(OVAフェリオ※拙宅設定+TVフェ風)


触れた手のひら、離れる瞬間が別れだと知っていたけど


 クレフは奇妙な気配にふっと顔を上げる。
 執務室。どこからか湧いて出てきたと感じる気配に、座っていた椅子から身体を起こした。
「これは…?」
 ふいに現れたにしてはそれは、何処かで感じた事のあるものだ。
己の身近な人物にとても近しい気を持っている。しかし、その本人ではない証拠に、雑音のような別の力が混じっている。

「導師…?」

 どうなさったのですか?と問うてくるフェリオ王子に、クレフは一瞬面食らう。自分のいる位置が把握出来ず、どうして彼が此処にいるのかすらわからない。
 しかし、怪訝な表情を向けるフェリオの背景は廊下。執務室から気配を探りつつ、身体がそれを追って廊下を歩いていたらしい。
其処で、フェリオと合うというのも奇妙なものだが…。
「俺の顔に何かついていますか?」
「いいえ、王子の顔には…。」
 そこまで口にして、再びクレフは絶句する。
見慣れたフェリオの頭一つ程高い位置に、もう一つフェリオの顔があったのだ。
「随分巧妙な結界だな、入れないかと冷や冷やしたぜ。」
 顔はそう愚痴ると、眉間に皺を寄せ嫌な顔になる。奇妙で不可思議な光景には、クレフですら失った言葉を取り戻すことが出来ない。

「…お、俺!?じゃなくて!!!お前、誰だ!?」

 振り返った途端、脱兎の如くクレフの方に飛び退ったフェリオは、人差し指を突きつけ叫んだ。だが、相手は余裕の笑みを浮かべる。
「随分と間抜け面だな。」
「お前に言われたくない!!!貴様、魔物だな!!」
 瞬時に突きつけられた長剣に、突きつけられた本人は、否定するも余裕がある。
「待った、待った。俺は頼み事があって、このセフィーロに来たんだ。」
「信用出来るか!!!」
 高らかに吼えたフェリオに(王子)とクレフが声を掛ける。そして、もう一人のフェリオに声を掛けた。
「お前の服装は、魔法騎士達が着ていたものと類似している、何者だ?」
「通りすがりの精獣使いだ。」
 冗談じみた口調でそう答えると、表情を引き締める。
「俺は異世界の(セフィーロ)から来た人間だ。東京にいるフウの為に力を貸して欲しい。コイツとフウを逢わせてやりたいんだ。」
 間抜けな顔で剣を突きつけていたフェリオは、示された指先を見つめて(へ?)と声を出した。

 ◆ ◆ ◆

    「嘘っ…!? 鼻についてる傷まで一緒じゃないの!?ちょっと背が高いし、随分大人っぽいよね。」
「低くて、ガキっぽくて、悪かったな!!」
 アスコットの感嘆は、フェリオの抗議にめげる事はない。
 髪が、瞳が、顔立ちがと、騒がしく口しながら、異世界人であるフェリオをじいっと見つめた。
 当のフェリオはというと、奇妙な表情でアスコットと横に座るランティスを交互に見ていたが何かを振り切る様に視線を落とした。
 彼には彼の事情があるのかもしれない。ランティスはそう感じる。

彼の住まうセフィーロとは、どのような世界なのだろうか?

「それで助けとは?」
 しかし、ランティスは疑問を口にすることなくクレフからの用件をそのまま相手に伝えた。それをうけ、異世界から来たというフェリオは部屋にいる四人−クレフ、アスコット、フェリオ、ランティス−をぐるりと見回した。

「…その前に聞いておきたい。フウ達がこちらの世界へ来れないのはどうしてか知っているか?」
 
 最初にそんな言葉が出てくるとは思っていなかったのだろう。皆同じく一瞬目を見開く。そして、クレフが問いに答えた。
「推測は出来るが、確証は持てない。」
 その答えに、良かったと告げフェリオは笑った。
「なら、いい。無理を強いるつもりが無いことを確かめたかっただけだ。
我慢の効かない奴がいそうだしな。」
 ちらりと視線の先には、もう一人のフェリオだ。視線の意味に気付いたフェリオがムッとした表情になる。そして他の皆の失笑を買った。
「俺だとてもどかしいとは感じるが、強いてもしかたない。その為に、この国の人間達が努力している。」
 冷静なランティスの対応と、落ち着かないアスコットの様子は対照的だ。彼は、どうしても異世界のフェリオに問いたい事があり、それを早く口にしたいのだ。
「ねぇ、ウミには逢った? どうしてるの!?」
 けれど問いに、フェリオは首を横に振った。
「俺があっちの『東京』に降り立ったのは(フウ)が呼んだからだ。
 たとえ、他の誰が呼んだって俺にはわからなかったと思う。だから、ウミの事は知らないし、逢ってもいない。すまない。」
「…やっぱり…、だよね、フェリオだから仕方ないよね。」
 落胆に肩を落とすアスコットに、フェリオは憤慨し、腕組をしてプイとそっぽを向いた。
「お前だって、ウミ馬鹿じゃないか。」
「フェリオほどじゃないって。」
「どういう意味だよ。」
 仲が良いほど喧嘩をするというが、言い合うふたり見遣ったフェリオはランティスの視線を感じて、こちらも首を横に振った。無表情だったが、落胆した様子は隠せない。

