(OVAフェリオ※拙宅設定+TVフェ風)


触れた手のひら、離れる瞬間が別れだと知っていたけど


 東京の少しだけくすんだ青空には緑輝くセフィーロ。
それを見上げて、風は何度目かもわからない溜息をついた。
 東京タワーから見えるその情景は、光や海そして風にしか見ることの出来ないもの。だからこそ、再会の日はきっと直ぐに訪れると思っていた。
 なのに、三人は未だセフィーロへと向かう事が出来ずにいた。
休日や時間の空いた時に集まり、強く願ってはみるものの。セフィーロへの扉は開かない。
 そして、ふと空いた時間には東京タワーへ脚を運んでしまう。三人で無理なものが、ひとりで何とかなるとは思えなかったけれど、つい向いてしまう心と脚を風は止める事が出来ずにいた。
 それは、光や海も同じだった様子で、集まった時にはそんな話も出た。

『あの方に逢いたいと願うのは、無駄な事なのでしょうか。』

 俯いた顔と同じように気持ちも堕ちる。けれど、風は迷う心を振り払う様に、頭を振った。ギュッと目を閉じて、弱い気持ちを打ち消すように強く願う。

『フェリオに逢わせて下さい!』

 とん…。

 床に降り立つ音がした。
俯いたまま瞼を上げると、白い地に黒いラインが幾つも入ったバッシュが見える。つられて視線を上げた風は目の前の人物に息を飲んだ。

「…フェリオ…!?」

 翠の髪。琥珀の瞳。顔に在る傷も、そもそも顔立ちはフェリオだったが、見慣れた王子服でもセフィーロの旅人だった服装でもない。
 地球の、それこそ東京の若者が普通に着用している、ジーンズとTシャツ。麻のベストを重ねているところなど、本当に地球に暮らしているかのような服だった。
「フウ…?」
 笑い掛けようとしたフェリオの表情も固まった。怪訝そうに眉を顰めて風の顔を覗き込む事で、彼が(己の記憶よりも)高身長で顔立ちが大人っぽい事にも気がついた。
 難しい顔をしているフェリオはじいっと見ているのを止めて口を開く。
「…フウ…?なんかお前、随分とちっこくならないか?」
 フェリオの視線が背ではなく胸元にも注がれていることに気付いて、風は頬を紅潮させた。
「…失礼ですわ! 貴方こそ私の存じているフェリオとは少しばかり違います!」
 顔を赤くして抗議した風に、フェリオはクスクスと笑い出す。そうして、もう一度風に向き直った。
 ポリと鼻を指先で掻く。

「どうやら別の世界に来ちまったみたいだな。」

 ◆ ◆ ◆ 

 側にあるファーストフードに入り、ハンバーガーと飲み物のセットを注文して二階席に座る。見慣れた紙コップでジュースを飲むフェリオが珍しくて、風の視線は釘付けになっていた。
「そんなに見つめられると、流石に照れる。」
 カップを手に目を眇めて見せるフェリオの戯けた仕草は、想い出の彼そのもので、風は目尻にじわりと浮かぶ涙を止められなくなる。鞄の中からハンカチを取り出し、慌てて目尻を拭った。
 それを見遣り、フェリオが問う。
「こっちの世界での俺達は、自由な行き来が出来ないんだな。」
「はい。あの、フェリオ…さんは、どうして此方へいらっしゃったんですか?」
 フェリオは一瞬小首を傾げたが笑みを戻して風に向かい、自分は魔法が使える事と、魔法を使用しての異次元への移動が可能であることを告げた。
 そして此処へ降り立ったのは、風が自分を呼ぶ声がしたからだと付け加えた。
 彼の説明の中で、何よりも風が驚いたのは(異次元と自由に移動が出来る)という事実よりも、彼が魔法を使うという事だった。
 自分の知るフェリオは剣士で、魔法を好まないような素振りすらあったからだ。感想を述べると、フェリオはハハと笑った。
「俺も幼い時には剣士に憧れてたし、精獣に選ばれなかったらこうはならなかったと思う。
 勿論、選ばれた事に不満なんかないけどな。」
「どうしてですの?」
「俺が精獣使いでなかったら、フウ…レイアースの女性だが、フウと逢う事は出来なかった。理由なんて単純なものだろ?」
 優しい笑みを浮かべるフェリオに、風の心は揺れた。
彼は勿論自分の知るフェリオではない。けれど、同じ顔立ち、同じ声で、目の前にいて話し掛けてくる。これで、願うなと言われる方がどうかしているだろうと思う。
 逢いたい。私の、フェリオに。
 
