※フェリオ×風 convinced 「あら?」 セフィーロからの帰りの電車。 風は読みかけの文庫を取り出そうとして鞄を探っても、それは見つからない。 「置いてきてしまったのでしょうか…。」 頬に手を当てて考えを巡らせてみると、フェリオが仕事をしている間に取り出した事は思いだした。しかし、そこで置いてきたかどうかの記憶もさだかでは無い。 後は二人で庭園を散歩したり、皆でお茶会をしたりと歩き回ってもいる。 「困りましたわね…。」 次にセフィーロに行けるのはまた先の事になるだろう。もしあったとしても、内容もどこまで読んだのかも忘れてしまっているに違いない。 暫くは考え込んでいたが、ふうと溜息をついて『仕方ありませんわ』と呟いた。 convinced フェリオは机の上に重ねてあった紙束を、少々うんざりした気分で掴むと隣に重ねた。 仕事の多さを高さで測るなんでどういうものだろうな…などど思いながら、頬杖をつきながら積まれた紙を右手でポンポンと叩く。 「…ん?」 上に物がないテーブルの上に手のひらほどの大きさの本が乗っているのが見えた。 紙束に隠れて、いままで全く気付かなかった。何処かの頁を開いたままで、机の上に伏せられている。 手にとって中を見ると、見慣れない文字が並んでいた。 「これは…フウのか…?」 そう考えてみれば、記憶は蘇ってくる。 彼女は微睡むような午後の陽ざしを受けて、直ぐ横のソファーに腰掛け膝の上に置いたそれを熱心に読んでいた。 フェリオは微かに頬を赤くして口元に手をやった。 少しだけ、前に屈むと、普通なら亜麻色の髪に隠されている細いうなじが露わになって、白い肩まで続く そのラインが目に入り、思わずドキリとしたことまで思い出した。 まるで誘われるように、本を読んでいた彼女の背中に手を回して口付けをした。 触れ合うように軽く。 相手の存在を確かめるように深く。 そうして、彼女の手から落ちそうになった本をテーブルに置いたのも自分だったではないか…。 フェリオは、テーブルに残された本を手に取ると、開いたままのページを見つめる。 しかし、文字を読むことは出来ない。 彼女がこれを読んで何を思うのかすら解らないという事実は、ほんの少しだけ心を締め付けた。 その苦しさが、何処からくるのかもわかっている。 彼女を愛おしいと感じているから。 彼女の全てを知りたいと願うからこそ苦しくなる。 腕の中に留めておいても尚、彼女の全てを知ったなどとは欠片程も感じる事が出来なかった。 ふるっとフェリオは頭を振った。思いをそこで振り切るように本を持ったまま仕事が山積みになった机に戻る。 「さて、仕事、仕事…。」 仕事を再開するために、持っていた本を横に置こうとして、ふと気付いた。 このまま閉じてしまうと、彼女も何処まで読んだのか全くわからなくなるだろう。 「何か挟むものは…。」 呟いて辺りを見回してみても、殺風景この上もない部屋に気の効いたものがあるわけではない。 目の前に積まれた紙を一枚引き抜いて入れておこうかなどと、不謹慎きわまりな事を思ってもみたが、実行に移すべくもない。 溜息をついて、フェリオは再度立ち上がった。 廊下に出て大きく伸びをした。ついでに散歩でもと思い立ち、片手に本を持ちながら、庭園に向かう廊下を歩いていると、意外な人物と顔を合わせた。 「ランティス…。」 庭園のど真ん中で、彼自身が止まり木の様な状態になっているランティスにフェリオは驚きの表情。 「…何…やってるんだ?」 「ヒカルが…。」 「ヒカル?」 この男の想い人もまた、此処にはいない。彼女がどうしたと言うのだろうか。 「昨日来た時に、存分に鳥たちに餌をやったのを彼等が覚えていて、俺がくると集まってくる。」 少々迷惑そうに眉を潜めているが、彼自身は不快に感じていないようだ。側で見ている分にも充分に面白い。 フェリオは口元を抑えながら、堪えきれない笑いを漏らした。 「ヒカルらしいな。今がこれなら、昨日はもっと凄かったんだろ?」 ランティスは返事の変わりに、顎で場所示す。見ると色とりどりの羽根が散らばっていた。 フェリオは、もの珍しそうにその羽根の手に取る。 「ヒカルが綺麗だと言って随分拾ってはいたが、まだあんなに落ちている。」 「確かに綺麗だ…。」 そのうちの一つ、亜麻色の羽根を手にしたフェリオはそう呟いた。光に透けると金に輝くそれは、風の巻き毛を思い出させた。 フェリオは口角に笑みを乗せる。何を見ても彼女を思い出す自分が滑稽ですらあった。 「しかし、お前も集まるとわかっているなら此処に近寄らなければいいだろう?」 一向に飛び去ろうとしない鳥達を乗せたまま、突っ立っている剣士にフェリオはそう問い掛けた。 「ヒカルを感じられる場所は好きだ。」 そうして、ランティスは柔らかな笑顔を作った。 フェリオは驚いたように目を見開く。お前でもそんな顔をするんだ…と呟いた。しかし、ランティスは笑みは崩さずこう返す。 「王子も、魔法騎士を思っていたのではないか?」 図星を突かれて言葉も無く、フェリオは困ったように微笑んだ。 「たぶん俺達は囚われているんだな。彼女達に…。」 再びセフィーロを訪問した風は、フェリオの机の上に置いてある自分の本に気が付いた。恐らく読みかけの箇所に挟んであるだろう羽根が、彼の心遣いを感じさせる。 それを手に取り、お礼の言葉を口にしてから、不思議そうに小首を傾げる。 「でも、書斎の上に置いて頂かなくてもよろしいのではありませんか?お仕事に邪魔になりませんでしたか?」 彼女の本を避けるように置かれていた書類を見てそう言った彼女に、フェリオは笑って首を横に振った。 そして、微かに琥珀の瞳を細める。 「これを見ながら何度も確認していたのさ。」 「何をですか?」 風の問い掛けに答えるように、フェリオは腕の中に彼女を抱き込むと、耳元に唇を寄せた。 「俺はお前を愛してる。」 「フェリオ…。」 自分の腕の中で頬を染めた彼女に軽い口付けを落とすと風の手から本が床へ落ちた。 パサリと広がった本は、間に挟んだ羽根を飛ばしてしまう。 「しまったな…。」 フェリオは、困った表情でそれを見つめた。そして、風から身体を放すと床に落ちた本に手を伸ばす。 「結局何処まで読んだかわからなくなった。」 やれやれと言うように本を拾い上げ風に手渡すと、彼女は頬を染めたまま微笑んだ。 「そうですわね。」 そして、深い色を湛えた翡翠の瞳がフェリオを見つめた。 長い睫毛に縁取られたそれが、白い肌が、淡い色に唇が…綺麗だとフェリオは素直にそう思う。 「また、これでは困りますので今日は本を読み終わるまでここを動かないように致しますわ。一緒にいて下さいますか?」 彼女に言葉にフェリオは微笑んだ。 「仰せのままに。」 彼女に囚われている心が、その瞳から逃れられるわけがない。 そうして、また、フェリオは確信するのだ。 『自分は彼女を愛している。』 〜fin
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