フェリオ×風


貴方となら二人 何度でも恋したい


「ランティス!!」
 東京から降り立った光は、ランティスの姿を見付けるとパッと表情を変える。
 顔中が笑顔のまま走り寄り、大男の右手にぶら下がる。破顔したランティスも柔らかな手つきで少女の腰に腕を伸ばした。
 子猫か子犬の様に無邪気な光の姿に、海は苦笑を漏らす。
「ああいう甘え方って子供の特権よね。」
「私は光さんらしいと思いますわ。」
 風は唇に手を当てて、クスクスと笑う。そうね。と同意してから、海は難しい顔をして見せた。
 ひらと手を振る。
「光だからいいのよ。私はもう無理。変な意味で大人なのかしらね。」
「海さんもなさったらよろしいのに。アスコットさんも喜ばれますわ。」
 そう告げた風に、海は眉尻を上げる。
「そういう風もフェリオにしてみたらいいじゃない。」
「私が、でしょうか?」
 風の疑問に海は頭で情景を浮かべてみた。
 セフィーロに着く。待ちきれなかったと言わんばかりに、風が駆けだし、満面の笑みと共にフェリオの腕の中に転がり込む。
「………ちょっと、イメージじゃないかも…。」
 再び難しい表情になった海に、風はそうですわね。と微笑む。そのうち、アスコットとフェリオが連れ立ってやって来て、海と風もそれぞれのお目当ての相手と、思い思いに散って行った。

「良く来たな。待ってた。」
 
 フェリオが琥珀の瞳を半ばまで睫に隠すようにして微笑むと、風の右手に触れた。指先を絡めあうと、少しばかり恥ずかしくて風は頬を染めて俯いた。
 それでも、伝えたい言葉は口にする。
「私もお会いしたかったですわ。」
「そう言ってくれるだろうと思っていても、お前の口から聞くと嬉しいよ。」
 ニコニコと笑うフェリオに、どう言葉を返したらいいのか風は迷う。本当は(私も嬉しい、大好きです!)と叫んで抱きついてもいいかと思う時もある。
 でも、やはり恥ずかしくて(ありがとうございます)と告げて笑うので精一杯だ。
子供の様に…さっき海の告げた言葉が甦る。ランティスにだきつき、そして抱き留められる光の姿も思い出された。
 そんな大胆な意志表示など恥ずかしいという想いで、ついつい留めてしまうけれど、無邪気に情を表現してみたいと思う心は確かにあった。
「何考えてる?」
 ヒョイとフェリオが顔を覗き込む。端正な顔が直ぐ近くにあって、風は真っ赤になって距離をとった。
「フェリオ…!」
 抗議しようと名を呼ぶ風の足元に、タタッと走り寄ってくる影がある。それは幼い少女で、風を見てフェリオと手を繋いでいるのを見ると、紫がかったふんわりした髪を懸命に振り猛然とその手を引き剥がしに掛かった。
 そんなに強く握っていたわけではないので、あっさりと手は離れて、少女はフェリオの左手を両手で持って占領する。
「手なんて繋いじゃ駄目…!王子のお嫁さんには私がなるんだから!!」
「え?」
 目を丸くする風に、フェリオはやれやれと髪を掻き上げた。そして、彼女の名を優しく呼び掛ける。
「いいか、最初に言った通り俺が結婚したいのはフウだ。幾らお前が頑張ってくれも、そいつは譲れないぞ。」
 フェリオの言葉に風は真っ赤になったけれど、頭をちぎれるばかりに振る少女は違う違うと声を張った。
「違うもん!王子のお嫁さんになるのは私だもん!!強く願えば叶うんだってみんな言ってくれたもん!!」
 ぎゅうとフェリオの手を握って離さない少女はギュッと目を閉じて叫ぶ。
「私王子大好きなんだもん!!」
 騒ぎを聞きつけて、慌てた様子で執務官がひとり飛んできた。少女をフェリオから引き剥がして、何度も頭を下げて去って行く。
「あの…一体…?」
 風の問いかけに、フェリオは苦笑しながら、光がランティスに告げた言葉のお陰で城内で(結婚)が流行っていることと、さっきの少女は先程の執務官の娘で、母親が病で面倒をみれない間だけ城に連れてきた事。その間に遊び相手になってやったらすっかりと懐かれた事を風に告げた。
「フェリオは本当にお子様に人気がありますわね。」
 ほおと息を吐いた風に、俺が子供みたいなもんだからなとフェリオは笑った。

