ランティス×光


「よく来てくれたな。」
 にこりと微笑んで、フェリオは風の手に口付けを落とす。押し留める隙がない自然な動作に、口の悪い海ですら異を唱える事はないのだ。
「アレが王子様って奴よねぇ。」
 少々呆れた声色ではあるが、海はそう評する。光は風とフェリオを眺め、小首を傾げる。
 白馬に乗った王子様が出てくる絵本は、兄達が繰り返し読んでくれたものだ。
 しかし、気障で物語の後半に出てきて、何をするでもなくあっと言う間に姫君の心を奪ってしまう王子様に、兄達は不満があるらしく『こんな男ろくな奴がいないから気を付けろ』という教訓が必ず付いてきた。
普段では勿論会う事もなく、光もそういうものなのかと思っていたが、目の前の光景にハタと思い直す。
 (親友と仲良くしている彼は王子ではないか。 )
 けれど、彼は身分を鼻にかけたりしない気さくな人物だったし、魔法騎士として闘った時には充分な力になってくれた。
 コクンと大きく頷き、鼻息も荒く光は海に告げる。
「私、兄様達に違うって言わなくちゃ!」
 きょとんと光を見つめる海は、急にどうしたのと首を傾げる。
「だって、兄様達は王子なんてロクな奴はいないって言ってたけど、フェリオはそんなことないんだ。兄様達に、説明してあげなくちゃ!」
 光の言い分を聞いていた海は、唇に指先を当ててう〜んと苦笑いをする。
「光のお兄さん達は、フェリオがロクな奴じゃないって言った訳じゃないと思うのよ?」
「でも、フェリオは王子だよ?」
 海の言う事がいまひとつ理解出来ないまま、光は問い返すものの、海はクスクスッと笑うのみ。
「だからね、お兄さん達が言っているのは、(光の王子様)の事よ。」

 ◆ ◆ ◆
 
「私の王子様〜。」
 珍しく腕組みをした光は難しい顔で庭園を歩いていた。
海の言う事はわからないではない。けれど、自分の目の前に白馬の王子様が現れたところで、兄が言うように心惹かれる(騙される)とは思えない。
 そこのところがよく分からないのだ。
「どうした、ヒカル?」
 百面相をして歩いていた光をランティスが呼び止める。
彼はこの頃見慣れた神官の衣装でなく、剣士の時の服装を身に纏い、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
 光の顔を見ると、にこりと笑った。
「色々と楽しそうだったな。」
「楽しそう?」
「ヒカルの表情は見ていて楽しい。」
 澄んだ碧眼を細めて、ランティスは笑うと大きな掌を光の頭に置いて、撫でた。
柔らかく撫でられると、猫耳がはにゃ〜んとなりそうになる。
「私、ちょっと悩み事があったんだよ。」
「悩み事か?」
「そう、だから難しい顔をしていたつもりなんだけど。」
 キョトンとした表情をしたランティスは、ククッと笑い出す。光はもう!と声を上げたものの、つられて笑った。

「俺には話せないような事か?」

 ひとしきり笑った後、かけられた言葉に何故だろう光は赤面した。
柔らかな表情で、けれど真剣に対してくれるランティスに(私の王子様)なんて妙な話をしたいとは思わなかったのだ。
 光がコクンと頷くと、ランティスはそうか、とだけ呟く。残念そうな表情に、光は胸がチクリと痛んだ。

「ランティスが気にするような事じゃないんだ。私のちょっとした悩み事だから。」
 努めて笑顔で。そうした光にランティスの表情は益々曇る。
「ちょっとだろうと、そうでなかろうと、力になれないのなら残念に決まっているだろう。」
「う、うん…。」
 そうだろうと光も思う。ランティスが悩んでいて、それがどんなに小さな事でも無力だったとしたら私も残念に決まっている。
「ごめんね、ランティス。」
 しょんぼりと下を向く光の頭に、またランティスの掌が乗せられる。
ポンポンと軽く叩く仕草に顔を上げた光を見つめて、ランティスは笑う。
「それでも話せない事はある。ならば、気晴らしに草原にでも行ってみないか?」
「草原?」
「この間偵察に行った時に、綺麗な花が咲いている丘を見つけた。ヒカルに見せてやろうと思っていたところだ。」
 ぱあっと笑顔になる光が返事の変わり。ランティスは剣を翳し、黒馬に似た精獣を呼び出した。
「久しぶり!元気だった!?」
 ギュッと鼻先にぶら下がる光に、精獣も嬉しそうに鼻を擦り寄せる。
ランティスはクスリと笑い、手綱を引き寄せると召喚した精獣に跨った。
 そうして、光に手を差し出す。
「行こう、ヒカル。」
 柔らかな笑みと纏が、ゆるく風に舞った。
黒い馬と、黒いマントで、金髪碧眼ではなかったけれど。


王子かもしれない


 ひそりと心の中で考え、光は頬を染めたのだった。


お題配布:確かに恋だった
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