「…貴方は異世界に渡る魔法をお持ちなんですよね?」

 自分の知るセフィーロでは、誰も使う事の出来なかった魔法。
 (召喚)ならばエメロード姫と、そして自分達が可能とした魔法だったけれど、今その願いは叶わない。
 理由はあるのかもしれない。一度だけだったが、叶った魔法が今使えない理由はきっとあるのだろう。
 けれど、どうしても逢いたいと言う願いは留められない。
「貴方にお願いがあります。私をセフィーロに連れて行って下さいませんか?」
「…。」
 フェリオは腕を組み、瞼を閉じる。
彼の口から出たのは肯定とも否定ともつかない言葉だった。
「見知らぬ場所へは飛べない。」
「先程ご覧になったでしょう?
 東京タワーから見える星が私達の世界の『セフィーロ』ですわ。」
「視覚的な距離が、飛ぶ距離とは限らないそれに…。」
「それに、何ですの?」
「推測だから続きは言えない。でも、お前にとって、今は望まない事柄だと思う。」
 極めて冷静に対応してくるフェリオに、風は憤りを感じた。
 どうしてわかって頂けないのだろう。少しでも可能性があるのなら追いたい。僅かでも良いのだ。
 貴方に逢いたいのに。
 目の前にいる人物が(フェリオ)でなければ此処までの想いにはならなかっただろうに。それとも、私などに、貴方は逢いたくないのだろうか?
 くだらない、支離滅裂な思いが胸を塞いでいく。冷静な判断が欠如しているのだと思う冷静さすら風には失われていた。

「それに、逢いに行くとして、お前だけで良いのか?こっちにもいるんだろ、ウミとヒカル。」

 フェリオの台詞に、あっと息を飲む。
  脳裏に、光と海の顔が浮かんだ。コクリと頷き、風はまま俯いた。不甲斐なさに心臓がギュッと締め付けられた気がする。
 一緒にと誓ったはずなのに。
 たった今、自分の願いだけを叶えようとした。

「…私。自分の事ばかりで…。浅はかでしたわ。」
 
 もしも、目の前の彼が二つ返事で承知したとして、私は彼女達の事を思い出しただろうか? 浮かれて、自分だけが彼の手を取ってしまったのではないのか?
 二人が笑い掛ける様子を思い浮かべて、風は泣きそうな気持ちになった。

「…出よう。」

 顔色を青くして黙り込んでしまった風にフェリオはそう声を掛けた。コクリと頷くと、飲みかけのジュースを指さす。
「いるか?」
 いらないと告げる代わりに首を横に振る。
「そうか。」と返事をし、フェリオは自分のものも纏めて店に据え付けられている廃棄用のボックスに捨てた。トレーはその上に置いて、出口に向かう。
 追う事を躊躇う風に、フェリオは手を差し出した。
え…と声を漏らし、フェリオと彼の手を交互に見遣る。風の様子に、フェリオは眉を寄せ、しかし笑った。
「来いよ。」
「…よろしいのですか?」
「何勘違いしてるのかわからないが、俺は怒っている訳じゃないぜ?」
 中腰になった風の手を握って、フェリオは足早に店内を後にした。紅潮していく頬を止められず、風は視線を彼の足元に落とす。
 
 抱き締められた事もあるし、膝枕をして差し上げた事もあった。

 でも、こんな風に手を握って歩いた事などなくて、彼が(見知ったフェリオ)でない事はわかっていても、動悸が納まらない。
 そもそも、男性と手を繋いで歩いた事がない。唯一の例外は父と祖父だ。

「緊張してる?」
 動揺は掌から伝わるのだろう。戯けた口調のフェリオに風は、今以上に頬を染めた。
「あの、私、男の方と手を繋いだ事がなくて…。」
「そうなのか? お前と手を繋がないなんて、そりゃあ(俺)じゃないな。」
 ハハッと軽く笑い飛ばして、フェリオは東京タワーの見える公園で風の手を握ったまま、ベンチに座らせた。そうして、両手を彼女の膝に置く。
「例え、別の(フウ)だとしても俺はお前を危険な目に遭わせる訳にはいかない。だから、お前を連れて飛ぶことは出来ない。」
 ゆっくりと言い聞かせる様に告げられた言葉に頷いた。
彼の言葉は理解出来る。ただ、僅かばかり抱いてしまった希望が自分を酷く刺激しているだけ、それが辛い。
「でも、俺だけが行くのなら問題はない。」
 きっぱりと告げられた言葉に、風はハッと顔を上げた。


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お題配布:確かに恋だった