ツバサother2


「無能はお前だ!お前がメカの面倒を見ないで誰が見てくれるんだ!あぁ?ザズ。」
 いっって〜と頭を抱えてしゃがみこんだザズの背中にジェオが畳み掛けるように言う。
「折角少年が手伝ってくれるんだ。しっかり頼むぞ。」
 そして、あっけにとられているサクラと小狼に笑いかける。
「こいつの下で実際に海底の調査をしてくれ。じっと暗い海中を眺めるだけの単調でつまらない仕事だが…。」
 はっと小狼の表情が変わる。ジェオの目が小狼を見つめる。
「いいえ、是非お願いさせてください。」
 小狼は真摯にジェオを見つめて言う。ジェオはまたクスリと笑った。
「弱ぇえんだよな。そういう目に。」
指揮にもどるジェオの背中に小狼は深々と頭を下げる。



 テントの下に戻ったジェオは溜息をついて椅子に座り込む。そして視線に顔を上げた。
「意外といい奴なんだな。」
 視線の持ち主はタータ。テントの端を掴んだまま覗き込んでいた。
「お嬢さんこそ、いい人じゃないのか?」
 深く椅子の背に背中を預けて、ジェオは目を閉じた。
「あんな行きずりの旅人に肩入れしても得があるようには思えないが。」
「私はあの連中が好きなんだ。」
 褐色の頬をなお色濃く染めて、タータは頬を膨らませた。
「困っているようなら助けてやりたいと思っただけだ。神殿がある海域は見た目より遥かに深くて私達でも潜れない。でもあいつらはあきらめなかった。だから、私は…。」
「俺もそうさ。」
 ジェオは目は閉じたままクスリと笑う。
「わけのわからない海底調査より、目の前で困ってる奴らに情が移った…それだけの事だ。」
「そうかもしれないが…。」
 タータは、足音を忍ばせるようにしてジェオに近付く。目を閉じたままの彼の額にそっと口付けを落とす。
「見直した。」
 柔らかな唇の感触にジェオはバッと跳ね起きた。
 額に手を当てて赤い頬をしたままキョロキョロと見回すが、タータの姿はなかった。
「甘い…な俺も。」
 頬を赤くしたまま、再び椅子にどっかりと座り込む。遠い本部の司令官の笑顔が目の前をちらついたが、それはタータの唇の感触に払拭される。
「甘すぎだ。」



「タータ!」
 テントから出てきたタータの両肩をタトラがポンと叩く。
「ね、ね、姉さま!!」
 両手を口元に持って慌てて振り返ったタータの頬に、タトラに人差し指が突き刺さる。
「あ〜ひっかかったぁ〜。」
 うふふと笑ってタトラはその指を引っ込めた。「やさしいのね。タータは。」
「私は優しくなんか…!」
「サクラちゃん達の事毎日お願いしに行ってたでしょ?お姉ちゃん知ってるのよ。」
 反論しようとして黙り込むタータをタトラはにこにこと見つめた。
「ジェオさんもお願い聞いてくださったのね。」
「今日は小狼達もお願いに来てた。断りきれなくなったんだ。きっとそうだ。あいつは優柔不断そうだし、どおせそんなところだ。」
 頬を赤らめて、タータはプイと横を向いた。
「あら、優しいヒトじゃない。タータの好きな銅像にも似ていらっしゃるし。」
「なっっ!?」
 にっこりと笑ったタトラは両手を前に組み微笑んだ。
「お姉ちゃんは、いいかただと思うわよ。」



 小狼は海中を映し出すモニターの前で動かない。
 時折その向きや、深度を変えたりはするものの興味津々の様子で見つめ続けている。

『普通ならとっくに飽きているだろう。』

 ザズは、呆れたように小狼を見ていた。だから、ふいに声を掛けられ、一瞬言葉を聞き逃した。
「これって、もう少し鮮明に見えないんですか?」
「え?は?何だって?」
「あ、すみません。遺跡の細かな部分までもう少し鮮明に見えないかなと思って。」
「は?」
 こんな海藻だらけ、珊瑚だらけの遺跡の何が綺麗にみたいものだろうか?ザズの頭に疑問符が飛ぶ。
「小狼君は、こういう古い遺跡とか大好きなの。ね?」
 隣でサクラがフォローを入れる。小狼は顔を赤くして頭を掻いた。
 物珍しそうに小狼は見てから、ザズは小狼の隣に並び手前に並んだ二つのダイヤルを指差した。
「ぼんやり見えてるのは、ピントが手前に合ってるだけなんで、手動で切り替えれば大丈夫なはず。こことこれで調節するんだ。」
「こうとこうですね。」
 小狼は両手でそのダイヤルを操作して、はっきりと柱の模様まで映し出されたモニターを見つめて感嘆の声を漏らした。
「凄い…ここのメカは全部ザズさんがお作りになったものだそうですね。」
 素直な褒め言葉にザズも頭を掻いた。
「ま、まあな。この国一のメカニックだからな俺は。…俺はさ、新しいものにしか興味ないんだけど、お前はどうして古いものに興味があるんだ。」
「父の仕事の手伝いを…考古学なんですけどずっとしていたせいなのかな。根本的には色々なものを知る事が好きなんだと思います。」
「そっかぁ。俺はさ、新しい配線とか構築図とか思い付くとウキウキしちゃってもう作りたくて作りたくていてもたってもいられないっうかさ。」
「俺はその国の文献とか遺跡とか見つかる度に、その事しか目に入らなくなりますよ。」
「あ〜気持ちはわかるわかる!!頭から離れねぇんだよな。そうそう俺も…!」
 黙って二人の会話を聞いていたさくらがいきなりクスクスと笑い出す。
 ザズと小狼は顔を見合わせてから、彼女の方を向いた。
「姫?」
「ごめんなさい。」
 それでも笑いが止まらず、口元を手で隠しながら笑い続けてからサクラはやっと話し出す。
「ザズも小狼君も全然別の事話してるみたいなのに、会話が成り立っているし、楽しそうなんだもん。不思議だなぁって思ったら笑いが止まらなくなっちゃって。」
 サクラはぺたんと床に座り込み、片手で目尻の涙を拭いながら笑い続ける。笑いすぎたのか、うっすらと紅を濃くした頬が可愛らしくて少年達も頬を染めた。
 ザズは、片手で小狼の首を捕らえるとそのまま後ろを向く。
「可愛いなぁ〜さくら。なぁ小狼、お前の恋人じゃないんだよな?」
 その台詞に小狼は顔を真っ赤にして首を左右に振り回した。そして、呼び捨てになっている彼女の名前に複雑な表情にもなる。
 ザズはその頭を押さえ込み、ホントに?と小声で聞きかえした。
 後ろめたい事があるわけでもないのに、二人の会話はひそひそ声になっている。
「サクラは自国の姫なんです。そんな事は…。」
「あんなに可愛いのに、お前一緒に旅をしてるんだろ?何とも思わねぇのか?」
「…え、それは…。」
「それは?」
「…………可愛いと思います。」
「…………意外と正直者だな。」
 自分に背を向けて、ひそひそと話し込む少年達にサクラは小首を傾げる。
『全く意見があわなさそうなのに仲良しなんだ。男の子ってこうなのかしら?でも、仲間はずれにされてるみたいでつまらないの…。』


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