フェリオ×風


貴方となら二人 何度でも恋したい


「違うもの、フウそんなことしないよ。」
 唇を尖らし、それでも小声で反論する。
「じゃあ、勝負よ。
 私、王子の絵を描いてる途中なの。だからどっちの絵が上手なのか勝負しましょう。平気よ、導師様に比べて頂いたら、私だってお姉ちゃんがひいきされてるなんて言わないわ。」
 どんどん俯いていくフウの様子を勘違いしてか、少女はそう付け加えた。しかし、フェリオには彼女の顔が歪んでいく理由がわかっていた。
 フウは絵が苦手だ。不得手なもので競争など出来るはずがない。フェリオの知る彼女なら、明晰な頭脳で不利な状況を変えていくのだろうけれど、今は幼い少女だ。
 それに、恋愛(と呼んでいいのかはわからないけれど)事は、勝敗で決するものではないだろう。二人の少女を取りなそうとした瞬間に、フウは小さな声で、けれどしっかりと声を発する。
「…やる…。」
「わかったわ。」
 コクンと頷き、座り込んだ。真剣そのものの表情で、唇を軽く尖らせて先程から描き進めていた絵に向かう。
 フェリオを間に置いて、フウもお行儀良く床に座る。キョロキョロと見回すので、少女は一瞬だけ顔を上げる。
「そこにあるやつ、使ってもいいわよ。紙も分けてあげる。」
 散らばったクレヨンに似た画材を指で示してから、再び絵に向かう。
「頑張れよ。」
 フェリオは積まれている紙から、一枚だけ抜くとフウに手渡した。コクリと頷いて、フウはじっとフェリオを見つめる。
 ふわふわした巻き毛や、色良く染まった頬も確かに(風)なのだろうが、澄んだ瞳や真摯な眼差しというものは、どんなでも変わらぬものだと感心する。
 そして、一向に描こうとしないフウに、どうしたと聞いた。
「…見ないと描けない、から…。」
 恥ずかしそうに下を向くフウの当たり前の答えに、フェリオはそうだなと素直に同意して、笑った。
 
 
 ◆ ◆ ◆

「私は、絵師ではないのだぞ。」
 困った表情のクレフは、両手で二人の少女が描いた王子の絵を交互に眺めた。
片方は幼い子供が良く描くような、大雑把で顔の特徴だけを描いたものだ。王子の翠の髪と琥珀の瞳、それに顔の傷が大きく描かれている。全体的に明るい色合いで、取り立てて上手でもないが、うっと呻るものではない。
 けれど、もう片方の絵はクレフをして、一瞬息を詰まらせるものだった。
先ず顔が青い。顔らしきものの下半分が青く縁取られ、目の中や鼻(だろうと推測出来るもの)も黄色だったり青かったりしている。全体を見ても、チグハグな点で造られたパッチワークのようだ。
 人間と呼べばそうかもしれないが、魔物だと言えば頷く者はいるだろう。背後から見つめているプレセアも言葉を発する事はない。
「う〜ん。これはどちらも王子なのだな。」
「そうよ。」
 さあ、どうなのと少女に詰め寄られ、まあ待てとクレフは彼女を制した。これで優劣をつけろと言われても、一目で勝負はついてしまう。
 魔物と人間ならば、取り敢えず王子は人間なのだから。
 ギュッと服を握りしめていたフウは、自分の絵が可笑しいであろう事を誰よりもわかっていた。困った表情でそれを見つめるクレフ達を見ていて、居たたまれなくなったのだろう。
 パッと顔を上げて声を張る。
「わかってる!フウは絵がヘタなんだから!わかってるもん!!」
 翡翠の瞳からじんわりと涙が溢れていく。
「でも、フェリオは好きなものを描けばいいって、だから私、フェリオをかいたんだから!ヘタでも、一生懸命かいたんだから!!」
 
