ring finger ※フェリオ×風 午後のお茶が終わり、程なくその片付けも終わった後、風があっと声を上げた。 「どうしたの?風ちゃん。」 厨房を出ようとした光が振り返ると、いつも冷静な彼女が酷く狼狽して周りを見回している。光の問い掛けも聞こえていないのか、俯き返事をする気配が無い。 「風?」 戸口にいた海も心配そうに声を掛けた。隣にいたプレセアは、風の側に寄って言葉を続ける。 「何か見えないものでもあるの?」 その問い掛けに、風は両手で口元を抑えながら顔を上げた。顔からは血の気が引いていた。途切れ途切れに言葉を紡ぐ。 「…無…いんです…。」 そして、彼女の両手を見たプレセアも声を上げた。 「無いって…王子から頂いたリングの事!?」 海と光が、はっと風の両手を見ると、いつも左手の薬指にはめられていた指輪が無い。 「はい…。」 動揺に、風の瞳は潤み語尾が震えていた。 ring finger 「水仕事をするから、リングを外して此処へ置いたのね?」 プレセアは、出窓のスペースに手をやりそう尋ねる。風は小さく頷いた。出窓は風通しを良くする為に僅かに開いている。 四人で厨房を探したが、どうしても見つからない。では、最初から確認してみようと言う事になった。 「そう…。もしかして下に落ちたのかしら…。」 プレセアは、眉を潜めながら窓から下を眺める。城の庭園が見下ろせる其処から落ちたのなら、直ぐに見つからないだろう。 顔色を変えている風を見かねて、海が言う。 「プレセアに同じものを作ってもらうってのはどうかしら?」 「残念だけど、無理ね。」 プレセアはそう言うと苦笑いした。 「どうして?プレセアはセフィーロ最高位の創師なんでしょ?もう一度同じものを作るくらい…。」 プレセアはふるっと首を横に振った。 「あれは、私が作ったものでは無いの。エメロード姫がお造りになったものなのよ。」 驚いて声を上げた二人の横で、風も目を見開いた。 「似せる事は出来るわ。でもそれは本物じゃない。わかるでしょ?」 姉から弟へ託されたものだとは聞いていた。 でも、彼女自ら作ったのものだとは思いもしなかった。 エメロード姫は、どれほどの想いを込めてそれを弟(たった一人だけの血の繋がった彼)に渡したのだろうか? 今更ながら、自分が身につけていたリングの持つ意味の重さと、自分がしてしまった過失に身体が震えた。 「私、庭を探して参ります。」 「風ちゃん!」 止める間もなく彼女は駆け出していく。いてもたってもいられない。彼女の中にあるのはその想いだけだった。 部屋を出ていった風の姿を見送ったのと入れ違いに碧色の髪が覗いた。ギョッと三人の顔が強ばる。 フェリオは、扉から半分だけ身体を覗かせて部屋の中に視線をはしらせると、光の方を向いた。 「ヒカル此処にいたのか…ん?」 三人の反応にフェリオが怪訝な顔を見せた。光は慌てて笑顔をつくる。 「あ?な、何?何か用?」 「…以前、助けた小鳥がつがいになって巣を作っているのを見掛けたから教えてやろうと思って来たんだが。」 「そ、そうなんだ、ありがと。また見に行くよ。」 変な顔をしながらフェリオはそうかと答えた。そして…。 「ところで…フウは一緒じゃないのか?」 「あ、あのね。あの、風ちゃんは…。」 何か適当な言い訳を探す光だが、元々不得意な分野。 フェリオは疑惑の表情に変わる。それを見やって海が、光の肩に手を置いた。 「…黙っていても仕方ないわ。」 フウと溜息を付いてから、海はフェリオの顔を見つめた。 「フェリオ、怒らないで聞いてくれる?実は…。」 言うまでもなく、庭は広い。 上から落下したのなら、放物線を描き広範囲に飛んだ事も考えられた。窓の横には大きな樹が茂っていてひょっとしたら、途中の枝に引っかかっているのかもしれない。 風は、草蔭をひとつひとつ丁寧に掻き分けながらリングの輝きを探した。 泪が目尻に溜まっていたが、泣くわけにはいかない。なくしていいものではないのだ。 たとえそれが、自分の薬指に戻ることが無かったとしても。 「フウ。」 ふいに掛けられた声に大きく心臓が鳴った。思わず左手を右手で覆って顔を上げる。 いつもと変わらない柔らかな笑顔が自分を見下ろしていた。 「あの、フェリオ…。」 フェリオは横にあった樹に手をやり見上げる。 「この上に、この間の小鳥が巣を作っているんだ。見にいかないか?」 「いいえ、私は…。」 俯いた風をフェリオは両手で軽々と抱き上げた。 「フェリオ!?」 「まあ、そう言うな。」 フェリオはにこっと子供のような笑顔を見せて、風を横抱きにしたまま難なく樹の上に上がってしまう。彼女を幹の方に座らせてから、枝先を指差した。 「ほら、あそこだ。」 翡翠の小鳥が納まった巣がその幹の先に見えた。チチチと囀る小鳥は自分の周りの巣を整えることに余念が無い。 「この間から、ずっと巣づくりをしてるんだ。もうすぐ、材料を持ってもう一羽が帰ってくる。」 嬉しそうに話す彼の顔を、風はもう見る事すら出来なかった。 「わかりましたわ。ですから、もう降りますね。私しなければならない事が…。」 枝から飛び降りようとした風の左手をフェリオが掴む。 content/ next |