 ◆ ◆ ◆

 中庭に据えられた三人掛けの椅子。
 談笑が途切れ、フェリオが飲み物でも持って来ようと立ち上がる。彼を待っていれば、先程の少女が廊下の柱から覗き見しているのが見えた。
 にこりと風が微笑むと、気付かれたのだと気付いた少女が顔を真っ赤にした。風船のように頬を膨らませて風の側に近寄って来た。
「こんにちは。」
 風は微笑むと、少女はいっそう不機嫌に可愛い顔を歪める。
「ずるい…。」
「私がずるいですか?」
 小首を傾げた風に、少女は頭全体を使って大きく頷いた。
「王子はずうっと好きだって話し掛けたりしてくれてるのに、お姉ちゃんはお返事してないもん!なのに、優しくして貰って…ずるいよ!」
 鼻を啜って、涙を拭う。
「私だって王子大好きなのに。」
「私もフェリオの事、好きですわ。」
 正直にそう告げて、風は微かに頬を赤らめる。子供相手に何を言ってしまっているのだろうと気恥ずかしさを感じた。
 けれど、風の様子は少女にとって面白くないものだったらしく、子供ながらに精一杯風を睨む。
「違うもん!私の方がずっと好きなの!
 やっぱりずるい、お姉ちゃんは、私が子供だって思って本気じゃないもん!」
 
お姉ちゃんなんか、キライ!!

 涙にまみれた声で告げると、少女は再び走り去ってしまう。
「あ、待ってくださ…。」
 引き留めようとした手をままに、風は息を吐いた。
「当たっているかもしれませんわね…。」
 純粋な子供の言葉ゆえか、思うところに風はぽつりと呟く。イメージではないとの海の言葉ではないけれど、形づくってしまった『鳳凰寺風』という器からはみ出さない様にと、自らし向けているところがあるのは確かだ。
 自分らしく。
 それが足枷にも感じられて風は惑う。ひとときでも自分を引き戻し、幼い子供にでもなれば違う自分を見付ける事が出来るのだろうか…。
 そうやって、フェリオと逢う事で違う言葉を投げ掛ける事が出来るのだろうか。

強く願えば叶うんだって皆が言ってたもん!

「幾ら此処が想いの国でも、そんなに都合よくはいきませんわね。」
 そして、風は苦笑し少女を捜すべく後を追った。

 
 ◆ ◆ ◆

「風、ケーキも持って来たから、一緒に食べましょう。」
 トレーを手に、フェリオにくっついて来た海と光は、中庭を見回してフェリオを振り返った。
「いないみたいだけど?」
 きょんと光がフェリオに問いかけるが、フェリオも首を捻る。
「…此処で話しをしていたんだが、変だな。」
「どこ行ったのかしら…あれ?」 
 視線を滑らせると、椅子から少し離れた場所に少女が立っている。
 ふわふわした亜麻色の巻き毛が可愛らしい女の子。キャミソールに似たワンピースを着て、地面をじいっと見つめていた。
「可愛い、こんなとこでどうしたの?」
 話しかけた海に少女は恥ずかしそうに俯いてから、たたっと木陰に隠れてしまった。
「誰かしら、また城勤めしてる人の子供?」
 しかし、じいっと少女を見つめたフェリオが口を開く。
「…お前、フウだろ?」
 フェリオが呼び掛けると、光と海が驚愕の表情で少女とフェリオを見比べる。
「嘘でしょ…!?」
「フウ。」
 もう一度フェリオが呼び掛ければ、怖ず怖ずと木陰から顔を覗かせた。翡翠の瞳に、バラ色の頬。
 面影は確かに風のものだ。
「おいで、ほら。俺だ、フェリオだ。」
 膝を落としにこりと笑い両手を伸ばしてやれば、子犬の様に近付いてくる。警戒心はあるようだったが、フェリオの手が届くまで近付いて来た。
 恥ずかしそうに視線を下げて、少女は三人をちらちらとのぞき見る。
「本当だね、風ちゃんに似てるよ。」
 光は好奇心満々の瞳で少女を見つめるが、海は頭を抱えた。
「風だったら、どうして小さくなっちゃたのよ!?不思議いっぱいのセフィーロだから!?」
「どうなのかなぁ…理由はわからないが。確かめてみるか?」
 フェリオはクスリと笑い、少女を両手で持って抱き上げた。急な事で驚き、見開いたつぶらな瞳に問う。
「名前、言えるか?」
「ほうおうじ、ふう…。」
 辿々しい言葉は、確かに見知った少女の名前を告げた。


