するしかない。
「…やっぱり怒るな。」
「じゃあ、じゃあ、フェリオはどうなのさ!」
「そこは、好みの問題。
 俺は頭脳明晰、亜麻色の髪で翠の瞳が好みだな。腰は細く胸は大きからず、小さからず、掌に納まるものを理想としている。」
 シレッと言い切るフェリオに、アスコットの頬は一気に赤くなった。
「莫迦王子、いきなり何言い出すんだよ!!」  
「お前は?」
 当然に続く問いに、アスコットは顔を真っ赤にさせた。
「僕は言わないよ、言わないからね!」
 青い長髪の少女が脳裏で微笑んだが、アスコットは断固として抗議の声を上げる。ウミの胸とか、そんな事…!!!
 しかし、慌てて声を潜めて、取り繕うように言葉を続けた。
「じゃあ、カルディナが真面目にラファーガの話を聞いてくれればいいって事なの?」
「単純に言えばそうだが、お前本当にそれだけだと思ってるのか?」
「どうして? ラファーガがカルディナを好きになるなんて有り得ないよ。
 それにカルディナだってザガートの所にいた時も全く相手にしてなかったもん。もしも好きになったら、ラファーガが可哀想じゃないか。」

「…でも、それが好きになるって事だ。」

 少しだけ真摯な表情になりフェリオは告げる。
「お前もいつかわかるだろうけど、それが恋だ。」


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お題配布:確かに恋だった