「フウはフェリオのこと大好きだもん!!」
 ほろほろと涙を流して、叫ぶフウにフェリオも少女もあっけにとられる。ヒックヒックとしゃくりあげるながら、息を詰まらせる様子はフェリオも初めてみる姿だった。
 常に人を気遣い、相手に不快な想いを抱かせないようにと行動する風にも、こんな感情にまかせて動く事があるのだ。
 すと、少女はハンカチをフウに突きつけ、お姉さんぶった口調でこう告げる。

「だったら、初めから正直に言えばいいのよ、意地はっちゃってさ。聞いてる私の方が恥ずかしいわよ。」

 少女から渡されたハンカチを目に当てて、フウは何度も息を詰まらせた。

「これからは、ちゃんと言います…。」
 
 すんすんと鼻を啜る音が聞こえていたと思うと、ふいにボンと低い音がした。
 モワモワと不自然な煙が立ち登った後には、皆が見慣れた風が立っている。
但し、服装はふわふわしたキャミソールと下着。今のプロポーションでは極めて悩殺的な姿だ。
 え?と周囲を見回し己の状況を確認するも、そこでは頭が動かない。呆然と見つめるフェリオとクレフの視線に、彼女の明晰な頭脳はやっと働き始めた。
「…っ、きゃあ!!!」
 風は改めて、自分の姿に気付き胸元を両腕で抱え込むようにしてしゃがみ込んだ。恥ずかしくて、恥ずかしくて、穴があったら入りたい心境とはこういうものなのだと思い知る。
 パサリと肩に掛けられたのは、フェリオの纏。風は片手で抑えて、端を身体に巻き付けた。
「確かお前の服はウミが持っていったはずだから、貰い受けてこよう。」
 何故を問うこともないフェリオは拳を唇に当てて、クスクスと笑った。 そして、小声で耳打ちをする。
「そういう姿は、出来れば二人きりの時に見せてくれよな。」
「フェリオ!」  恥ずかしさの余り甲高い声になって、慌てて口元を押さえる。 ジッと、何かを聞きたそうな周囲の視線を感じて、風はもう一度フェリオの名を呼んだ。  薄ぼんやりと、さっきまでの記憶はあるものの、何故を問われても答えられない。 「ま、待って下さい。私も行きますから。」
 慌てて立ち上がれば、大きく開いた纏の間から顕わな脚が晒される。隠そうと慌てた途端、絨毯に爪先を引っかけ転びそうになり、あ、と顔に手を当ててみれば眼鏡がない。それで視界がぼやけているのだ。
「目が見えてないんだろう。だったら俺に掴まれ。」
 差し出された手に、掌を乗せればギュッと握られ引き寄せられる。
「…あ、すみませ…でも、急に引っ張られては、」  
 危ないですわ。と抗議しようとした風の瞳には、目を細めて微笑むフェリオの顔が映る。
「大好きって、嬉しかった。」
 風はカッと頬を赤くしたまま、文句も口に出来ないままフェリオに連れられて、海のいる場所へと向かった。しっかりと繋がれた指先がふたりの気持をより強くしているのだけが見て取れた。

「…あれって何?魔法?」
 少女が問うけれど、クレフはさっぱりだと頭を捻る。
色恋沙汰は、こんな年寄りには理解出来ない法則があるのかもしれないなどと真面目に考えた。
 そして、答える事が出来ない問いの替わりに別の言葉を口にした。
「フウは絵が下手なわけでなないのだな。」
 クレフは幼いフウが描いた(王子)を見て感心したように頷く。
「どういう事でしょうか?」
 小首を傾げるプレセアに、微笑んでみせる。
「フウは物事を観察する力に恵まれている。だから物を見る場合細かな部分までしっかりと見えてそれを写し取ろうとするのだ。
だから、王子の顔の周りは青い。」
 男性にしては、王子は肌の色は白い。そうならば影の部分は青味がかかる。幼い子供にはない洞察力が、風の絵をヘタにしていたのだ。

「ま、何にしても人騒がせってことよね。」

 フンと鼻息を荒くした少女に、導師クレフと言えども苦笑するしか無かった。


〜Fin



お題配布:確かに恋だった



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