※ラファーガ×カルディナ


 唐突に雨が降り出したのは、今のセフィーロでは珍しい事ではなかった。『柱』が存在していた時のような都合の良さは、今は無い。こうして思えば、母の懐に守られた胎児の様に自分達は生きていたのではないかと、降りしきる雨にラファーガは思う。
 それは酷く危うい世界だったのではないだろうか。
「何難しい顔してんねん。」
 雨を見つめ、眉間に皺を寄せるラファーガにカルディナは、腰に腕を当てて得意げに微笑んだ。
「平気、平気心配いらへんて。」
 口に出すことなく己の悩みを理解してくれたのかと感心するラファーガに、カルディナは一瞬きょとんとした表情を見せてから、カラカラと笑った。
「うちは、雨に濡れへん方法を知っとるだけやん?」
 やはり、自分の心を見抜いているのだなと再度感心しつつラファーガはカルディナの行動を見守った。
 彼女は踊る様に、腕を動かしてオーブの中から片手に乗る細長い固まりを取り出す。見たことのない道具だった。 
「これは、折りたたみ傘っちゅうもんや。」
 カルディナは器用に折り畳まれた纏のようなものから一本突き出した棒を掴み、頭上に掲げると同時にそれを開いた。
 頭の上に、半円を描いた布が幾つかの棒を支えにして広がっている。
「ほら、こうして使うんやで。」
 彼女はそのまま棒を肩に掛けて、外へ出る。カルディナがしていると身体を彩る装飾品の一部にも見えた。ボツボツと不思議な音が響き、雨粒は全て頭上の布は防いでいるようだ。
「雨が沁みる事がない布か…魔法なのか?」
 不思議そうに首を捻り、ラファーガは彼女が翳す傘を指先で摘んむ。布の上を雨の粒がポロポロと面白い様に落ちていく。薄紅色の布から、カルディナが顔を半分だけ覗かせる表情は可愛らしく、ラファーガはの頬を僅かに紅潮した。
「ちゃう、ちゃう。ぼうすいかこうってフウが言うとった。特別な布なんやて。
 こう雨が降るとセフィーロにも必要やろ? プレセア達創師達に協力してもろて、セフィーロ産の傘つくろう思てんねん。
 勿論、王子はんの許可も取ってあるよって心配いらへん。」
 ほい。と同じ固まりがラファーガに差し出された。開いてみると、それは彼女のモノよりも大きく、黒色だ。
「うちのが女物、ラファーガのが男物や。構造を解析するに当たって、フウに買ってもろた奴やから、城に戻ったら返してや。」
 無言で頷き、ラファーガは彼女と肩を並べて歩き出した。ポツンポツンと鳴っていた傘は、今はザアという音になっている。結構な降りだか、雨が漏らない事に感心した。
 ふいに思い立ち、ラファーガは隣を歩く彼女に話し掛けた。
「…昔はセフィーロにはこのような雨は降らなかったが、チゼータもそうなのか?」
「チゼータはもっと降りよるよ?」
「でも、夕方にバケツをひっくり返した様な雨が降るだけやし、すぐ止む。皆わかっとるから外に出えへんのよ。
 ちなみに、オートザムは環境汚染で外に出えへんから傘は使わんし、ファーレンは帽子を被って雨を凌ぐ。彼処は霧雨の多い国やさかい。」
「そうなのか。」
 国を出た事のない自分は、本当に物知らずだとラファーガは改めて感じる。各国を旅したのだろう彼女は、常に機知に富んでいて自信に満ちあふれている。
 狭く小さな世界しか知らない己にとって、カルディナは眩しく尊敬できる女性だ。
 
「おや…?」

 ふっとラファーガは、軒下で途方にくれた表情の子供がふたり空を見上げているのに気が付いた。ひとりは少女。もうひとりは彼女にスカートにしがみついている男の子だ。
「どうした?」
 ラファーガは膝を折って、子供達の視線に自分の視線を重ねて問う。彼が城の親衛隊長を務める者だという事に彼等はすぐ気付いたようだった。
 少女はぺこりとお辞儀をしてから、事情を言葉にした。
「お使いに来たんだけど、雨が酷くて…。」
 おうちに帰れないんだと、呟きちらりと男の子を見る。
「私ひとりならいいけど、弟に風邪を引かせたくないの。」
 再び視線は、止まない雨に向けられる。此処は心の国。願いは叶うのだけれど、それは都合の良い世界という訳ではない。雨は平等に全てに降り注いでいる。
 ラファーガは自分の持っているモノに気付き、躊躇う視線でカルディナを見上げた。彼女はそれに気付き、にやりと口端を上げる。
 さっさとラファーガの持っていた傘を取り上げると、少女に差し出した。
「これな、雨がかからん傘っちゅうもんや。あげるさかい、濡れんようにして帰り。」
 姉弟は不思議そうに顔を見合わせてから、傘の柄を二人で持った。
ボツボツという音に少々吃驚して居た様子だったが、雨が掛からないことに気付くと、ぱあと表情が明るくなる。
 お礼を言って帰路に向かう小さな背を見送って、ラファーガはやはりカルディナは素晴らしい女性だと確信する。
 会話するでもなく自分の心を悟り、そして、必要とあれば商売ものの傘を躊躇いなく譲ってやる。彼女が普段見せている底抜けに明るく、少々がめついと言われる性格の中に、そんな彼女が共存していることが素晴らしい事なのだ。
 彼女はいつも、いい意味で自分の考えを裏切るってくれる。

「すまないな、カルディナ。商売モノを。」
 (ええっちゅーねん。)カルディナはそう告げて、妖艶に微笑んだ。
そして、彼女は自分がさしていた傘をラファーガへと差し出した。雨を防ぐものをひとつになったのだから、ふたりで入るのが当たり前だろう。
 背の高い自分が棒を持つのも当然だと、ラファーガはそれを受け取る。
「うちも、ただ考え無しに傘あげたんとちゃうから。」
「それはどういう事だ?」
 彼女の笑みは悪戯な笑いだ。うふふと唇を舌で湿らせる仕草は、獲物を前にした捕食者のようでもあった。
「言い訳をあげる、いうとるんよ?」
「なんの事だ?」
 彼女の告げる意味を理解出来ずに、ラファーガは首を捻った。
「こうして、ふたりきりで街を歩いてても、ラファーガはうちの手ひとつ、握ってはくれへんやろ?」
「そ、それは公衆の面前で些か…。」
 わーってるがな。
 ひらと手を振り責めたい訳やないと笑うと、カルディナの頭がラファーガに凭れかかる。
「濡れるとあかんやろ?せやから、くっつくのは、当たり前や。」
「カ、カルディナ」
 上擦った声がラファーガの動揺を示したが、カルディナはそしらぬフリで自分のモノを絡める。スリスリと愛らしい仕草で頬を寄せる。
「なぁ、肩でも抱いてくれへんと、うち傘からはみ出てしまうで。」
「そ、それはすまない。」
 慌てて回された腕に、カルディナはふふと笑った。
「こういう考えがあってのこと、や。」


下心ですがかまいませんか?


 かまうもかまわないも、そんな彼女に惚れているのだと、改めてラファーガは思うのだ。



お題配布:確かに恋だった
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