ツバサother2


「ずるい!」
 サクラに背中から抱きつかれて、少年達は後ろにひっくり返りそうになる。
「うわわっ。サクラ!」
「姫、危ないですよ!」
 ザズと小狼に片手ずつで支えられてサクラは微笑んだ。
「やっと、こっちを見てくれたのね。二人だけでずるいんだ。何話してたの?」
 少年達は顔を見合わせる。本人を前にサクラが可愛いという話をしていたとは言えない。
「何って…なぁ…小狼…。」
「えと…。」
「何青春してるんだ?」
 テントの幕が上がって、ジェオが顔を出す。
 三人の目が一瞬テンになった。
「?」
 三人の視線が一つに集中している事に気付き、ジェオは不思議そうな顔をする。
にやりと笑ったザズが言う。
「口紅…ついてるぜ。」
 バッとジェオは額に手を当てる。
「…その口紅の色…ひょっとして、タータさんじゃないですか?」
 小首を傾げてサクラがザズの言葉に続く。女の子らしい観察眼は、瞬間ジェオの顔を真っ赤にさせた。
「あたりだな。へ〜そういう仲だったんだ。内緒にしてるなんてずるいぞ。」
「そうですよ。内緒なんてずるいんですよ。教えてください。」
「…え、えと、それは…。」
 窮地に追い込まれたザズが、彼女の気を逸らそうと当たりを見回した。小狼もそれに続く。
そして、モニターに目を止める。
幾つもの画面の中の一つに異変を見つけて、小狼は慌ててそちらへ走り寄った。
「どうした少年?」
 ジェオも小狼の様子にモニターに駆け寄る。
「ここだけ、画面が揺れているんです。」
 幾つもあるモニターの中で、一つだけ陽炎のように画面が揺れているものがあった。
「ザズさん、これは何処にあるものですか?」
「え…と、これは遺跡の中心…か?」
 ザズは、モニターについている番号と照らし合わせながらその位置を割り出している。



「んだよ!」
 パラソルの中で寝そべって海を眺めていたはずのファイが黒鋼を呼んだ。
さっきまでは、意地悪だの、背中が焼けるだのと散々口を尖らせて言っていた相手だったので、黒鋼は煩さそうに返事だけを返す。そういう黒鋼がファイに背中を向けて何をしていたか…というと居眠りのたぐいだったのだが…。
「ねぇねぇ黒ぽん〜!!」
「…用が無いなら呼ぶな。」黒鋼は全くとりあうつもりは無い。
「だから〜。」
 今度は直ぐ近くで声がした。あまりのしつこさに、額に怒りマークを貼り付けた黒鋼は後ろを振り返る。
 ファイの指が黒鋼の頬に突き刺さる。笑顔のファイがすぐ横にあった。
「やっと振り返ってくれたvvv」
 熱砂の暑さが、黒鋼の怒りで気温を下げた。一瞬二人の空間は凍りつく。
「テメェ!」
 怒りの赴くままに、ファイに切りかかろうとした黒鋼の柄に手をかけてファイは、にっこりと微笑んだ。
「駄目だよ黒りん。こんなとこで刀を抜いたら錆ちゃうよ。」
「…テメエを殴るのに、抜く必要は無い。」
「怖いね〜黒ポンは。でも、見せたいのはあ・れ。」
 ファイは、黒鋼の頬に指を指したまま、視線を海に向けた。
 白い砂浜によせては返す透明な水は、ここ何日みえている光景で変わりは無い。…ように見えた。しかし、黒鋼の目に奇妙なものが写る。此処からどれくらい離れているのだろうか、静かな波が生まれては消える その場所に幾つもの気泡が見える。えへへと笑った後、ファイは言う。
「誰か、あそこに潜っておならしてるとか〜?」
「お前の推理はそれかよ!!」黒鋼のツッコミは、波間に響く。
「てへっ。」
 自分の顔を見ながら照れポーズを決めたファイを、黒鋼は仏頂面で眺めていたがいきなりファイの頭上まで持ち上げると、海に向かって放り投げた。
 結構な飛距離を飛んで、トプンと波間に沈む。額に手を翳して、暫く眺めているとファイの金髪が、クラゲのように浮かんでくる。
「いきなり酷いよ黒り〜ん。」
 波間にぷかぷかと浮かび、苦情を言うファイに黒鋼は指で方向を指し示す。
「偵察して来い。」
「え〜!」
 これでは、モコナの偵察大作戦のモコナが自分に変わっただけだ。
「いいから後ろを見ろ!」
「ん?」
 振り返ったファイの目に写ったのは、先ほどよりも大きさを増した気泡がボコボコとあらわれては消える様子だった。
「ありゃりゃ何事?」
それでも呑気に、口まで波間に埋めて口から息を出してみる。そして一言。
「ん〜〜あんなに大きくならないなぁ。」



「温度が高くなってるんだ。」
 モニターとデータを交互に見てザズはこう答えた。
 小狼は食い入るようにモニターを見つめている。じっと見ると細かな気泡が画面に溢れ、そしてどんどん増えていく。その様子は何かに似ていた。
 他のモニターを眺めてみると、それまで画面に溢れていた魚影が全て消えていた。
「…海水が沸騰している…?」
「お鍋でお水を涌かすみたいにって事?なんで?」
 同じように覗き込んでいたサクラが問う。
「…思い浮かぶ答えはあるが…根拠が無い…。」
 ジェオが、顎に手をやり思案顔で答えた。
「…海底の方をサーチ出来るか?」
「やってみる。」
 機械の調節に入ったザズを見つめながら、小狼も顔を顰めた。
 それ以上自分には何をすることも出来ない。
 モコナはまだ動かない。いつもはふわふわで心地よいと思う手触りが、頼りなげに感じた。
「サクラ姫!」
 じっと画面を見つめていた小狼の顔が、サクラの方を向いた。
 鋭い眼差しに、サクラは一瞬胸が高鳴るのを感じる。
「何?小狼くん。」
「ファイさんや黒鋼さんにこの事を…。」
「はい。」
 サクラは直ぐに返事を返して立ち上がった。腕の中に抱き締めていたモコナを小狼に手渡す。彼女の翡翠の瞳は小狼を見つめ返す。
「直ぐに戻ってくるから、モコちゃんをお願いします。」
「わかりました。」
 今度は小狼が頷き、彼女に手からモコナを受け取った。
 テントから、出ていくサクラの姿を見ずに自分に振り返った小狼にジェオは笑う。
「随分とお互いに信用しているんだな。」
「え?」
 きょとんと自分を見つめ返した小狼にジェオは苦笑いを浮かべた。後ろ頭をかき小狼の頭に手をやり軽く叩いた。
 なおも不思議そうに自分を見る小狼に困った顔になる。
「いや、気付いてないのならいいんだ。モニターに集中しろ。」
 首を傾げたのは一瞬、小狼は直ぐにモニターに視線を戻す。
「はい。」

 細かな説明も聞かずに、直ぐに相手の指示に従う信頼。
 必ず相手は自分の思った事を成し遂げてくれるという信用。
 あの二人の間には、お互いに意識する事もなくそれがある。

(ザズお前の入り込む隙間はないようだ。)
 ジェオは、誰にも聞こえないようにぼそりと呟いた。
 しかし、それを聞いていたかの様にザズが振り返った。ドキリとしたジェオにザズは不審な顔になる。思わず咳払いをしてみせる。
「何だ?」
「データが出た。」


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