ツバサother2 ザズの声を証明するように、モニターが歪んだ。 正確には、モニターの中の画面が歪んだ。マシンは音を拾うことは無かったが、瞬きをする間に形を変えていく視界は、マシン自体の限界を表わしていた。 しかし、画面の有無を確認する前に、その視線が一気に白へと変貌した。 「なんや!?」 タータが声を上げたのと、ごぉっという音がしたのがほぼ同時だった。 「ひっ!?」 咄嗟に上がった声は、ジェオの物。タトラが彼の首根っこにしがみついたのだ。 「さくら!津波がくるかもしれへん!この莫迦どもを引きずり出しい!!」 「はい!」 素直な返事と共に、さくらも小狼の首根っこにかじりついた。ギュっと抱きしめてると床に押し倒す。流石の小狼もモニターから目を離した。 「ひっ姫!?」 片手に抱いた、モコナを落とさなかったのは大したものだとも言える。 「逃げるの!小狼君!」 可愛い顔をキュっと引き締めたさくらの表情に、小狼はただ頷いた。 「黒鋼さ〜ん!ファイさ〜ん!危ないかもしれないですよ〜。 そうでないかもしれませんけど〜。」 波間に、タトラの緊張感の無い叫びが消えた。 二人がいたはずの場所まで行ってみたものの、彼等の姿は無く。海面に浮かぶ細かな泡は、見ている間に大きなものへと変貌を遂げていく。それ以上海岸に近付く事は躊躇われて、タトラはその場で、海に呼びかける。 低い音が一瞬響き、タトラはとっさに近くにあった椰子の木の上に身体を飛ばす。 その跳躍力には、目を剥くものがあったが二人に呼びかける声は相変わらずのんびりとしたものだった。 「大きな波が来るかもしれませんよ〜!こないかもしれませんけど〜!」 この場に黒鋼がいれば『どっちだよ』とツッコミをいれただろうが、やはり声は波間に消えた。ふいに細められた切れ長の瞳が、沖と言っても海岸からそう遠くない場所、神殿が沈んでいる場所に吸い寄せられる。 海の中の一点が白く白濁して盛り上がっていく。立ち上る白い煙は… 「湯気ですわ!?」 タトラの目の前で、それは大きな水柱になった。 周りの海水を押し退ける、生き物のようにぐんぐんと天を目指すが、ふっと途切れる。 そのまま、水の固まりと化したものが海面に降り注いだ。 それが落ちたことによって、大きな波が生まれて、海岸へと押し寄せる。 爆発的な水蒸気といい、直接水柱に触れれば火傷では済まないだろうということは推測出来たが、まわりには冷却水はたっぷりとある。ここに届く頃には、ただの海水になっているだろう。 タトラはそのまま、様子を見守った。 …と、金色の固まりと黒い固まりが波に押されるように海面に浮かび、何処かに流されて行く。 「あら〜お二人とも海中にいらっしゃったんですね〜。」 感心したように、タトラが首を傾げている間に、其れは視界から消えていた。 波は、テントから出てきた四人を直撃した。 だが、そのままテントと機材が海中に引きずれ込まれた事を考えれば、タトラとサクラの行動は間違っていたとは言えないろう。 その波に引きずられないように、ジェオはタトラの腰を抱き締め椰子の木に捕まり、ザズと小狼が片手で木に捕まり、片手でサクラを支えた。眠ったままのモコナも、サクラと共に小狼の腕に抱き締められている。 波が引き、頭からシャワーを浴びた状態の四人に海を見る余裕が出来た時は、大きな水柱は、何事もなかったかのように海に戻っていった。波間は、見慣れた穏やかなもの。 「…なんだったんだ?」 「間欠泉…。」 ボソリと呟き、目を真ん丸にしたタトラの方を向いてから、ジェオはこう続けた。 「みたいなものじゃないのか?地殻に溜まった水が一気に噴き出す…って奴だ。」 ジェオの台詞にサクラと小狼も顔を見合わせた。 