 ◆ ◆ ◆


 ぐぐっと海が握りしめたのは、脱ぎ捨てられた風の服。それを振り翳し、彼女は745歳の物知りに詰め寄った。けれど、クレフは眉間に指先を当てて、難しい表情になったものの『わからない』と答える。
「(わからない)なんて答えなら、私だって言えるわよ!!何か他にないの!!!」
「無茶を言うな!」
「う、海ちゃん落ち着いて、それに風ちゃんの服がしわくちゃになっちゃうよ!」
 東京の現実的には有り得ない出来事に、パニックを起こしている海を光は必死で宥め賺す。
 他の人間も海の勢いに圧され遠巻きに眺めるのみ、そして、少し離れた椅子に座ったフェリオの膝で、風は絵本を眺めていた。
 不安な感情も、与えられた絵本に夢中になって忘れているらしい所は、如何にも風だとは海の感想だ。

「面白いか?文字、読めないだろ?」
 フェリオが話し掛けると、紅潮した頬でふるふると頭を横に振る。あどけない表情を浮かべて絵本を指さした。彼女の両膝をすっぽりと隠してしまう大きな絵本には、色とりどりの精獣達と花々が描かれていた。
 そして、フウの差した精獣は何処か(創造主)に酷似している。
「おはなすき、この子もかわいい。」
 はにかんだ表情で笑う少女に、フェリオはクスリと微笑んだ。
「フウは絵が苦手だと言ってたが、お前は絵が好きなんだな。」
「えはだいすき…でもじょうずにかけないから、フウはへただって、いつもいわれるの。」
 今度は幼い表情が悲しそうに歪む。唇をキュッと噛みしめて見る間に涙が溺れそうになる。幼い少女にとって、絵が下手なのは重要な悩み事なのだろう。
 色々な事をそつなくこなすからこそ、フウの心は深刻になるのかもしれない。
「なぁ、フウ?
 フウは絵を上手に描きたいんじゃなくて、お花やモコナが好きで描くんだろ?
 下手とか気にせずに、フウが描きたいものを描けばいいんじゃないかと、俺は思うけどな。」
 きょとんと見つめる翡翠に、フェリオは微笑む。
「フウの好きなもの描けばいい。そうだな、(俺)だったら嬉しいけどな。」
 膝の上の少女に告げた言葉は、クレフに向かっていた海の意識を呼び戻す。くるりと体を反転させ、般若の形相でフェリオに指を突き出した。
「ちょっと!!幼児相手に何口説いてるのよ!!この変態!ロリコン!!!」
「う、海ちゃん!!!」
「ロリコンの意味はわからないが、身体が小さくなっても、この子がフウに変わりないだろ?
 俺はフウに惚れてる。」
 可愛い頬に口付けを落とすフェリオにフウは嫌がりはしなかったが、くすぐったいと笑った。
 次ぎなる罵詈雑言を喉まで登らせた海の前を大男が横切った。
「……そうだな、王子の言う事は正しい。」
 ランティスは愛しい少女にそう告げると、光の肩を抱く。疑問符を抱く少女に言葉を続けた。
「それに小さくなってしまった原因がわからない以上、こうして集まっていても仕方なかろう。行こう、ヒカル。」
「う、うん。」
 コクリと頷いたヒカルを伴い、ランティスが部屋を後にする。
「ランティスの言う通りだ。神経が高ぶっているのなら薬湯をやろう、来るかウミ。」
 クレフの問いかけにウミは額を抑えたまま頷いた。そしてアスコットに向き合う。
「落ち着いたら、一緒にお菓子を食べましょうね。」
「うん。じゃあ、荷物持ってあげるよ、ウミ。」
 主要人物が部屋から姿を消せば、その他大勢も己の居場所へと移動を始める。そして、部屋にはフェリオと小さなフウだけが残された。


ほたてのほ様より



お題配布:
確かに恋だった


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