「余談になった。助けとは、コイツをこっちの境界線まで魔力で押し上げて欲しいんだ。俺は、東京のフウを連れてそこまで飛ぶ。」
 
 ◆ ◆ ◆

 同じ顔の人間がいても、その事情は随分と違うものだとフェリオは思う。
こちらとのタイミングを合わせる為に、(この)セフィーロの時間軸を理解しようと思うのだけれど、思考は様々に飛ぶ。
 ランティス、アスコット、クレフ…誰をとっても己の世界とは違っていた。そこに、フェリオは迷いを感じる。
 果たして…という思いを募らせていれば、ずかずかと乱暴な足音が近付いていた。
見れば、白い纏を翻してフェリオの姿が見える。
 不機嫌そうな表情に笑いが漏れた。色々と違いのある世界だが、この(フェリオ)と自分はやはり似ていると思える。
 こちらの顔を見るなり、未だ幼さの残る表情の眉を吊り上げ口を開く。
(一体どういうつもりなんだと)という抗議の内容を聞けば、自分だけフウと会える事への期待と後ろめたさのようだった。
 彼を見る表情に苦笑が浮かんだのが、フェリオ自身にもわかる。
「何笑って…だいたいアンタは、良いことをしてるつもりなんだろけど…「違うさ。」」
 ピシャリと言い返されたフェリオが、目を見開くのが見えた。何か言いたげにはするものの、反論はしてこない。
「わかっていないようなら言うが、俺がしようとしている事は、酷く残酷の事だ。
 …道が繋がるのがいつなのか、誰も知らないだろうし俺にもわからない。
明日かもしれないが、お前達の寿命が尽きた遥かに先である可能性も、否定は出来ない。
 だからこそ、僅かでも希望を与えてしまうことが、どんな絶望よりも残酷である事は知ってる。」
 
 一目相手に会ってしまえば、その思いは募るだろう。諦めてしまえば楽にもなれるだろう気持ちはわかる。

「ふざけるな!」

 大きく腕を振り抜き怒鳴るフェリオを、反対に目を見開いて見つめ返す。

「アンタはそうやって諦めて来たとでも、言うつもりか!?
俺はアンタじゃない、そんな事出来るか!!何の力もないなんて言い訳をするのはもう沢山だ!!」
 一呼吸置き、フェリオの言い放った言葉は納得のいくものだった。
 
「俺はフウに逢いたいんだ…!」

 恐ろしい程に真面目な形相の(自分)を見て、沸き上がってくる笑いを堪えきれない。まさに、腹を抱えて笑う様子は我ながら滑稽だとフェリオは思う。
「何が可笑しい!」
 けれども相手が怒るのも当たり前で、殴りかかりそうな行動にフェリオは片手を彼の前に置いて振ってみせる。
「…!?」
 一瞬動きを止めた相手に、フェリオは(自分を笑ったんだ)と伝えた。そんな答えを返されたところで納得はいかないのだろう。表情を険しくする相手を、まあ聞けと制する。
「つまり、今の状態でも、一度きりならこっちへフウを渡す事は可能だ。知ってるんだろ?」
 恐らく悪魔の囁きになるだろう言葉を敢えて吐き、フェリオは自分を見つめる相手からの答えを待つ。
「それが、どうした。
 無理矢理召喚して、別れの悲しみを与えるだけの逢瀬なんて、俺はごめんだ。」
 
 何度も何度も繰り返し。互いを教えあい、そして知る。
それは、魔法騎士達を想う者達全員の願いだ。

「俺はフウと幸せになるんだ。」
 言い放つ声が心地良い。
「その強さ、今の俺に分けてくれよ。」
 クスリと笑うフェリオを、今度はキョトンとした顔が見つめていた。


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お題配布:確かに恋だった