(OVAフェリオ※拙宅設定+TVフェ風)


触れた手のひら、離れる瞬間が別れだと知っていたけど


 東京タワーの展望台。
 風は窓を背にして、瞼を落とし一心集中しているフェリオを見つめていた。数分の時間が過ぎても何も起こらない。
 呼び掛けようとした刹那、異変が起きた。
 床に大きな穴が開いて、まま引き吊り込まれて底なしに落ちていく、人生で2度体験した感覚を感じた。
 バサバサと煽られる服と、肌に叩き付けられる風に、耳元で轟音が響く。くるくると空中を翻弄される体。

 恐る恐るギュッと閉じていた瞼を上げる。

「あ…!!」

 眼下に広がる海、山、草原。空に浮かぶ島々と、澄んだ青空。最初に(魔法騎士)としてエメロード姫に召喚された時に目にした風景そのものだった。
「セフィーロ…!!」
 じわりと涙が溢れてくる。
けれど、落下していく自分を迎えに来てくれる精獣の姿はない。ひょっとして、まま地表に叩き付けられるのかと、風は自分を此処へ送り込んでくれた人間の名を呼んだ。

「フェリオさん…!!」

 それが合図だったのか、ガクンと落下が止まった。
体は空中を流れる風に煽られるものの、頭を下にした状態で風の体はまま空に浮かんでいた。
「…これは、どういう事ですの、フェリオさん?」
「フェリオって呼んで欲しいって言ったろ?」
 ふいに聞こえた声に、風の表情が変わる。
白い纏が風に揺れていた。翠の髪もバサバサと激しく煽られている。それでも、懐かしく愛おしい顔を見失う訳もない。 
 自分と同じように、空中浮遊している相手は風を見て柔らかく微笑んだ。

「逢いたかった、フウ…!」
「フェリオ!!」

 溢れる涙と共に伸ばした指先は、同じように伸ばされた指先を絡め取る。互いの体温を感じ取る事が出来ても、ふたりの距離はそれ以上縮まる事はない。

「…フェリオ、どうして…こんな。」
 手の届く場所にいるのに、どうして…風の瞳から涙が溢れて空に舞う。
もう一度お逢いしたら、話したいこと、やりたい事が多くあった。
 それが、指が触れるだけのただ、顔を見るだけのこんな再会しか出来ないのでしょうか?
 しかし、風の心情を知らぬようにフェリオは真顔で言葉を続ける。
「お前が見ている通り、セフィーロは再生し皆元気で暮らしている。全てお前達のお陰だ。ヒカルやウミにもありがとうと伝えて欲しい。
 セフィーロの者は皆、お前達に感謝している。」
「そんな風におっしゃるのは、貴方がこの国の王子だからですか?私は…。」

 私はただ貴方にお会いしたいだけ。お礼を言って頂きたい訳でないのに。
 
 止めどもない涙が止まらない。触れ合っている指ですら、突き放したい願望に駆られる。
「あれは、ただ昔の出来事だったと…そうおっしゃりたいのですか?」
 思い出として、忘れていくだけのモノだとフェリオは言っているのかと、風はそう感じる。
 しかし、フェリオは顔を曇らせなかった。二度目の別れと同じように、柔らかな笑みを浮かべて話し掛けてきた。
「フウがそう想うのなら仕方ない。でも俺は必ずお前に会いに行く。
 いつになるかわからない。でも、俺達はセフィーロとお前の世界を結ぶ道を必ず繋ぐ。けれど今は、脆く崩れやすい。
 だからお前をセフィーロに呼ぶ事も、俺が越える事も出来ない。」

 振り絞る力で、引き寄せられ風の体はフェリオに近付いた。
 それでも届かない距離に風は瞼を落とす。口付けを交わすように、フェリオもまた目を閉じる。
 
 触れない唇は、硝子越しのキス。

「あの時、お前は約束を守ってくれた。セフィーロを守り、戦いを終わらせ、そして俺の元に戻って来てくれた。
 けれど、俺は見守るだけで、お前に何もしてやれなかった。だから…。」

 今度の約束は、俺がお前に託す。

『必ず、逢いに行く。』

 長い長い一瞬は、再び東京タワーの床に立つ己に気付く事で終わりを告げた。
 荒い息を紡いで集中をといたフェリオは、両手で顔を覆って立つ風を、ただ見つめた。
 彼女がどうするのか、どう思うのか。フェリオには見当も付かなかったのだ。
そうして、ゆっくりと風は顔を上げた。
 ポツポツと床を濡らす滴が頬を落ちてはいたけれど、表情は柔らかい。
「私はお逢いしたいと、それだけ願っておりましたのに。」
 クスリと笑い、風は睫毛を指先で拭う。
 綺麗で、それでいて揺るがない強さを持った笑みは、フェリオの知る風と同じものだった。
 何度泣かせたか知らない、愛おしい女。

「彼は未来を考えて下さっていました。
 私、それを知る事が出来て本当に良かった。感謝致しますわ、フェリオさん。」
 
 触れた手のひら、離れる瞬間が別れだと知っていたけれど

 フェリオは帰宅する風の背中を見送り、ふっと息を吐いた。
 彼等の逢瀬が別れにしかなならないと知っていた。それでも、手を貸したのは彼等が(もうひとりの自分自身が)どうするのか興味があったからに他ならない。
 けれど、これでは完全な完敗だ。相手が自分であるだけに、不甲斐なさが募るというものだろう。

「さて、と。どうやって謝ろうか、な。」

 呟く表情は苦い。
 レイアースでフウと喧嘩をしたまま、セフィーロに戻ったのだ。それから数日、仕事が手に着かない状態が続き、そして今に至っている。
 心の迷いが、違うフウの声を聞き取ってしまったのだろう。
喧嘩の種は、本当に些細な事だった。謝ったところで何の弊害があったというのだろう。素直になれない自分に苦笑する。
 ゆっくりと手を空に翳した。
 陽光に透ける掌を見つめて、フェリオは口端を軽く上げた。
 逢うことすら叶わない、自分達が存在するというのに。どれほどに贅沢だったのか今更ながら悔いた。愛おしいものを抱き締める事がどんなに大切なのか、そんな簡単な事を忘れてしまうほどに自分は幸せだったのだ。
 もう一度、窓に映る星を見上げてから、フェリオもまたその場から姿を消した。


〜Fin



お題配布:確かに恋だった



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