pride


※フェリオ×風


 土砂降りの雨が降っていた。
(風は無事にプレセアのところに着いただろうか…。)
 フェリオは横になっていたベッドから起きあがろうとして、目眩を起こす。割れるように痛む頭は、まだ熱が高いであろうことを示していた。
「畜生…。」
 額に手をあててベッドに蹲る。『不甲斐ない』そんな言葉だけが頭に浮かんだ。舌打ちをして再度ベッドの中に潜り込む。
 大人しくしていること…これが今自分に出来る精一杯だった。



「王子は伏せっておられるのです。」
 執務室にフェリオの姿を見つけられなかった風がラファーガに問い掛けると、心配そうに眉を歪めてそう答える。
「なかなか熱が下がらないようで…過労だと術師の者が申しておりましたが…。」
 遠慮がちな語尾に、何かの含みを感じて風はラファーガを見た。
「看護の者をお付けにならないのです。自分ごときに手間をとらせるのは悪いとおっしゃって…。」
(ごとき)とは、実に彼らしい言い草ではあったが、一国の王子に使う言葉では無いだろう。風はラファーガに同情する。
「それは、皆さんお困りですわね。」
「そうなのです。風殿から一言頂ければと…お願いさせて下さい。」



「フェリオ、熱があるんですって?」
 遠慮がちに開けられた扉の向こうに、魔法騎士達の姿を見つけて、フェリオは目を見開いた。
 光が心配そうな顔でフェリオに近づく。最初の一声は海だ。
「来ていたのか?」
「うん。熱があるって聞いたけど?。」
「多少な。アスコットの奴には知恵熱だなんて言われるし、飯は旨くないし、良いことないよ。」
 フェリオはそう言うと、苦笑いをする。
「皆さん心配していらっしゃいましたわ。看護の方をお付けにならないとお困りになっておられましたし…。」
「そんな大層なものじゃない。そのうち治る。」
 心配そうな表情のまま風はベッドに腰掛けていたフェリオの額に手を伸ばす。しかし、自分の顔に触れる前に、フェリオは風の指に自分の手を絡めて微笑んだ。
「お前には見られたくなかったな。そんな心配そうな顔では、俺の風の可愛らしさが半減する。」
「あっきれた。ホントに元気そうじゃない。」
 海はそう言って笑った。
「それなら、プレセアの所へ顔出ししても大丈夫そうね。」
「プレセア?」
 コクリと頷いた光は、こう付け加えた。
「久しぶりに会おうって約束してたんだ。フェリオには言ってなかったか?」
「ああ、聞いてないが…。」
 じっとフェリオの顔を見つめて、風が口を開く。
「あの、光さん、海さん、私は…。」
 フェリオは彼女がその言葉を全て言う前に、その指をそっと放した。そして、笑う。
「行って来いよ。きっと直ぐに熱も下がるさ。」



 潜り込んだベッドの中で、フェリオはフッと息を吐く。体温の分だけ暖まったシーツは心地よさを感じなかったし、頭痛は少しもおさまってくれそうも無い。

 一人が寂しい。

 いつの間にこんなに弱くなったのだろうか。
 旅をしていた時は、こんな事は無かったのに…。
 胸の前で、まだ彼女の指の感覚が残っている手をぎゅっと握りしめた。そのまま、目を閉じる。

『側にいて欲しい。』

 そんな我が儘をつい口にしそうになった自分が恨めしい。
 こんな事では、彼女に相応しい男になるなど夢のまた夢ではないか。
 風は再びフェリオの部屋を訪れていた。今度は、海や光の姿は無い。
 何度かノックをしてみて返事がないので、風はそっと扉に手を掛けた。すんなりと開いた扉から覗いて声を掛けてみる。
「フェリオ?」

 返事はなかった。

 ベッドに近づくと子猫のように身体を丸くしてシーツを抱え込んで眠っているフェリオの姿。荒い呼吸と寒そうな様子からは、まだ熱は引いていないのだろうと思えた。
 碧色の猫毛の髪を撫でると柔らかく手に掛かり、微かに顔を歪める。額はかなり熱い。

「嘘付きですね。」 風はそう呟いて、微笑んだ。



 どれほど眠ったのだろうか、目を開けたフェリオは椅子に腰掛けて自分を見ている風の姿を見つけた。
 慌てて起き上がろうとしたフェリオに、風は横になっているように促すと、彼の頭から滑り落ちた布を拾い上げ水にひたして絞りまたフェリオの額に戻す。
 ひんやりとした心地良さに目を閉じながら、遠慮がちにフェリオは問い掛けた。
「プレセアのところには行かなかったのか?」
「ええ。」
 そして、優しい笑顔を浮かべたまま窓を見る。フェリオもつられて外を見た。雨はまだ降り続いている。
「この雨ですもの、遠出をするわけには参りませんわ。」
「そうか…。」
 思わず安堵してしまう心に舌打ちしながら、フェリオは風の横顔を見つめた。唇に笑みを乗せた彼女はとても綺麗で目を奪われる。
「雨に…。」
 そう言って風はフェリオの方を振り向いた。
「雨に感謝しなければなりませんわ。そうでないと、貴方の側にいられませんでしたから。」
 微笑む風に、熱ではないものが頬を赤くする。自分の強がりなど彼女にはお見通しなのだ。ふいに、風の手がフェリオの額に当てられる。何度も額の布を冷やしてくれていたせいなのだろう、彼女の手もまた冷たい。

『愛しい』その言葉しか浮かばなかった。

「フウ…。」
 フェリオの唇がその名を呼ぶ。
 そして、二人の唇が重なり離れる。いつもよりも、熱いフェリオの身体に風の頬も一層熱を帯びた。
「まだ熱は引かないようですからクレフさんに薬湯を頂いて参りますわね。」
赤くなった頬を隠すように、片手で抑えながら立ち上がろうとした風の手をフェリオが掴む。

「側にいてくれ…。」何よりも、望むものはお前だけ。

「お前がいないと…駄目だ。」
「はい。」
 驚いた顔は、笑顔に変わる。再び椅子に腰掛け、手を握ると安心したようにフェリオはまた眠りに付いていた。
 風の手が汗に濡れた髪を掻き上げても、今度は顔を歪めはしない。安らかな寝顔を見ながら風も微笑ん

 窓の外はいつの間にか雨が止み、青空が広がっていた。それを見つめて風はクスリと微笑む。
「セフィーロは想いの国。私も貴方の側にいたかった事には、お気づきにならなかったんですね。」



〜fin



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