「…じゃあ、モコナが言っていた力を感じるって言うのは地殻に溜まったそれの事…!?。」 「そうなの〜!!」 !!!!? 間の抜けた、声が聞こえた途端、視線は一斉に小狼の腕の中にあった白い固まりに向いた。 モコナは、ぶるぶるっと身体を震わせて水気を飛ばす。 「モコナ、具合が悪かったんじゃないのか?」 小狼の問いかけに、モコナは得意気に胸を反らす。 「これはモコナの108あるひみつ技『二日酔い!』」 「何にでも技つければいいってもんじゃないぞ、この白饅頭!!!」 罵倒の言葉の先を見ると、砂浜に突っ伏した、ファイとそれを片手で引きずってくる黒鋼の姿。 「黒鋼さん!?ファイさん!?」 驚きの声を上げた小狼など眼中にない黒鋼は、モコナの両頬(?)を掴むと、びろ〜んと伸ばした。 「だって侑子が、二日酔いが醒めるのは、水を被った後だって言ってた〜〜!!」 ↑ひと昔前の少年漫画? 「ふざけるなよ。このいきもの!」 ふもふもいいがなら、暴れる白い固まりをサクラが救出する。 あ〜凄い波だった〜。とファイは立ち上がると身体についた砂を払う。ニコニコと笑う彼は、結構楽しかったようだった。 「ま、ここにはサクラちゃんの羽根はなかったって事、だよね〜。」 へらへらと笑うファイが結論を述べる。 「…ですね。」 そう言うと小狼は溜息を付いた。モコナが秘技を発動していなければ、もっと早くにわかっていたことなのではないだろうか。しかし、今となっては後の祭りだ。充分バカンスは楽しんだ、そういう事にしておこう。 サクラの水着姿のあれこれが脳裏に浮かび、小狼が耳を真っ赤にしたまま頭を左右に振った。あまりの勢いに、自らくらりと来る。 「もういいから、さっさと次の国に移動するぞ!」 眉間に深く皺を刻んだ黒鋼がサクラの腕に抱かれたモコナを指さし怒鳴ると、や〜い怒りんぼとファイがからかう。 「行くのね。」 走り寄ってきたタトラがにっこりと微笑んだ。 小狼は頭を下げ、丁寧にお礼を述べる。…と今度は、タトラが頭を下げて返礼を告げる。 お互いが頭を上げるタイミングが上手く合わずに、それは数分続けられ、黒鋼を切れさせることとなった。 「いいから、行くんだよ!!」 痺れを切らした黒鋼にむんずと襟首を捕まれて、サクラ姫の横に飛ばされた。そうして、軽く手を振ると賑やかしい人々の全ては、羽根に飲み込まれて、ぽわんと消えた。 あれだけの騒ぎだったが、結末ときたらあっけない。言葉もなく見送る四人の周りに、戻ってきた村人達が海を指さし騒いでいた。しかし、ジェオがポツリと呟いた。 「…あれの熱感知は、本国の方で済んでたんだ。何十年に一度、それを噴出しているらしい。だから、あの神殿も昔は海上に合ったことも調査済みだ。吹き出す度に地盤が下がってる。」 彼の言葉にタータは驚いた顔でジェオを見る。横でザズも苦笑いをしていた。 「…ひょっとしてあんたらの狙いって…。」 異国からの、訪問者達。 口を開きかけたタトラは、指で静止されて頬染めた。 「行っちまったもんは、仕方ねえ。本国の上司にたっぷり嫌みを言われれば済む話だ。いい奴らだったしな。」 ジェオはそう言うと、笑いながらタータにウインクをして見せた。それを合図にしたように、タータはジェオの首根っこにかじりつく。 「おまえ、めっちゃええ男やな。」 「なんだ、今頃気づいたのか?」 ジェオの腕がタータの腰にまわされて、二人は熱い口付けを交わす。 「まあ、お熱いわ〜。」 タトラの冷やかしに頬を染める二人に、穏やかになった海だけがいつも通りに輝いていた。 〜fin
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