風ちゃん生誕2009


 誕生日が近づいていた。

 蕾が綻ぶ春先ではなく、太陽の光を身体中に浴びる季節でもない。底冷えのする寒さと、白い雪が彩るのが私の誕生日だと、風は思う。
 何故、この季節に生を受けたのか。
今まで疑問にすら思った事もない言葉が頭に浮かんでいた。
 
 青い髪が美しい友人は、冬の寒さを思わせる潔癖な性格をして、本質は芽吹きはじめる草花のように柔らかく優しい。
 紅い髪が愛らしい友人は、夏の日差しそのままに情熱的で真っ直ぐな女の子だ。

 では、私は…?

 寒い寒いこの時期に生を受けた意味とはなんだろう。冷たい性格と言えばそうかもしれない。本能の命ずるままに行動するよりも、場を分析し都合の良いように振る舞う部分は確かに自分の中にある。
 良い子ぶっていると、陰口を言う級友もいた。
 だから、私は冬に生まれたのだろうか? 心に冷めた部分を持っているから?

「どうしたの? フウ?」

 ふいに呼ばれた名前で引き戻される。眉を寄せ、怪訝な表情のプレセアの顔が目の前にあった。慌てて、首を横に振る。
「い、いいえ。なんでもありませんわ。」
「そう? 急に塞いだような顔になったから、何か気になる事でもあったの?」
 眉を孤に戻すと、プレセアは笑みを口元に浮かべた。紡ぎ出す両腕がゆっくりと椅子に腰掛けた風の肩に置かれる。
「何でも言って頂戴。折角、誕生日に記念のドレスを作るんですもの。フウが気に入ってくれるものが作りたいわ。きっと、王子もそう望んでいらっしゃるはずよ?」
 フェリオの名に、風は頬を熱くした。
 今日彼は公用で城にはいない。その変わりと言う訳ではないだろうが、近々行われる風の誕生祝の席で着るドレスを、プレセアに頼んで行ったのだ。
 彼がいない事に寂しさを感じたものの、ドレスを作るという行為は風を夢中にさせるには充分だった。色、形、細工。何をとっても迷う事ばかりだが、それが楽しい。
 テーブルに並べられた布は、すべて基調は翠。
 翠は好きな色でもその色味は多種多様で、生地を選ぶ事もままならない。何故ならどれも甲乙つけがたい程に綺麗なのだ。
「贅沢な悩みですわ。どれも素敵すぎるなんて…。」 
 ホウと吐息をこぼして、風はポツリと呟く。プレセアは目をまん丸にしてから、クスクスと笑いだした。
「だったら、王子を恨んでねフウ。生地を見立てたのは王子なの、あれもこれもフウに似合うなんて良いながら倉庫中を探したのよ? 
 ホント、フウに見せてやりたかったわ。俺のフウは何を着ても似合うが、とびきりを選ばせてやりたい…なんてね。」
「あの、すみません…でも、全部、フェリオが?」
 科白大胆さに気恥ずかしさを感じながら、今度は風が目を丸くする順番だった。
頷くプレセアから視線を移せば、テーブルに置かれた布が目に入る。

 嬉しい。

 こみ上げてくる思いに胸が熱くなる。自分の為に頑張ってくれたフェリオが。私の好みを、私を見ていてくれる行為が…嬉しい。
「すみません、私。もっと選べなくなりそうですわ。」
 心を込めて選んでくれたとなれば、どれを選んでも片手落ちな気がする。眉を寄せた風の表情に、プレセアは首を横に振った。
「だからこそ、フウが一番好きなものを選んでちょうだい。
 だって、選んでる最中の王子は本当に嬉しそうで、楽しそうだったの。ただフウの喜ぶ顔が見たいってそう言ってるみたいだったわ。」
 プレセアは、風の肩に置いた手をテーブルへと伸ばし、ひとつの布をすくい上げる。そうして、風の肩から胸元へそれを掛けた。
「うん似合う。好きな方が選んでくれたものって、特別よね?」
 プレセアの言葉に頷き、風は微笑んだ。
「でも、迷う事にかわりありませんわ。もうちょっと少ないと良いのですが。」
 それでも困ったように呟いた風に、プレセアも笑った。

 これが光なら、ただ純粋に喜んだことだろう。海ならば素直に告げられなくて、そこが可愛らしいのかもしれない。  私は、少し意地悪な物言いになってしまう。

 でも、フェリオは私を選んでくれた。
 生まれた事に、誰かが決めた私の知らない意味はあるのかもしれない。でも、そんなことよりも、私の存在を喜んでくださる方がいて、それを知っただけで私は喜びに包まれる。
 ただ、幸福に包まれる瞬間がある。この気持ちはどんな言葉でも表現することが出来ないだろうと風は感じた。



恋、なんてキレイな名前を付けてしまうには勿体ないと思った


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